見出し画像

【ダークファンタジー小説】チェスガルテン創世記【46】

第八章――ほむらの子  前編【Ⅷ】――


 トルヴァとフェンリルは、美しい駿馬の早駆けをしばし堪能した。ブラギが何より大事にしていただけあって、スキンファクシは素晴らしかった。
 伐採された横倒しの倒木も切り株も、彼女にかかれば何の障害にもならない。周囲の景色が流れるように後方へと遠ざかり、ぐんぐん速さが増していく。風のように駆けるとは、きっとこのことを言うのだ。
 息をすることも忘れてしまいそうなほど冷たい風が、容赦なく頬を打ち、身を切りつけてきたが、二人は気にしなかった。
 歓声が上がる。してやったりという気分だった。
 しかし残念なことに、すべてを忘れるほど夢中になれはせず、目的地に辿りついてからは潔く馬足を弱めた。
 まだ霧は深かったがフェンリルが風で晴らすと、松の木陰で彼らを待つヘルガとルクーを発見した。

「お別れは無事にすんだ?」
「どうにかなったよ」

 フェンリルが、スキンファクシから飛び降りながらルクーに答えた。
 風にあおられて揺れる耳飾りを抑えながら、ヘルガがスキンファクシを訝しげに見上げた。

「この子をまだ連れているって、どういうこと?」
「脅迫せざるを得なかったんだ」

 フェンリルは濁したが、ヘルガはごまかされなかった。目を光らせて声高に追及してくる。

「念のために連れ出すって話じゃなかったの? これじゃあ窃盗でしょう。今までと何も変わらない。長殿相手に、喧嘩を売ったようなものだよ。わかってるの?」
「だって、おれとトルヴァの二人で、婿に来いだのなんだのとしつこかったから……つい」
「――はあ? 何それ?」

 ヘルガの眼光が、殺人的に鋭くなった。
 フェンリルは背筋がヒヤリとして、これ以上この話を続けるのは得策ではないと判断した。

「不問にするという約束はとりつけたから、大丈夫だ。多分。今度こそ諦めたはずだ。大事な馬を盗むような奴、さすがに嫌だろ」
「ふうん」

 いくらかまなざしを和らげたヘルガにほっとしたのも束の間、今度はトルヴァがぼそりと呟いた。

「やっぱりオレ、戻ろうかな」
「――おい」
「この期に及んで、何言ってんのあんた」
「だってさー長殿の娘さん、みんな可愛くて美人だったんだよ……褒められたし。今からでも謝ったら、許してくれないかな」

 いかにも悔しそうトルヴァに、フェンリルは冷めた視線を投げかけた。

「べつに残ったっていいぞ」
「あ、うそうそ」
「ブラギが言うように、これはおれのわがままなんだから。無理についてこなくたっていい」
「冗談じょーだん! 一緒に行くって」

 慌てて飛び降りたトルヴァだったが、ふり返ってスキンファクシを見上げて食い下がった。

「じゃあさ、せめてスキンファクシだけでも連れていけないか? 強いし早いし、これからのいい相棒になってくれると思うんだよ」
「だから残れよ。もう」
「私もそれは賛成しかねる」

 フェンリルもトルヴァも、ぎょっとして飛び上がった。
 ヘルガとルクーが現れた木陰から、数歩と離れていない距離の切り株に、目尻に翼の刺青を入れた次代の覡巫ヴォルヴァ、エイナルが腰かけていた。
 おまけに彼の膝では、こっくりこっくりと舟をこぐロッタがもたれかかっている。
 エイナルは、二の句がつけずにいる二人を見つめて穏やかに続けた。

「まずブラギ殿の元に、別れの挨拶に向かったのは良い判断だ。長とは話をつけたのだと、言い訳ができるからね。スキンファクシを人質にとったのも、まあ良いだろう。これに懲りてしばらくは、彼も若者いじめを控えるに違いない。でもスキンファクシは、彼が命の次に大事にしている馬だ。連れていけば、一生恨まれるよ。名残惜しいだろうが、置いていきなさい」「……もしかして、長殿の命令で、オレたちをひったてに来たんですか?」

 ありえる話だったが、それにしては行動が早すぎる。警戒を見せる二人に、ルクーが待ったをかけた。

「エイナルさんは大丈夫。味方だよ」

 するとエイナルの背後から、ダインがハティと共に現れた。
 こちらも少々眠たげだったが、フェンリルたちに気づくとぱっと表情を明るくさせた。

「フェンリル、トルヴァ、これ、エイナルさんが持っていけって!」

 ダインは手にしていた縄を引っ張った。
 縄に引きずられてきたのは小ぶりな一台の橇で、荷袋の他、天幕用の毛皮に矢筒と弓矢。そしてなんと食べ物まで積まれていた。明らかに、誰かの協力が無ければ手に入りそうにない代物ばかりだった。
 フェンリルとトルヴァは、ますますエイナルを危ぶんだ。そもそも彼らが夜明けと共にヨトゥンヘイムを去ることは、ヘルガとルクーにしか伝えていなかったはずなのだ。
 エイナルは、腹の底が知れない微笑を浮かべた。

「さあ急ぎなさい。血眼になったブラギ殿に、追いつかれる前にね」

 確かにのんびりしている暇はない。フェンリルとトルヴァは急いで旅支度を整えた。

「おっちゃんたちにお別れする?」

 ダインに聞かれて、フェンリルは首を振った。

「いや、このまま行くよ。二人には、ダインからよろしく言っといてくれ」
「ん。いいよ。ていうか、そのほうが良いかもね。おばちゃんたち、泣いて引きとめてきそうだし」

 すべてを承知しているように、ダインが頷いた。
 あの二人に泣かれたら、堪えるものがある。それくらいには、フェンリルも気を許すようになっていた。

「ロッタ」

 フェンリルは次に、エイナルの膝で瞼をこするロッタの前にかがみこんだ。

「最後に会えて良かった。ずっと、仲直りしたかったんだ」

 フェンリルはロッタの小さな手をとり、できるだけ優しく話しかけた。

「市ではごめんな。あれは、ただのやつあたりで……ロッタは何も悪くないんだ」

 ロッタは目線を手元に落としたまま、フェンリルの顔を見ようとはしなかった。
 ダインとロッタは、どこまで知らされたのだろう? 本当なら幼い二人には、カザドの真実や、フェンリルたちがカザドを追うことを伝えるつもりはなく、別れの挨拶もしないまま行くつもりだった。
 特にロッタは市での一件以来、フェンリルを意図して避けるようになっていた。フェンリルもあえて近づこうとはしなかった。いつかきちんと話をしたいと思っていたものの、なかば諦めてもいたのだ。
 だからこうして最後に顔を合わせられたことが、嬉しくもあり気まずくもあるのが本音だった。

「……許してくれるか?」

 この幼い子は、本当ならまだ眠っている時分なので、ほとんど伝わらないだろうという気持ちだった。
 すると、ふいにロッタがフェンリルの手を放し、エイナルの膝から滑り降りた。そして両腕をいっぱいに広げて、フェンリルの首にまわした。

「いーいーよー」

 間延びした声と重なる体温にほっとして、フェンリルはロッタを抱きしめた。

「ごめんな……ありがとう」

 しばらくの抱擁のあと、身体を放したロッタがフェンリルに例のお守りを掲げた。

「おじいちゃまに、わたしてくれる?」
「うん――必ず渡すよ」
「きっとだよ」
「うん」

 フェンリルが受け取って懐のかくしにいれるのを見て、ロッタは満足そうににっこりした。

「二人とも、これも持っていって」

 同じく腰をかがめていたルクーが差し出したのは、白木を削った留め具だった。
 大きな翼を広げた空の生き物が、今にも羽ばたいていきそうな程、それは細かく丁寧に彫られている。

「昔一度見たきりだからうろ覚えだったけど、天王の翼ヴィーダルを彫ってみたんだ。旅のお守りだよ。無事を祈ってる」

「ありがとう」
「さすが。ちゃんと天王の翼ヴィーダルだよ」

 祈りなんて何もならないとは思っている。でもそれよりも単純に、ルクーの真心が嬉しかった。
 フェンリルとトルヴァは、外套の胸元をその留め具でまとめた。

「本当にヘルガは来ないのか?」

 トルヴァがたずねた。

「何がなんでも、絶対ついてくると思ったのに」
「あてが外れた?」

 ヘルガは皮肉気に口元をゆがめた。

「あんたたちならきっと、じいさまに追いつくよ。――それに、誰かがいるでしょう?」

 ヘルガはルクーの次にダインとロッタを見つめて、最後にフェンリルとトルヴァに向き直った。
 フェンリルは、ヘルガの視線に気まずくなって呟いた。

「結局、置いていくことになったな」

 ヘルガは驚いたように、一瞬目を見開かせた。

「ちがうよ。あたしがそうしたいの。でも、気にしてくれてありがとう」

 トルヴァは軽口を叩いたが、ヘルガが残ることは、フェンリルたちにとっても安心できることだった。
 集落の女性らしい装いになり、グズリの元で働く彼女は、きっとルクーたちの助けになるだろう。そしてそれは、ヘルガ自身の助けにもなるだろう。
 いくばくかの淋しさを感じながら、フェンリルは手を差し出した。ヘルガはその手を一度じっと見つめ、それからそっと、相手の指先に触れるようにした。

「……また会えると、思っても良い?」
「生きてれば会えるよ」
「……そうだね」
「こっちは任された」

 触れ合う二人の手の上から、トルヴァが自身の手を重ねた。

「そっちは、ルクーとチビたち任せたぜ」

 ヘルガはまぶたが震えそうになった。だが口の内側を噛んで堪えた。今見ているものを、涙で滲ませたくはない。
 ――泣くものか。泣き顔を最後にしてたまるか。

「きっと、じいさまを見つけてね。あたしたちの分も、側についててあげてね。みんなじいさまに――すごく感謝してるんだって、伝えてね」
「うん」
「おう」
「お別れは済んだかい?」

 エイナルが呼びかけたのをきっかけに、三人は離れた。

「さて、そこまで見送ろう。私がいれば、誰かとすれ違っても見とがめられずに済む」

 エイナルが腰を上げて口笛をひとつ吹き鳴らすと、ハティが彼の前に駆けだした。

「――天王の息吹の、あらんことを!」

 遠ざかるフェンリルたちに、ヘルガが声を張った。
 二人はふり返り、スキンファクシの手綱を握るヘルガと、閉じたまぶたでこちらを向くルクーと、眠気と戦う兄妹を、惜しみながら見つめた。
 フェンリルとトルヴァはカザドを追い、ヘルガたちはここに――ヨトゥンヘイムに残る。
 彼らの道は、今日を境に分かたれるのだ。

「――あらんことを!」
「あらんことを!」

 でもきっと、これが最後ではない。
 二人は声を張って腕を振った。ヘルガたちはいつまでも手を振っていた。二人の姿が完全に見えなくなるまで、そうしていた。

      *      *   *

「ヨトゥンヘイムの山壁には、いくつか抜け道が存在するのはもう知っているね。君たちを向かえに行く時にも利用したものだ」

 道すがらエイナルが語るのを、彼の背後でフェンリルたちが聞いていた。
 エイナルの先頭を行くのはハティだった。進めば進むほど、木々が細く、まばらになっていく。世界の支柱ユグドラシルのもたらす暖かさから、遠ざかりつつあった。
 やがて辿りついたのは、ヨトゥンヘイムを外界から遮断する、山壁のふもとだった。
 突然立ち止ったハティが、その場で一声吠えた。

「ハティに案内をさせると、いつもここで止まってしまう。おそらくだが、カザド殿はどの抜け道も利用せず、山越えを試みているのかもしれない」
「山越え?」

 フェンリルは唖然として目の前の山壁を見上げた。遙かな頂きはてっぺんが完全に霞んで、全貌が窺えなかった。
 同じく見上げていたトルヴァが、訝しげに言った。

「本当にじいさんは、こんなところを行ったのかな」
「おそらくね。ご覧の通り、険しい山壁だ。だからまだ、それほど遠くには行っていないだろう。山の天候は変わりやすいから、どうしても足止めを食らうはずだ」

 カザドの装備については不明だが、罪人として追放されたのならそれほど荷物は持っていないはずだ。ブラギが別れ際に色々と持たせたのなら別だが、どこまで私情をはさんでくれたものか。
 ――軽装でここを行くのは、自殺行為と言えた。トルヴァが疑問なのはそこだろう。カザドにそれが、わからないはずがないのだ。

(……じいさんは今、得物を持っていない)

 トルヴァとエイナルの問答を聞きながら、フェンリルは腰に携えていた、カザドの剣に触れた。

(山越えなんかじゃない。じいさんは、あえて誰も行かないような険しいところを選んだんだ)

 フェンリルにはわかる気がした。
 カザドはどこへ向かったのでもない。きっと、自分の人生にけじめをつけに行ったのだ。

「ここからはハティを連れていくと良い。落ち着きが無いのが欠点だが、あのスコルの子だ。きっと良い案内役になるだろう」
「なんで、ここまでしてくれるんだ?」

 とうとうフェンリルはたずねた。

「あんたはどちらかと言えば、ブラギの側だろう。でも正直――」

 言い淀んだ先を、エイナルが引き継いだ。

「ひっかき回して、面白がっているように見える?」

 思い返してみればエイナルは、ここぞという時にはカザドに肩入れするような発言をしていた気がした。
 同時に、妙に馴れ馴れしいという印象もあった。
 だが覡巫ヴォルヴァやカザドのように、何かにつけて天王の導きを口にするでもなく、ケヴァンやグズリのように、お人よしが過ぎるあまり、頼んでもない世話をせっせと焼く人柄という風でもない。
 悪人ではないだろう。しかしルクーのように、味方だと手放しに信じる気にはなれない。その気になれば今だって、フェンリルたちをブラギの元に引き連れていけそうなのだ。
 エイナルという男は全体的に、得体が知れなかった。

「こうやって先回りしていたことも、秘密裏におれたちに協力した訳もわからない。覡巫ヴォルヴァやブラギに、反発してるとしか思えない。――どうしてじいさんに肩入れする?」
「まあ、それはそうだ」

 エイナルは、拍子抜けするほどあっさり肯定した。

「人の先を読むのは割と得意でね。君たちは黙っていないと思った。それと、面白かったことも否定はしない。ーーひとつ訂正するなら、私が肩入れしているのは、カザド殿ではなく君のほうということかな」
「おれ?」
「三役の決定よりも養い親の情よりも、君の気持ちのほうを優先するだろうと思った。ヴィーダルならね」
「ヴィーダル? ヴィーダルって……」

 トルヴァがフェンリルを見つめる。思わぬ名前が、思わぬ人の口から飛び出したことに、二人とも驚きを隠せないでいた。
 天駆ける天王の翼ヴィーダル
 いや、エイナルの言うヴィーダルとはきっと、神代の生き物のことではない。

「実は私は、本当ならここにいるはずの人間じゃなかった――父の期待はできの良い長男のほうにあって、末の私には関心が無くてね。だから父とブラギ殿たちの出立には同行していない。私は私で、後に旅立つことになった別の氏族たちに伴うことにしたんだ」

 エイナルは細い木立にもたれて軽く腕を組むと、ちらりと微笑んだ。

「――だと言うのに縁が切れなかったらしくて、父たちと合流する羽目になった。私と父たちの出立には、一年近く差があったというのに。結局あれよあれよという間に、ヨトゥンヘイムを築く人材の一人になってしまった。私が伴った氏族たちは、他へ行ってそれきりだ」

 エイナルは懐かしむように目元を伏せて続けた。

「私が旅立つ前日に、君が生まれた。ヘイルは青い髪の男の子だと言った。ヴィーダルは彼女に反発して、弟は銀髪だと言う。二人は疲れて眠る奥方の側で、大事にくるまれている赤ん坊の前に私を連れてきて、淡い色の頭髪を判別しろと命じてきた。私はヴィーダルと同じ意見だったよ。ヘイルだけが強情に、青だと信じていた……」

 知らない出来事だったが、やり取りの場面を想像するのはたやすかった。ヘイルならば、そう言ったんだったろう。
 ヘイルは、フェンリルの青い髪を羨ましがっていた。
 フェンリルの頭に顎を乗せ、ことあるごとに毛先を引っ張って弄んでは、そんなことをしたってお前の髪は青くなったりしませんよと、母に嗜められていたものだった。そんな他愛なく、まろい日々があった。

「……やがてヴァナヘイムの訃報を知って……再会を約束したはずの友人は。言い出したらきかないあのじゃじゃ馬は。彼女が青い髪だと言い張っていた、あの赤ん坊は……どうなってしまったんだろうと、何度思ったか知れない」
「……おれを、知ってたのか」 
「誰にも言ったことはないけどね」

 エイナルは灰色のまなざしを、状況がいまいちのみ込めていない表情のフェンリルに向けた。そして次にトルヴァを見た。 

「最初、ヴィーダルの弟は君のほうだと思ったよ。だけど違うね。フェンリル、君がそうだ。君はそんなに彼と似ていないし、一緒にいた時間も短いだろうに、ふとした時の表情が、ヴィーダルと通うものがあるよ。不思議だね。血なのかな。……カザド殿からヴァナヘイムより伴った、青い髪の養い子がいると聞いて……私がどんな期待を抱いて君たちの元に出向いたか、わからないだろうね」

 フェンリルは改めてまじまじと、目の前の人物を見つめた。
 くすんだ銀髪の、二十半ばの男。ヴィーダルが生きていたなら、きっと同じ年頃だった。
 きっと彼のように、妻子を持っていたりしたのかもしれない。

「ようは君たちが無事でいることを、ついつい期待していた人間がいたって話だよ。……君はね、もしかしたらカザド殿に、恩返しをしたいなんて思っているのかもしれない。なのに彼の過去が明らかになって、これまでの行いや考えが、わからなくなっているのかもしれない」

 エイナルは眩しそうに目元を細めた。

「これは年長者の、よくあるつまらない戯言たわごととして聞き流しなさい。何故彼が罪人であることを隠して、危険を承知で共にいたのか。なのに何故今になって手放したのか。カザド殿は君が――君たちのことがかわいくて、しかたがないんだ」
「なんっ――はあ?」
「私も人の親だからね。まったく同じとは言わないが、なんとなくわかるところもある。君たちを育てた理由なんて、きっとそんなものさ。単純だよ。だからまあ、恩返しだの何だのと難しく考えて、あまり思いつめないことだ」
「――そんなことは、わかってる……つもり、です」
「ふっふふ」

 渋面を作るフェンリルを見て、エイナルは愉快そうに笑った。

「そういう顔をすると、特に似てる。さて、ヴィーダルに代わって君を後押ししよう。もう行きなさい。やりたいようにやると良い。――そのかわり、戻ろうと思えば戻れるのだということを、覚えていてほしい」

 そうしてエイナルはフェンリルとトルヴァの肩を軽く叩き、元来た道を戻りだした。
 フェンリルはふり返った。
 何か言うべきなのかもしれない。だが言葉が出てこない。
 まごつくフェンリルにもう行こうと促がすべきか、トルヴァが迷いだした頃、ようやっと彼は声を張った。

「――エイナル、ヴィーダルはどんな人だった?」

 そして迷った挙句、もうひとことだけつけ加えることにした。

「もう、あんまり覚えていないんだ。としも離れてたし……優しかった気はする」

 エイナルはフェンリルたちに向き直ると、細い顎に指を当て、思案気に一度足元を見た。
 そして顔を上げた時には、あの企むような笑みを浮かべていた。

「モテたよ」

 呆気にとられるフェンリルに、エイナルは腕を上げた。

「天王の息吹のあらんことを」

 とことん食えない人物だった。エイナルの姿が見えなくなる頃、トルヴァが肩に腕をまわして言った。

「モテたってさ」
「うん」
「オレはその、モテる兄貴に似てるってこと?」
「うぬぼれるな。――ヴィーダルのほうが良い男だよ」
「覚えてないくせに」

 フェンリルは笑った。家族のことを、笑って話せる日が来るとは思っていなかった。
 カザドのことも、いつかそうできる日が来るんだろうか? できるならそうしたい。でもそれは、もう少し後だと良い。
 フェンリルは口笛を吹いて、ハティを呼び寄せた。

「行こう」


【次話】


【他本編】

これまでとこれからと。

【登場人物のらくがき】

登場人物とか、小説ワンシーンとか、あれとかそれ。

【カクヨム】


【小説家になろう】

https://ncode.syosetu.com/n0860ht/

お好きな媒体でどうぞ!
ここまでお読みいただきありがとうございました!

いいなと思ったら応援しよう!