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妹と歩いた、飛田新地の夜。女として見た“遊郭”の残像

※この記事には、性風俗に関する描写や個人的な過去の経験が含まれています。読者の価値観や感情に触れる可能性があるため、あらかじめご理解のうえお読みください。


妹と迷い込んだ、夜の夢の世界


この前、3泊4日で大阪旅行に行った。
定番の観光スポットを巡ったのも楽しかった。
しかし、今回の旅で一番忘れられない思い出は、
夜の闇に吸い込まれるようにして行った飛田新地の街。

妹と二人、夜の8時頃かな、あたりがすっかり暗くなってから、
最寄りの駅から歩いていった。
静かで綺麗な住宅街や団地を抜けていくんだけど、
その先に広がっていた光景とのギャップに、
より一層驚かされたのかもしれない。

商店街を抜けて、一歩足を踏み入れた瞬間、
そこはもう時間が止まったような別世界³。
まるでタイムスリップしたみたいだった。
独特の空気が、そこに漂っていた。
両側にずらりと並ぶのは、昔ながらの日本家屋
長屋と呼ぶのがふさわしいのかな。

その部屋から、怪しく、そして温かいピンク色の光が漏れ出している。
外からは中の様子がよく見えないんだけど、
その光が、街全体を幻想的に照らしてた。
和風の建物とネオンが混在する異様な雰囲気は、
過去と現在が同居していることを象徴しているようだった。

お店の入り口には、年配のおばちゃんが座っていて、
その奥には、信じられないくらい美しい女の子たちがいた。

小学生画力だけど伝われ(圧)

モデルや芸能人と言われても納得するレベルの子ばかり。スタイルも抜群で、メイクも完璧。女の私が見ても、ため息が出るほど綺麗で、思わず「え、同じヒト科の♀なの?」って妹と顔を見合わせた。

みんな、いろんな格好をしてた。
露出の多い衣装は定番だけど、可愛らしいコスプレだったり、
ふわふわのパジャマだったり、中には下着姿の子もいてドキッとした。
それぞれが自分をどう見せるか、
他店の子より目立たせるか試行錯誤しているのだと思った。


100年の時を超えて佇む街


街を歩いているのは、本当に色々な人たち。
スーツを着たサラリーマンらしき人、
大学生くらいの若い男の子のグループ、
それに中華系の外国人観光客らしき人も多くて、
多種多様な人が行き交ってた。

でも、私たち姉妹以外に女性は一人もいなかった
それは当たり前かもしれないけど、私たちがお店の前を通ると、
中の女の子たちは必ず顔を隠した。
手を振って顔を覆った。
きっと「冷やしに見せる顔はない」ってことなんだろうな。

以前、私も似たような仕事を少しだけしてたことがあるから、
その気持ちはすごくわかる。
真剣に仕事をしているときに、
外野の女性から冷ややかな目で見られたり、
心ない言葉を言われたりして、すごくイライラした記憶がある。
もしかしたら、私も配慮が足りなかったのかもしれない。
歩いているとそんな思いがこみ上げてきて、
早く立ち去った方がいいのではと感じた。
通り過ぎるように最低限雰囲気を感じその場を後にした。


妹と「こんな場所なかなかないよね・・・」と感想を
言い合いながら西成のホテルへ帰った。
妹とは友達みたいな距離感で、
性的なことも赤裸々に話し合えるから、
こういうマニアックな旅を一緒に楽しめるのは、
すごく貴重なことだなと思う。
(妹も私もたいがい変人だと思う)

脳裏に焼き付いて離れないこの風景は、
いつからここにあるんだろう?調べてみたら、
今の営業形態は1958年から続いているらしい¹。

そして、ここは「料亭」として営業していて、性的なサービスを提供するお店ではなく、
あくまでご飯を食べる場所として許可を得ているらしい²。
食事をしながら、その日のパートナーと楽しく過ごして、
それで盛り上がったら……という流れなんだとか。
ちなみに、妹情報だけど、ご飯代はかなり高額らしい。

昭和の香りをそのまま閉じ込め、
現代の性の需要と結びついて、
今も静かに呼吸をしている。

たくさんの若い女の子が、それぞれの事情を抱えながら、
人生の大切な時期をここで過ごしてきたんだと思うと、
胸が締め付けられるような思いになった。


複雑な感情が交差する街で


この街を見て、色々考えた。
風俗は文化の一部なのか?
大事な文化なのか?

自分には答えが出せないけど、
こういう場所があるからこそ、
性犯罪が抑えられているという側面もあるわけで、
一概に善悪を判断するのは難しい。


かつて、私は当時は「若さはお金になる」と割り切っていて、
身体を張ることに抵抗感はなかった。
とにかくお金を稼ぎたかった。

でも、その仕事をしているときに、
心ない言葉を言われたり、
白い目で見られたりして、
すごく辛かった

しかし今、私はその仕事で得たお金は貯金になり、
私の安心材料になった。
でも、お金を得るために、
何を犠牲にしてきたんだろう?
心を病んでしまう人もたくさんいる。
私も時たま思い出し罪悪感に苛まれたりすることもある。

お金は手に入っても、
一度壊れた心は完全に元に戻せない。
心身の健康を損ねてしまったら、いくらお金があっても意味がない。


価値観からの脱却と、心の在り方


最近、私は一般的な価値観から脱却しようとしている。
アドラーの心理学の本を読んだときそう思った。

30歳までには結婚しなきゃとか、
男の人に好かれるように振る舞わなきゃとか、
そういうのを辞めた。
セクハラとか、過去の恋愛経験で色々あって、
男性から性的な目で見られるのが怖いと感じるようになった。

でも、かつては私もそういう職業をしていて、
女性の若さをお金に変えていた。
その時々で人は変わるんだなと思う。

男の人がお金で女性を買う。
需要と供給が一致しているといえばそれまでだけど、
いざ目の当たりにすると、
ちょっと複雑な心境になるよね。
過去のトラウマを感じるような気もする。

でも、もし自分が男だったら、
どうしようもない欲望が生まれたときに、
お金で解決できるなら、使うのかな。

そう考えると、やっぱり単純には割り切れないなと思った。
この旅は、私のこれまでの人生価値観について、
深く考えさせられるものになった。


夜の夢の世界、そのあとに残ったもの


飛田新地という街は、ただの風俗街ではなく、
半世紀以上の歴史を背負った「文化の残像」だった。
和風建築とネオンの光が交差するその空間は、
過去と現在、欲望と倫理、現実と幻想が混ざり合う場所。

妹と歩いたあの夜、 私は自分の過去と向き合い、
今の価値観を見つめ直すことになった。
性とは何か。 お金とは何か。 生きるとは何か。
簡単に答えは出ないけれど、 あの街の光と影が、
私の心に問いを投げかけてくれた。

そして、今の私は、 誰かに好かれるためではなく、
自分の心が穏やかであるために生きたいと思っている。

飛田新地は、そんな私の「価値観の境界線」を
そっと揺らしてくれた場所だった。


あの夜見た光景は、
今も私の心の奥で小さな灯のように揺れている。
誰かの欲望と、誰かの生活が、
同じ通りの中で静かに並んでいる。
その不思議な共存を、私はたぶん一生忘れない。



※飛田新地では、撮影・録音・SNS投稿などが禁止されています。地域の方々のプライバシーと尊厳を守るため、訪問時は節度ある行動を心がけましょう。




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執筆者プロフィール

双極性障害を持つアラサー。
転職7回、摂食障害10年を経験。
現在は実家を出て福岡で弟と暮らしながら、
自分を大切にする生き方を模索中。
2026年の指針:「白黒つけずにグレーで生きる」


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脚注一覧

¹ 飛田新地は、かつて遊郭として栄え、戦災を逃れた後、1958年の売春防止法施行により「料亭」として営業形態を変更。現在もその形式を保ち、独自の文化を築いている。

² 飛田新地料理組合という組織が存在し、各店舗はこの組合に所属。営業形態やルールは組合によって管理され、街の秩序を保つ役割を担っている。

³ 飛田新地には「大門」「北門」「東門」など複数の入り口があり、それぞれが街の境界線のような役割を果たしている。門をくぐると空気が変わるような感覚を覚える人も多い。







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