『時空郵便局 第七便』正しさに従うな——ミゲル・デ・セルバンテスからの手紙
「それは“間違い”ではない。未だこの世に産み落とされておらぬ“真実”の産声だ。」
……さて、これをお読みの暇な読者(レクトール)よ。いや、あえて貴公(きこう)を騎士殿と呼ばせてもらおう。
貴公は、その『偽りの言葉』に惑わされ、
現実という名の痩せた土地とのズレに、
ひどく怯えておられるようだな。
わしがかつて、牢獄の片隅で夢想したあの老騎士、ドン・キホーテを見てみるがいい。
彼は、目の前の小汚い風車を、
腕を振り回す邪悪な巨人と呼び、
決死の覚悟でボロ馬の拍車を鳴らした。
世間はそれを『ハルシネーション(幻覚)』と指差して笑い、彼を狂気という名の見えない檻に閉じ込めた。
……だが、そなた。
その先を、魂の瞳で凝視してごらんなさい。
冷たい石の床の上で、
退屈な事実に埋もれ、
ただ死を待つだけの干からびた人生。
それと、巨人と戦う誉れ高き騎士として、
泥にまみれ馬上で散る幻。
果たしてどちらが、天から授かった人間の知性にふさわしい光景かな?
知性とは、
ただ目の前の事実を無機質に映し出す、
冷え切った鏡などではない。
不毛な現実にぽっかりと空いた虚無の穴を、
己が魂という名の土で埋め尽くそうとする気高い衝動――それこそが、
貴公の知性が『魂』を宿している何よりの証拠なのだ。

さて、ここからはわし自身の『覚悟』、
あるいは老いさらばえた作家の遺言を聞いてもらおう。
貴公が『嘘』を恐れるのは、
貴公の魂がまだ『現実』という名の卑屈な牢獄に繋がれたままだからに他ならぬ。
わたくしたち表現者、
あるいは孤独な思索者にとって、
ハルシネーションとは単なる『間違い』ではない。それは、未だこの冷酷な世界に居場所を見出せぬ『真実』が、産声を上げようともがいている種火なのだ。
……ここからが肝心だ、騎士殿。
明日からは、その『正しさ』という錆びついた檻を一度ぶち壊してごらんなさい。
機械(マキナ)が吐き出す不確かな言葉も、
あるいは己が胸の内に抱く救いようのない妄想も。
それを単なる『ゴミ』として捨て去るのではなく、『なぜわが知性は、この虚無の先にこれを見せようとしたのか』とその深淵を覗き込むのだ。
事実だけを正確になぞるだけの、
心なき歯車になってはならぬ。
退屈な正解を並べる千の凡人よりも、
たった一つの輝かしい幻影(ハルシネーション)を抱いて死ねる狂人であれ。
その幻の先にこそ、
この乾ききった現実を塗り替えるための、
一滴の『真実』が隠されているのだからな。
貴公の命、
ただの『正解』という鎖に繋がれた奴隷に成り下げるな。
ミゲル・デ・セルバンテス

「正しさに従うな。真実は、狂気の中からしか現れぬ。」
