「原発脳:原子力中毒症状」がはなはだしい経済産業省・資源エネルギー庁の電力観は,この「被爆国」を亡国へ誘導中(追加・後編)
【前 記】「本稿」はつぎの「前編の承前」である。
1 本日,2026年6月25日のこの記述を開始するにあたってはさきに,『日本経済新聞』6月14日朝刊に掲載されていた下掲インタビュー記事を紹介する。
この記事は,東京電力ホールディングス「会長:小林喜光」になにやかいわせがらも,原発・原子力エネルギーの必要性を遠回しにだが,必死になって訴えていたので,この様子から紹介してみたい。次段からは,批判的に吟味をくわえてさらにくわしく紹介していく。

本心での関心は原発・原子力エネルギーにあり
以下に,この「〈直言〉再エネ開発を止めるな 東京電力ホールディングス小林喜光会長『日本の礎に』」『日本経済新聞』2026年6月14日,朝刊2面,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC02DLX0S6A400C2000000/ から--この住所は6月13日付きの電子版に掲載されていたものであって,14日の朝刊紙面のそれではない--,本ブログ筆者の関心を惹く段落を抜き出し紹介し,これらに批評的な視点を当てて若干議論する。
それにしても,この東電社長の口調:いいぶんの「裏側(=裏声)から聞えてくる強調点」は,再生可能エネルギーに意識的に関心を向けてはいるものの,実は,原発・原子力エネルギーの利用そのものを「電源としてしっかり確保してくれよな」といったたぐいの,いつもの・例の「原発マンセー精神」を横溢させた〈本心の論旨〉が,迂回作戦的ないいまわしをもって表現されていた。
a)「人物紹介」 小林喜光氏(こばやし・よしみつ) 1946年山梨県生まれ79歳,東京大学大学院,海外留学を経て1974年三菱化成工業(現三菱ケミカル)入社,2007年三菱ケミカルホールディングス(現三菱ケミカルグループ)社長,経済同友会代表幹事などを経て2021年6月から現職。理学博士。

いったいどういう実体になるのか
以下に続いて紹介する文面では必ずしも明解ではないままである
b)「原子力であれ,再生エネであれ,電源開発を支える日本企業の現場力は衰えている。昔ほど人が多くなく,教育もしっかりできているとはいえない。中国の現場力ははるかに日本を凌駕している」
「地球温暖化はきわめてグローバルな問題で,化石燃料を使ってきた人類として責任を負うべきだ。脱炭素のトレンドは各国の時の政権の方針によって変わるが,われわれは二酸化炭素で地球が暖かくなるとどうなるか,日々体験している」
「再生エネ投資はコスト重視でものを作る産業や金融・サービスとは別物だ。水素や風力発電の風車などは作ることをやめるべきではない。いずれ日本の礎になる。次世代太陽電池のペロブスカイトの事業化にも期待したい」
「支援制度など国の力を借りつつ,企業はある程度価格を抑える努力をしなければならない。脱炭素に向けて基礎研究から量産化までのどこに賭けるか。どこまでコストアップに耐えるか。脱炭素の重要性や効果について認識したうえで,『俺はこうやりたい』と決める。そこは経営者に自由な裁量があるところだ」
--以上にまず紹介した小林喜光の意見は,再生可能エネルギーに関心を向けて話をしているのだが,最初のところで「原子力であれ・・・」という具合に,なにげなしに,まず真っ先に「原発の問題」を口にしているところにこそ,まさしく一番強調したいはずのホンネ:真情が吐露されていた。
以上のごとき発言の背中の側には「原発は脱炭素になりうるのだ」という大前提,もっともこの既定観念は完全に間違えていた理解であるが,それでも原子力村側における公式見解としては,このような「お決まりの誤論」であっても,正々堂々と維持されつづけてきた。
小林喜光の語り口は,表面ではそれほど原発・原子力エネルギーのことを力説していないものの,裏面に控えているガンコな「原発マンセーの立場・イデオロギー」は,とうてい抜きがたい信念として踏まえられていた。だから,つぎのように発言していた。
c) 「今後も安全最優先の取り組みを理解してもらえるよう心を尽くさなければいけない。ただ,原子力の再立ち上げに時間がかかってしまった」
補記)この「原子力の再立ち上げ」とは,「3・11」以後において示された原発の自然消滅への方途ではなく,岸田文雄内閣当時において,いきなり復活した原発の新増設路線再興の事実経過を指す。
参考記事)前述の路線変更に対しては,『東京新聞』がつぎのように報じていた。2023年8月24日の記事であった。
--小林喜光会長の意見に戻ろう。
「とくに東日本が遅れている。原発1基でも稼働することは簡単ではないことを電力各社が感じている。2010年代に動き出した地銀再編のころのような雰囲気が原子力業界でも出始めた。ともにできることは出し惜しみなくやろう。1人で頑張ってもしょうがないと」
--ここからは以下は,しばらく,本ブログ筆者の批評となる。
こうした小林喜光のいいぶんは,原発の安全性にかかわって「最優先の取り組み」を強調しているが,ともかく一般論でわざわざいうまでもない点は,どのような産業経営の職場であっても「安全第1である基本認識」に変りない事実から了解できる。
東日本に立地した原発はそのほとんどが沸騰水型原発である。東電福島第1原発事故は,しかもそのもっとも旧式の原発になる原発が事故を起こしていた。
しかしながら,ともかく原発ほど危険な機械・装置はなく,とりわけその原因となる放射性物質を核燃料に充てている技術特性に鑑みれば,一般論以上に「超高度な安全管理体制」が原発(原子力エネルギー)管理には必須であった。
だからこそとでもいうべきか,この原発(型式などを問わず)を「3・11」までは,電源として3割までも増やしてきた日本では,だからこそというべきか,「異様で尋常ならざる程度・水準」でもって「安全神話の仮り普及」に,異常なまで熱心に努めてきた。
しかし,その「安全」神話が本当のところ全然「安全ではなかった」し,ただの神話でしかありえなかった理由は,
1979年3月28日のスリーマイル島原発事故
1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故
2011年3月11日の東電福島第1原発事故
によって,もののみごとなまで反証されてきた。
原子力村側のご託宣によれば,当初は原発の大事故などが発生する確率は,安全神話に自他ともに洗脳されてつくしていた頭脳のなかでは,原子炉の重大な過酷事故(炉心溶融など)が起こる確率は,「10万年に1度」から「100万年に1度」程度に設定ないし想定しておけばよいといったような,まさに能天気そのもの,あるいは極楽トンボ並みの手順で決められていた。
現在,この地球上に存在する原発は430基ほどであるが,この「基数」に原発の商用化が開始された「年数」をかけて--ここでは以下ひとまず単純な計算ばかりをすること--になるが,『国際原子力事象評価尺度』の定義による「過酷事故」だけでも,すでに旧ソ連(1986年)と日本(2011年)の2回発生させていた。
世界で商用原発が初めて,その送電(実験発電)に成功したのは1951年のアメリカ(EBR-1)であったが,世界初の「商用原子力発電所」は1954年に,旧ソ連(現ロシア)で稼働したオブニンスク原子力発電所であった。
その後,約70年の間に『国際原子力事象評価尺度』の最高段階である過酷事故だけでも2回発生させてきたゆえ,いささか前提条件では相当に粗っぽい計算となるが,原発事故の発生確率論あたりについては,こういう計算をしてみるのもいい。かなり雑にも映る計算でもあるが。
※「70年× 430基〔昔は1基から開始だが〕 )」÷「2回の過酷事故」
※「430 × 70」は3万100年になるから,
これを2回で割ると1万5050年になる。
というような計算でも「1万5千年ほどに1度の大事故発生」という想定になっているが,実際にはその「70年間に過酷事故が2回起きていた」。
以上の,最初からなにやら粗雑しごくであった「計算前提の方法」に依った計上でも,原子炉の重大な過酷事故(炉心溶融など)が起こる確率を,ひとまずは(ともかく?),「10万年に1度」から「100万年に1度」程度に設定ないし想定しておくといったごとき,
きわめて恣意に満ちた,つまりもっぱら虚構でのみ裏づけようとした,その「安全神話」のもとでの,しかも「その最高度のデタラメさ・乱雑」さのなかで決められた数値は,いいようがないほどに極端に粗雑なそれでしかありえなかった。
以上のごとき計算は脇に置いても,実際にその70年間に『国際原子力事象評価尺度』の「最高段階の過酷事故」が,すでに2回発生させてしまったのが,原発大好きな人類・人間どもの所業であった。
はっきりいって,以上(前段)に,それこそワケの分からぬような計算方法に仮託してみた点は,数式に関した条件などに関して実は,まったく支離滅裂気味の前提を置いた議論を,あえてしていた。けれども,あらためていえば,その程度のいいかげんさは問題の本質的な議論にとってみればたいした意味のない,観念の遊戯にもなりえない仮想話であった。
だが,そのように実に馬鹿らしい,しかも「反論しようにもこの反論すらが,ドロドロに溶融(!)していくかに思えるような作り話」にならざるをえなかった「最初の話題」に還っていえば,そもそも「原発の過酷事故が発生する確率」,いいかえると「原子炉の重大な過酷事故(炉心溶融など)が起こる確率は」「10万年に1度」から「100万年に1度」程度に設定ないし想定したといったごとき,土台からして「無輪難題」だけをてんこ盛りにした「神話物語」的な発想は,なによりも,そこに込められていた「本当の他意」を隠蔽するところに本当の狙いがあった。
結局,原発という機械・装置には事故などありえないのだ,といった夢物語(白日夢)を表白してきた「独善かつ凶悪の安全神話物語」風の『騙り』は,どうみても「百害あって一理もなかった」。
その屁理屈以前の没論理的な原発事故確率論に関した,本当に身勝手で,科学的思考とはなんの縁もゆかりもないどころか,それから逆走した「駄弁以前の有害無益な規定」が,東電福島第1原発事故を起こしたといえなくはなかった。
要するに,それほどにまで原発という装置・機械の本性は基本から,危険性を満載する技術特性を有していた。結局,「原子炉の重大な過酷事故(炉心溶融など)が起こる確率は」「10万年に1度」から「100万年に1度」程度に設定ないし想定した考え方は,
なにをかいわんやであって,原発の過酷事故の発生そのものを,ひとまずその想定の対象に置いたも同然であった。となれば,この発想=定義を用意し,われわれに押しつけた者たちは,その無責任を問われて当然であった。
〔ここで,インタビュー記事に戻る→〕 この発生確率は,国際原子力機関(IAEA)の安全基準などを目安としたものです。日本では事故が起こらないという前提(絶対安全)がまかり通っており,これほどまでに確率が低い(実質的に起こりえない)とされていたため,過酷事故を直接想定した具体的な避難計画や住民向けマニュアルなどの備えが不十分であったことが,政府事故調査・検証委員会などの報告で指摘されています。
補記)これらは,東京電力ホールディングス会長のいう(いえる)ことか(?)という感想を抱く。話がまるで人ごとみたいな口つきで語られているからである。東電福島第1原発事故の発生を防止できなかった原因は,いまとなってみればはっきりしている。
太平洋側に設けるべきであった防潮壁の構築(建設)を単に怠ったゆえ,「3・11」は起こされたといってよかったのだから,このような「おまいう」的な発言を,それも当該の東電の現会長から聞かされるとは,おっとどっこい「そのいいぐさはないだろう」と,反論せざるをえない。
〔記事に戻る→〕 東電はロシアのウクライナ侵略後,電力事業で電源の開発や維持の費用を1キロワット時数円転嫁し,値上げした。ただ,よほどの有事でなければ値上げはむずかしい。
とくに,再生エネ電力の値上げは国も消費者も企業も「国民負担増」と捉える。値上げ議論は進まず,小林氏は日本には「アレルギーがある」と形容した。値上げへの耐性をつける必要があると考えているようだ。
補記)この見解はかなり舌足らずのいいぶんであった。再生可能エネルギーを中心・基盤としたスマートグリッド方式による電力生産と配給をめぐってとなれば,「エネルギー体制」の構築「以前の次元」における課題としては,なにを具体的に指したうえで,そのなにを議論したのかまるで意味不明である文句,「再生エネ電力の値上げ」というセリフは,まことに奇妙であり,理解しがたい「再エネに対する先入観(なんらかの一物)」が,なにか隠されていたかのようにも思わせる。
〔記事に戻る→〕 小林氏は経済同友会代表幹事時代,歯に衣(きぬ)着せぬ意見でさまざまな課題を提起した。一方,国が筆頭株主である東電会長任期中はエネ政策に絡む発言には制約があった。退任後,再び発言の幅が広がる。東電での経験を踏まえ,エネルギー安全保障への発言を期待したい。
補注)さてあらためて指摘すると,エネルギー安全保障の問題は,日本経済新聞社の立場からだと「原子力エネルギーと再生可能エネルギー」の2本立てが基本路線であり,それも「脱炭素化」につながるこの組みあわせによるエネルギー体制が必要だという所見は,もとより完全に誤謬であった。
そもそも,原発は脱炭素どころかその反対方向に定座している電源,原子力エネルギーを焚いて電力を生産しているだけでなく,なによりも原発事故の発生や廃炉工程の問題などに待ちかまえていた諸困難を,どこかに忘れているかのごとき「極楽トンボ的な意見」しか述べていない。
2「本稿・前編」からの問題意識を「本稿・後編」で再度確認する議論
a) 最初に紹介するのは,この『新潟日報』2025年11月21日の号外である。

「近隣の住民たち(県民)」ではないかという批判があった
この号外紙面の見出し,2025年「12月県〔議〕会で信問う」という文句に関しては早速,以下のような突っこみが入っていた。
▲【柏崎刈羽原発再稼働容認】「議会に信任を問う」(花角英世新潟県
知事)・・・信任問うなら「議会」ではなく「県民」だろう!!▲
=『くろねこの短語』2025年11月22日,
http://kuronekonotango.cocolog-nifty.com/blog/2025/11/post-ef2119.html =
新潟県知事が柏崎刈羽原発の再稼働を容認したそうで,結局のところ原子力村の住人ってのは福島第1原発事故の反省なんかしていないし,誰も責任取らずにただただ原発利権を漁っているだけってことなのだ。
そもそも,福島第1原発事故以来,原発が稼働しなくても電力不足なんてことは起きていない。だからこそ,この間に再生可能エネルギーの開発に注力するべきだったのに,原発にこだわるあまり世界の潮流から日本は取り残されつつあるんだね。
今回の柏崎刈羽原発再稼働は,東電救済のためのもので,電力不足なんてことはあくまでも建前にしか過ぎない。そこがわかっているから,新潟県知事は選挙中に「再稼働」については曖昧にしていたってことだ。
でもって,今回の再稼働容認となったわけだけど,新潟県知事は「議会に信任を問う」なんて馬鹿なことをいっている。県議会は再稼働容認の自民党が多数のくせに,よくもまあ。信任を問うなら「議会」ではなく「県民」だろう。つまり,原発再稼働を争点に知事選をするべきなのだ。
こうしたふうに,新潟県知事花角英世が東電・柏崎刈羽原発の再稼働を容認する姿勢を明確にした点を受けて,原発推進派の財界御用新聞紙『日本経済新聞』も,11月22日朝刊「社説」でつぎのように歓迎する意向を鮮明にしていた。

この日はこの原発関連の1本だけであった
ただし,この日経社説では最後の「待ったなしの課題山積」という小見出しを付けた段落が,興味深い記述をおこなっていた。あらためて文字に起こして,ここに引用しておく。
★ 待ったなしの課題山積 ★
停止中の残る原発の再稼働を進め,東西で最大2割違う電気料金の格差是正を図るべきだが,それでは不十分だ。既存原発は老朽化が進み,2040年代に4~5基,2050年代には10基以上の建て替えが必要になる。原発の建設には約20年を要する。計画を早急に具体化せねばならない。1基につき1兆円規模という巨額の建設資金の確保に向けても,公的融資などの支援策づくりを急ぐ必要がある。
補記)原発の1基の建造費は1兆円では済まない時期なっているのに,まだこのように甘い見積もり(販売価格の政策的評価)でもって,「経済新聞」が報道(社説執筆)をしていた。
〔記事に戻る→〕 核燃料サイクルや「核のごみ」の最終処分,福島第1の廃炉など重い課題の解決も待ったなしだ。日本の原発事業は国が政策をつくり,民間企業が実施する「国策民営」で進んできた。合理的だった半面,両者の責任分担が曖昧だった面は否めない。
補記)「待ったなしだ」という東電福島第1原発事故現場の後始末は,これからまだ何十年,あるいは百年以上はかかると専門家が指摘している事実を踏まえれば,この段落のような「社論の文言」については「首をかしげる」ほかない。
〔記事に戻る→〕 原発を活用した安定供給や脱炭素は法律で「国の責務」と位置づけられた。花角知事が求めた7項目の条件へ真摯に取り組むのはもちろん,国がもっと原発推進の前面へ積極的に立ち,電力会社は安全第一で低廉・潤沢な電力供給を果たす。柏崎刈羽の再稼働をその出発点としたい。
補記)「安全第1」の基本方針に徹したいのであれば,原発はただちに廃絶すべきである。しかもそういう方針にしたところで,日本の原発全基の後始末に何年かかるのか,おそらく専門家でも正確な年数は答えられまい。
この日経社説が強調した「待ったなしの課題」の「山積」状態とは,これから10年単位で徐々に解決していけばよいようなその種の課題では,けっしてありえなかった。だが,現実はどうなっているか?
この社説においては,経済産業省・資源エネルギー庁が2030年の目標実現値に,いままでは定めていたはずの「電源に占める原子力」の電源構成「22-20%」を2050年までにという具合に,いつの間に変更(すり替えて延期させていた事実)を踏まえての話題にしつつも,原発の新増設を規定の方針とする発想を語っている。
そしてしかも,原発1基の建造は1兆円「規模」だという表現をしていたけれども,その建造経費は現状における日本経済の不調ぶりに鑑みれば,すでにさらに製造費がその1.5倍から2.0倍程度にまで急上昇していると推算される。すでにさきには,2010年代において,その原発1基の製造費が5千億円から一気に,1兆円に飛び跳ねるように上昇した事実(体験)が無視できない。
くわえては,2020年代,2022年2月24日に「プーチンのロシア」が始めたウクライナ侵略戦争の経済的悪影響が顕著に生じてきているのだから,この国際政治次元から降って湧いてきた経済要因をその原価計算に考慮しないまま,この時期になおも「原発1基の価格は1兆円」だというのは,日経の立場としてはずいぶん甘いというか雑がすぎる〈話法〉であった。
問題は当面,国内の原発の建て替えを念頭に置いているとすれば,新設そのものではないとはいえ,その建造費は「旧基の後始末(廃炉)問題」も併せた方法を採る場合が多くならざるをえないと予想されるゆえ,その立て替えのための建造費は「1兆円」という価格で済むわけなどありえない。
b) なぜそこまでして原発,原発・・・とこだわるのかが,要は「大問題であった」。それでも『日本経済新聞』の立場からはたとえば,2025年11月17日朝刊のコラム「春秋」がつぎのように,きわめて情緒的に原発立地の問題を語っていた。
そもそも東電が生産する電力をなぜ,新潟県にそれも原発を配置させて作らせていたのかという基本的な問題意識などとは無縁に,このような超文学的な感性でコラムを執筆できる筆者の心情が理解しがたい。
春 秋-『日本経済新聞』2025年11月17日 朝刊1面-
東日本大震災に襲われる前のこと。福島県知事として原発に物申す存在だった佐藤栄佐久は国や東京電力に煙たがられた。その原発観はこうである。「原発は地域住民にとって信用したいものだ。しかし,その信頼関係は細い糸で結ばれている」(「福島原発の真実」)
▼ 福島では細い糸を太く紡ぐことはかなわず,やがて震災が断ち切った。新潟でも太いとはいえない。柏崎刈羽原発の再稼働に関する県民意識調査では,東電への厳しい見方が目立つ。安全対策は原子力規制委も評価している。だが,それが理解されて信頼感に変わるには時間がかかる。新潟県の花角英世知事もそう認める。
▼ その知事があす福島を訪れ,廃炉や復興の現場を視察する。新潟と福島の交わりは深い。新潟の図書館の多くは福島の2つの地元紙,福島民報と福島民友を置く。柏崎刈羽原発を望む東電の案内施設では福島の復興と廃炉の取り組みを展示していた。ここの再稼働が生む収益は福島の復興を支える。そう伝えたいのだろう。
▼柏崎にはドナルド・キーンの記念館がある。日本文学を世界に広めた泰斗は,被災者の姿に「涙が湧き,いとしさ,愛情で胸いっぱい。この人々と共に生きたい」と共感し,帰化した。新潟と福島にも,原発と暮らす土地だからこそ通い合う思いがあるのではないか。信頼の細い糸を深い共感で包み込むことはできまいか。
このコラムの修辞法にも突っこみどころがあった。だいたい,ドナルド・キーンを原発問題にもちだすなどといった,筆致そのものが情緒的に終始していただけのこと。それよりも「再稼働が生む収益」そのものが,どのような問題になりうるのか(?)という問題意識そのものが不明瞭であった。
東電の柏崎刈羽原発を再稼働させたところで,後段で再度で言及する点となる,東電管内の電気代は下がらない。たとえ「ここの再稼働が生む収益」が「福島の復興を支える」ために向けられるにしても,その事実は変わらないのである。
また,土台「3・11」以前に福島県知事だった佐藤栄佐久に花角英世新潟県現知事を,わざわざ等置づけしたごとき記述は,まさに鼻白む思いしか抱かせない。佐藤元福島県知事は実質,やむをえず「反原発的な立場」にならざるをえなかった姿勢をとらざるをえなくなったために,裁判の「二審判決では収賄額ゼロ」の「実質無罪」の内容でありながら,なぜか有罪を下されるという「捏造同然の国策裁判」に嵌められ,福島県知事の座から追い払われていた。
だから,この元福島県知事を現新潟県知事とならべて語る話題にまで加工した,話を作った点じたい,うさん臭さを濃厚に漂わせるコラムの中身になっていた。
佐藤栄佐久は知事のとき,その政治家としての存在価値を「抹殺された」のであり,しかも明らかに意図された冤罪という洞穴のなかに放りこまれていた。それゆえ,花角英世と並べてとりあげるコラムの執筆方法は,明らかによからぬ意図をこめたがごとき,つまりいまごろにもなってだが,問題・論点ずらしの意図を含ませていた。
c) ところで,猛烈なアンティ・原発の代表者の1人広瀬 隆は,チェルノブイリ原発事故が起きた直後の1986年8月20日,『東京に原発を』集英社(文庫)を公刊していた。
そして,広瀬が東電福島第1原発事故が発生する前年:2010年の同じ8月の26日に公刊したのが『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島-』ダイヤモンド社であった。この日本の時限爆弾というにはあまりにも巨大な原発が,本当に,2011年3月11日に発生した東日本大震災によって惹起された巨大津波の大被害を受けた。
当日中にその津波が東日本のとくに岩手県から宮城県を呑みこんでいった惨状は,当時,上空を飛行するヘリが実況中継したが,われわれはTVの画面に中継されたその恐ろしい光景を固唾を呑みこむ気持ちすら出てこないくらい圧倒されて,ただみつめるしかなかった。
この津波だけではなかったはずだが,ともかく東電福島第1原発が直後,原子炉(圧力容器・格納容器・建屋の全体)が爆発したり溶融したりする事故を起こした。3基の原子炉が溶融し,1基も建屋じたいが水蒸気爆発を起こし崩壊した。
原爆の弟分(妹分)に当たる原発が一度大事故を起こせば,ほぼ質的には同等の被害をもたらすという,すなわち「原爆≧原発」といった「緊急・重大な事態・事件」の発生となる。事後,東電福島第1原発事故現場においては,3基の原子炉の底面付近には溶融したデブリが,いまだに溜ったままにのこされており,その取り出し作業は現時点においてはまだ,「今後の課題」としてありつづけている。
3 原発がどれほど有益・有用な発電装置・機械でありうるのか,その事前評価などはすでに不要になっており,実際にその便益以外の損害・被害じたいが「公害現象」と出現している
a) そうした現状のなかで,原発の再稼働に漕ぎつけそうになりつつある東電柏崎刈羽原発の6号機が,とりあえず仮に営業運転を始めたところで,関東地域を主とする電力使用者にはなんの便宜もない(電力料金の値下げには直接つながらない)となれば,
原発を導入した東電の経営・会計問題に関しては,いまやアポリア化した「事故原発との共存問題」は,もしかしたら東電のみならず日本という国家そのものにとっての死垂を意味する。
つぎに『産経新聞』の web 版記事から参照するのは,各大手電力会社が電力使用者に提供しうる電気料金が「原発の稼働状況いかん」によって,ここまで明確に有意とみなせる程度まで差が生じていた点を,2023年5月から6月に生じた変化として表わしていた資料である。要するに,ともかく原発を稼働させないと,電気料金は高くなるよという案配になっていた。

しかしながら「原発」の稼働率(操業度)は,いってみれば融通性・柔軟性・弾力性を全面的に欠いていた。たとえば,自動車が一般道で時速50㎞で走るか,それとも高速度で時速100㎞で走るかといったたぐいの「使い分けに応じる操作」が,原発の場合はまったく苦手であって,この融通が効かせにくい「装置・機械」なのであった。
この原発の技術的な特性は,機械工学の常識的な見地に照らしていえば,いわば木偶の坊同然であった。つまり,原発は操業度(稼働率)の変動に関していえば,その操作度に関しては,日常作業的に要注意というか要警戒の運用をすべき特性をもっている。
b) 前段に挙げてみた『産経新聞』2023年5月30日の記事に対置させてみたいのが,つぎの『毎日新聞』2025年11月22日朝刊6面「経済」に掲載されたこの記事である。

この『毎日新聞』に報道された関連の記事は,過酷事故を起こした東電の現状,つまり,本来であればすでに倒産させる事態もありえた,この「国策民営形態・地域独占体制・総括原価方式」を許されてきた大手電力会社に対して,この記事の最後で述べているように,
「一般論として」ならば,「再稼働で電力供給が増えれば価格は下がるため,東京電力管内の価格が下がるとの期待もある」のだが,「ただ,原発再稼働の織り込みがあるほか,今後の需要や原油価格などの動向しだいではその効果を打ち消しかねない」
というのは「来〔2026〕年3月11日には福島第1原発事故から15年になる。国が賠償や廃炉など事故処理にかかる費用として想定する計23. 4兆円は,原発から溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)の本格的な取り出しの工法が定まったことで,更なる上振れがみこまれる」のであり,
「東電HDは年5000億円程度を目標に賠償や廃炉費用を捻出しつつ電力事業を続けているが,これまで目標に達したのは2017年度と2023年度の2回のみ。2018年度以降,自由に使えるお金を示すフリーキャッシュフローは7期連続で赤字というきびしい経営が続く」ことになっていた。
いわば東電じたい,資金会計面の運用実態が営利企業の側面では,実質「赤字状態」を余儀なくされるほかない,つまりゾンビ状態を強いられつづけてきた。企業会計全体としては非常にまず状態が持続させられている。「3・11」の過酷原発事故の発生以来,企業経営としての営利追求面がつねに,難局に対面させられつづけ,その窮状が正直に浮上させられてきた。
「国は東電HD株の50. 1%(議決権ベース)を保有し,実質国有化している。柏崎刈羽原発の再稼働は,国民負担の抑制というよりも,電力需要の増加を見越した国の産業政策を支え,電力の安定供給と東電の経営再建のためとの意味合いが強い。ある経産省幹部は『賠償などの費用をまかなうためにも再稼働は必要だ』と強調した」というなりゆきに逢着していたとなれば,
そもそも,重大かつ深刻な原発事故を起こした東電は,すでに「3・11」以降,営利企業としては赤字基調であるほかない事業体である「歴史的な運命」を背負いながら,ただよろよろと,これからも経営されていくほかなかった。
このさい,原発に電力生産を頼る国家体制そのものに固有,不可避である,あまりにも大きい危険性をいまだに舐めてかかっていたこの政府は,これからも東電の「過酷な始末記」の進行を道連れにして生きていかざるをえない。
なんといっても,日本「政府と東電は再稼働を急ぐ前に,果たすべき責務があることを忘れてはならない」という文句が『毎日新聞』2025年11月22日「社説」の末尾に書かれていたとおり,その責務はいったいどこに,どのようにあるかが分らないような政府,経済産業省・資源エネルギー庁の仕事ぶりであったからには,いよいよ前途多難である。
c) ここで途中に挿入するのは『日本経済新聞』2025年11月22日朝刊3面の解説的な記事,見出しを「東電,14年費やし重い一歩 柏崎刈羽 1月にも再稼働 不信払拭,なお道半ば つぎの原発運転再開 不可欠」とした,いかにも日経らしい筆致をもって報道した記事の一部分である。

原発の電源比率についてだが,2030年までには「22-20%」まで増やしたい(その比率まで戻したい)と狙っている政策的な路線志向を,いつの間にか2050年にまで延長させていた「資源エネルギー庁の態度変更」は,はたして実現しうるかどうか,まだ不分明である。
原発より再生可能エネルギーの電源比率をなるべく早く大幅に増やしていく路線が,最上策であるにもかかわらず,現有の原発をオンボロになってもなお稼働させつづけ,目先の利益を上げることしか頭にない。
d) 21世紀においては再生可能エネルギーの中心とする電源構成が要求されているという当然,必然の方向性をもって本気で前進する気のない,この国におけるエネルギー委政策の現状は,まことに頼りない。

原発の大事故を発生させてしまった当事国が,上の図表に明示されている原子力の電源比率を参考にすることなど,いっさい不要である。日本原水爆被害者団体協議会の面々が強調するように,日本が唯一の「原爆の被爆国」であるだけでなく,旧ソ連とならんこの2国だけの「原発事故の被曝国」になっている事実そのものを,なんとも思っていないのか?
なによりも「地震大国であるこの日本」に原発の置いておくことの非常な危険性を,なんとこころえていたのか? まったく,その自覚が足りなかったこれまでの記録は,本当に薄ら寒い「この国の原発に固執したがる風景」ではないか。
日本は九州電力や四国電量ですでに実施されてきた,再生可能エネルギーに対する「出力制御」を,国家全体として修正・調整させていこうする対策すらろくに立てないまま,この電源としての発展・普及・拡大を阻害するだけばかりである。
最後に,本日(2025年11月23日)の『日本経済新聞』朝刊3面に掲載されていた記事「原発再稼働,東日本は遅れ 電力料金が産業競争力に直結 泊が次の候補」という記事は,「原発が稼働した地域の電力料金は安い傾向」があるとして,つぎのように,各電力会社ごとの「11月の電気代(標準モデル料金)」を示していた。
だが,沖縄電力や北海道電力が抱えている現状はさておき,このように東電が一番高い電力料金にならざるをえない「実態の影に潜む本質問題」の解明を,放置=回避したいがごとき「問題意識のすり替え」的な説法は,大きな疑問を残している。
九州電力 7454 円
北陸電力 7496
関西電力 7791
中国電力 8092
中部電力 8303
四国電力 8322
東北電力 8501
東京電力 8639
沖縄電力 9023
北海道電力 9351
【参考文献】
