短編小説「エモーショナル怪人 エモ山」(4) らんらんからランランへ
これまでのお話
らんらんからランランへ。
らんらんからランランへ。
頭の中をぐるぐる、そのことばが回っていた。
俺は50円玉を握りしめ、アーケード商店街を進んでいるところだった。
らんらんからランランへ。
俺の手の中にはニセモノの50円玉があった。それは俺の手の中で俺の体温をうつし、熱くなっていた。
正面から、ランドセルを背負ったガキがふたり歩いてきた。服装からすると男女のガキだ。
ふたりでなにか話している。ふたりとも、両方の手で、自分のランドセルの肩ひもを握りしめている。
その様子がまるで、俺にはジェットコースターの客に見えた。
小学生ならまだ、ジェットコースターは上り坂にいるだろう。かちかち、かちかちと、歯車とレールの爪は、しっかりとかみ合っているだろう。運ばれているだろう。
ガキどもはまだ、それが当たり前だと思っている。
「その先」があることを、こいつらは、まだ知らない。
俺の手が握りしめているのは、肩ひもでなく50円玉だった。
その50円玉はたった一枚。そしてそのたった一枚はニセモノだった。
かちかち、かちかち。
ガキどもが近づいてきた。
ガキどもは会話に夢中だった。
正面から近づいてくる俺などには目もくれない。
このままお互いに進めば、ガキどもは俺の進路を邪魔することになる。
ともすれば、正面からぶつかることになる。
俺は歩き続けた。ニセモノの50円玉を握りしめて。
ガキどもは小さかった。身長は、俺の半分ほど。
一歩一歩、お互い近づいていった。
向こうはまだ気づいていない。
一歩。
また一歩。
ガキのひとりがなにか言い、もう片方が笑う。
一歩。
また一歩。
ランドセルからぶら下がるお守りが揺れている。小さな鈴が鳴っている。
かちかち、かちかち。
俺にはそう聞こえた。
もう俺が伸ばせば手が届くという至近距離で、やっとガキのひとりが俺に向き、顔をあげた。
つられてもう片方も。
あと一歩。
俺は進んだ。
ガキどもは立ち止まった。
俺もスタンと立ち止まった。
俺はガキどもに告げた。
「ボクたち、あぶないからね。周りをよく見て、歩くんだよ」
「歩くんだよ」のところで、俺は自然と首を傾げていた。多少ぎこちなかったとはいえ、俺の声は優しかった。
少なくとも自分には優しく聞こえた。
ガキどもにそれは伝わったか。
俺のやさしさは伝わったか。その表情でわかった。
伝わっていない。
ガキどもはポカンと俺を見上げ、二人で顔を見合わせ、そしてまた俺を見上げた。
ガキどもが、無垢な瞳で、俺を見上げていた。
ガキどもは、俺が道を譲るのを待っていた。
それが当たり前だとでも言うように。
ガキどもと見つめ合った俺は瞬間的に動いていた。
盗塁を狙うかのように真横にスライドし、お子様たちに道を譲っていた。
これが敗北かどうかは、俺が決めることだった。
未来を担うお子様たちに道を譲ってなにが悪い。
お子様たちが会釈ひとつせず当然のように俺の横を通り抜けていき、振り返りもしなかったとしても、敗北ではない。
らんらんからランランへ。俺はその時「ランラン」だったからだ。
彼らはラッキーだった。俺もそれを敗北と感じなかった。
ウィンウィンの関係。
それもこれも理由はただひとつ。らんらんがランランになったからだ。
もしも俺という人間が、その時「らんらん」だったなら、話は変わっていた。よかったなガキども。その時俺は「ランラン」だった。
俺の中で「ランラン」と「らんらん」は違っていたからだ。
「ランラン」というか、もうスキップだった。
らんらんからランランへ。
駄菓子屋で、50円玉がニセモノと知らされた瞬間、俺のこの目は「らんらん」と輝いた。
「らんらん」を漢字にするなら「爛爛」。
火が門の下で束になっていた。過剰に光っていた。
腹が減っていたからだ。
腹が減っていたのに、駄菓子が買えないかもしれないからだった。
腹が減っていたので、漢字も浮かばなかった。
そもそもこんな難しい漢字は書けない。腹が減っていなかったとしてもだ。
読めるけど書けない。
読めるけど書けない。
アクセスはできるが、生成はできない。
けれど、そんなことは俺にとってどうでもよかった。
俺の腹はすでに満ち、「らんらん」など過去になっていた。
らんらんからランランへ。俺は「ランラン」へと変わっていた。
俺がなぜ変化したのか。それは駄菓子屋女子のおかげなのだった。
ひとこと尋ねれば10倍以上の語で返してくるその女子が、意外といいやつだったことがわかったのは、同様に、ひとこと尋ねれば10倍以上の語で返してくれはするものの、その発言には確固たる理由もなく意見はいつも借り物、いっさいの責任も負わず、うまれてこのかたかすかな後悔すら微塵も味わったこともないあの薄情野郎AIとは違い、女子が俺に飯を食わせてくれたからだった。
駄菓子屋女子は実は駄菓子屋女子ではなかった。
駄菓子屋の隣に建つバー「情念」のチーママだったのだ。
駄菓子屋の店主は別におり、女子の言葉によればその「ババ」は薬局に糖尿の薬を取りに行っている最中だった。
ちなみにその糖尿の薬は「ババ」のものではなく「ババ」の旦那のものであるらしい。なぜその薬を「ババ」が旦那の代わりに取りに行くかといえば、旦那は糖尿のせいで歩行に困難を生じ、たかが近所の店に薬を取りに行くだけで「めんどうだ」と大騒ぎをするからで、文句を聞かされるくらいなら自分で取りに行ってやると「ババ」が決めたからだ。
「ババ」の行為については「甘やかし」と感じている駄菓子屋女子だったが、バー「情念」は長年ナッツやチータラなどの乾きものを駄菓子屋の商品と一緒に原価で仕入れてもらっている関係上、頼まれごとは断れず、しかも個人的に女子は、「ババ」がけっこう好きなので、女子によれば「しゃーねーな、って感じで」店を留守にする際は「ババ」に代わり無報酬で立ってやることにしているらしかった。
「夕方店開けるまで、どーせ暇だし」
無報酬のかわりに「ババ」は時折、旅行の土産物などをくれる。
いつか一緒にバス旅行でも行こうと約束している。
俺にとってはマジで100%どうでもいいその「ババと薬、そしてバー『情念』」情報を、バー「情念」のチーママが木製バットを肩に置きながら話してくれていたその時、
「ただいま」
老婆が店に入ってきた。
そこから女子と老婆はあれこれとやりとりをしていたが俺には記憶がない。俺はとにかく腹が減っていた。
しかもさきほど、駄菓子屋女子からあれこれと、俺には一切のメリットがない情報をしこたま聞かされたことでエネルギーを消耗していた。
戸惑いによるエネルギー消費は意外と高いのだ。
俺が心配だったのは俺自身のメモリーだった。
元天才少年の俺は記憶力がけっこういいのだ。
だから自分にとってどうでもいい情報も脳が勝手に記憶している。
きっと俺はいつかどこかで今日の日を思い出すだろう。
駄菓子女子についてのみならず「ババ」の旦那の糖尿のことまでありありと思い出すだろう。
ともすれば「頻尿」という文字を見て糖尿を連想したりもするだろう。
女子と老婆が、まるで俺などそこに存在しないかのように話すのを俺はぼんやり眺めていた。
しばし、透明人間の気楽さを味わいながら。
ところで女子は駄菓子屋の任を解かれ、レジを離れた。
そして女子は俺に返してきた。女子がニセモノだと言い張る俺の50円玉を。
おまけに女子は、俺の手からキャベツ太郎を奪い取ることも忘れていなかった。
その奪いかた。
まるで、ムダ毛でも抜くようにスポンと簡潔に、しかも素早かった。
俺の手には50円玉だけが残った。女子の言によれば、それはニセモノ。
もしもほんとうにそれがニセモノであれば、俺はキャベツ太郎を買うことはできない。
しかし俺はまだ、疑っていた。
女子が嘘をついている可能性も、まだじゅうぶん残されていた。
嘘で相手をたぶらかし、優位に立とうとするヤカラが世の中には大勢いる。困った世の中だ。
「きみ、ちょっと待ちたまえ」
店を出て行こうとする女子に、俺は紳士的に振り向き紳士的に尋ねた。
「きみ、これがニセモノだと、どうして言えるのだ」
「よく見てみろよ」
肩に置いたバットをおろしもせず、女子は答えた。
俺は手に乗せた50円玉をよく見た。どこにトリックがあるのだ。
それは銀色の、金属製の円形の硬貨だった。
中心に穴が開いている。
穴の上方に「50」と刻印されている。
つまりこれは50円の価値があるということだ。
「50」とはすなわち、これが50円の価値のあるものと引き換えられることができるというメッセージ。
しかしその下、「50」の数字と穴を隔てた下方に刻印された文字を見て、俺は息をのんだ。
「こどもぎんこう」。
そこにはそう記されていた。
驚愕の息。
俺の腹には勢いよく空気が吸い込まれ、それに応えるかのように俺の腹は間抜けな音を立てた。
くぅ。
俺はその場に崩れ落ちた。
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