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海峡を巡る船旅…のはずが?

日曜朝、はやぶさ号は今日も大盛況だ。最近は大宮駅ホームでも東海道新幹線名物となったミル挽きコーヒーのようなドリップ式自販機が整備され、少なくとも乗車時には缶ではないコーヒーを持って乗り込むことが出来る。しかし今回のは熱かった…
想像以上に多くの乗客が新青森まで向かう、あわよくば盛岡でホームの自販機にでもと思ったのだが隣の2席とも人がいるような状況では不要不急の離席をする気にもなれない。少々の息苦しさは否めないまでも総じてみれば概ね快適に過ごした3時間が経った頃には列車は新青森に着いていた。ラストスパートの特急「つがる」に転がり込んで青森駅に向かう。

「はやぶさ」号にて
E751系「つがる」
連絡船から景色は変わったが

早くも時間は12時頃、ここからの移動は14時頃なので少し時間があるがまずは昼食だ。駅前のアウガ地下に歩き丸青食堂でフライ定食とトゲクリガニの味噌汁を選ぶ。トゲクリガニは初めてだったがなるほど濃厚な味わいというのも納得、ここでは花見の必携品というほどのものだとか。
続いて港に歩き、久しぶりに八甲田丸見学に。そういえば2023年にここを訪れた時に数年ぶりに行こうなどと考えていたのだが、その時はたまたま寄港して一般公開されていた護衛艦に向かったのだった。

Coral Princess

クルーズ船"Coral Princess"を横目に歩き、かつて貨車や客車・時には北海道で使われる新型車両を積み込んだ線路を見ながら船に向かっていく。入口で入場券を購入すると同時に御船印もまとめて購入、そういえばこれが始まってから来るのは初めてだ。
この線路は桟橋から船に車両を積み込むためのものだが、さすがに浮いている船と密着させることはできず短い距離とはいえ可動橋を渡る必要がある。これが連絡船ならではの特殊な車両を求めた理由だが、そこについては後述としよう。

桟橋から船を望む
国鉄マークを掲げ

時間が時間なので駆け足での見学とはなってしまったが車両航送用の鉄道連絡船という現代の日本ではすでに現役の船が無くなって久しい船だけに魅力はたっぷり、次こそはもっと余裕のあるスケジュールで見に来たいものだ…

グリーン指定席
グリーン自由席

船内の多くはその歴史を伝える博物館の展示スペースとして使用されているだけにその原型を留めた箇所ばかりではないが、ビデオ鑑賞スペースとして使われているグリーン指定席区画は往時の面影を偲ぶことが出来る場所になっている。近くに自由席の座席もあるが、それと比べても明らかに一段上の設備になっていることには驚かされる。
昼過ぎに乗った上野発の特急から深夜の青森駅で待っていた連絡船に乗り込むとこの座席で4時間を過ごすというところ、札幌に行くとしたら翌朝は再び特急列車で5時間は座るということを考えるとこのゆったりした座席でせめて少しの休息が欲しいという人も多かったのだろう。そうした人の場合時間が許す限り寝台特急に乗っていたのかもしれないとはいえ。

船長室

客室の展示施設を抜けると船長室を始めとした運航に関わる箇所の見学を楽しめる、この八甲田丸含む津軽丸に始まる一群は1963年から建造された近代的なタイプの船となっている。当時としては先端的な自動化船であり、しかもそれまでの戦時型やかの洞爺丸と同時期に造られた船より高速化することで1日2往復から2.5往復へ運航効率を高めたといった画期性から「海の新幹線」のあだ名を得ていた。

操舵室
無線機器が並ぶ

鉄道連絡船で最も特徴的な設備はなんといっても車両甲板だろう、青函連絡船は距離が長く輸送量が多かったこともあり車両積載能力が特に大きかった。この八甲田丸含む津軽丸型では「ワム」換算で48両、すなわち720トンの荷物を一気に運べるということになる。この津軽丸型を基にさらに貨車積載能力を向上させた渡島丸型ではワム換算55両とさらに増えており、概ね貨物列車1本を丸ごと運ぶことが出来るような規模になっている。

車両甲板にて
車止めには連結器

よく転がる(そうでないと困るわけだが…)貨車を揺れる船で運ぶ際にはフェリー以上の工夫が必要で、その一つが連結器付きの車止めである。この連結器や鎖などを使用してがっしりと貨車を固定することで安全運航を成し遂げたのであった。
この八甲田丸の船内には貨車の他にもDD16やスユニ50、キハ82が積載されている。スユニ50は旧型の荷物車から台車を流用して製造された荷物車だったり、キハ82といえば北海道の特急列車網の構築に貢献し民営化後まで長く活躍した…と車両単体で見ても興味深い展示ではあるが、しかしここでは連絡船ならではというところにこだわっている。

スユニ50
キハ82

DD16は全国のローカル線で貨客車を牽引した比較的小型の機関車で、首都圏でも大宮工場や小海線で使用されていたのが有名である。実は青函連絡船での入換では使用されていなかった(主にDE10やDD13が使われていた)ようだが、国鉄の小型ディーゼル機関車の生き証人としてなかなか貴重な存在だ。
そしてそこに繋がれている見慣れない黒く小型の車両こそ連絡船ならではの車両である「控車」ではないか。先ほど入口で見たように停泊中の船と地上の桟橋の間は可動橋で繋がれている。重量については100t以上ある機関車もこの可動橋を通って船積みされたくらいなので問題なく堪えられるのだが、常に揺れる船と地上では勾配が常に変化するのでそこに機関車が入って力行ないし制動すると空転・滑走の危険がある。そのためこの控車を機関車と積卸する車両の間に挟むことで機関車は常に安定した地上にいられるようにする…というのがこの控車の目的である。

桟橋を行き来した控車

ここで保存されているヒ600型は旧型の貨車を改造したものでこの八甲田丸でしか残っていない。日本の貨車史を考える上でも実に貴重なサンプルでもあり、それが船の中という気象に影響されにくい場所に残っているのはありがたい限りである。

入換用DD16
並ぶエンジン

鉄道好きとしてはついつい車両甲板の車両に目を取られてしまうところだが、船のメカニックという点でも素晴らしい展示がなされている。ディーゼルエンジンにも迫り、その複雑で壮大な様子を間近に見ることが出来る。合計8台のエンジンは12,800馬力の出力を生み出し、通常は6台程度稼働することで定時運航できるほどだったという。その出力の余裕を生かして運航中に整備することができてこの点からも稼働率向上が成し遂げられたのだとか。

離れたところのフェリーターミナル

続いてはその青森駅から少し離れたところにある青函フェリーのターミナルに向かう、先ほどの八甲田丸からもそのフェリーを見ることが出来るほどの距離にあり、大型の津軽海峡フェリーとやや小型の青函フェリーを見ることが出来る。
時間の関係上タクシーを使ったのだが、いやしかし通行止めなどもあってかいささかお高い出費となってしまった…

御船印売り場は1階に

青函フェリーではまず昨年函館ターミナルを訪れた時には未発売だった御船印を確保、青函フェリーの御船印は船内販売ではなく青森ターミナルではやぶさⅢ・あさかぜ21のものを、函館ターミナルではやぶさ・はやぶさⅡのものを自動販売機で販売している。それ以外の方法では購入できないうえ支払方法も交通系ICや電子マネー・QR決済に限定されるので要注意。

はやぶさⅡに乗って
イギリストーストとリンゴジュース

乗船券はカウンターで購入するがキャッシュレス決済も利用可能、出航30分ほど前に乗船可能になると放送で案内される。青森ターミナルではこの青函フェリーと津軽海峡フェリーが隣接しているが、両者の違いはまず乗船時に端的に示されている。
こちら青函フェリーでは徒歩乗船客は車を積み込んでいる脇を縫うかのように通され、車両甲板から船室に上がっていくような仕組みだ。一方で津軽海峡フェリーはより大型のフェリーであることもありボーディングブリッジを使用している。その他船内設備からも貨物重視の青函フェリーと旅客重視の津軽海峡フェリーといった違いを見出すことが出来る。

青森市街地を眺め

船は青森から陸奥湾を縦断してから津軽海峡に乗り出す、「アスパム」を始めとした特徴的な建物がそびえる青森の市街地がだんだん小さくなっていき左右の津軽半島、夏泊半島そして下北半島を見ながらだんだんと北上していく。いよいよ津軽海峡に入っていくときにはあの歌に語られた「北のはずれ」こと竜飛岬も視界に入ってくる。

夏泊半島の彼方に下北を仰ぐ
津軽半島の先端

海峡を渡ると今度は北海道だ、まず見えてくるのは松前半島。ちなみに青函トンネルはこの近辺だと地下深くを通っており、概ね吉岡定点(旧吉岡海底駅)付近にあたる。青函トンネル開通の直前までこの近辺の地上を走っていた松前線も今となっては懐かしい存在だ。

松前半島に差し掛かり

やはり函館山と駒ケ岳が見えてくると函館を強く感じる。函館山は戦前は要塞とされて観光目的の出入りなど到底認められなかったのだが、この見晴らしのよさであれば確かにここが海峡の要として要塞となったのも納得の立地であると感じさせられる。
この函館山を通り過ぎるといよいよ長く感じた4時間弱の船旅もクライマックス、船内もどことなく慌ただしくなってきた。

函館山と駒ケ岳
海からの函館山

津軽海峡フェリーのターミナルは青函フェリーのそれより若干函館の中心街から離れている、ただし船にとってみれば湾内を回り込む必要が少ないので津軽海峡フェリーの方が所要時間がわずかに短い。現実的には誤差と言ってしまって差し支えない程度ではあるが…
あちらのターミナルは2年前に大函丸で訪れたが、そろそろ再訪する時かもしれない。あの頃まだなかった御船印も出たことだし。

津軽海峡フェリーの函館ターミナル

青森と函館の航路は青函フェリーと津軽海峡フェリーの合計で1日に10往復以上が行き来する大幹線だ。それだけに乗っていると複数回他船とすれ違う機会があり見ていて飽きない。今回乗船した青函フェリー9便は
・津軽海峡フェリー13便「ブルーマーメイド」の少し後ろを行き
・青函フェリー8便「あさかぜ21」と出航直後にすれ違う。
・津軽海峡フェリー14便「ブルーハピネス」が直後にやってきて
・青函フェリー10便「はやぶさⅢ」反航がちょうど折返し地点
・津軽海峡フェリー18便「ブルードルフィン」とすれ違い〆に
・青函フェリー12便「はやぶさ」と入れ違いで入港
と合計6隻の船とすれ違う。青函フェリーに至っては現在使用されている全ての船を一度に見ることが出来てしまうほどだ。

津軽海峡フェリー「ブルーマーメイド」
青函フェリー「あさかぜ21」
津軽海峡フェリー「ブルーハピネス」
青函フェリー「はやぶさⅢ」
津軽海峡フェリー「ブルードルフィン」
青函フェリー「はやぶさ」

青函フェリーでの徒歩乗船客の下船は車両が全て出て行ってから、がらんどうの車両甲板の端を歩いて北海道上陸と相成った。函館駅行きのバスが30分ほどで出るとのことでそれまでターミナル散策…っとまず最初に御船印を買わねば。
こちらは自販機が並んでいるところの傍らに御船印用の自販機が置かれているのでわかりやすい。しかしここでカップラーメンの自販機があるとは。

船首から下船
自販機には御船印用も
駅前のアパホテル

今晩は駅前のアパホテルで宿泊、チェックインしたら荷物を置いて早速夕食の買い出しだ。さてセコマと併設のハセストに行くか…いや寿司屋も近いではないか。ホテルは市電が走る通りに面しているので時折路面電車の走る音が聴こえてくる。朝1回くらいは路面電車を見てみようか。

https://www.apahotel.com/hotel/hokkaido-tohoku/hokkaido/hakodate-ekimae/

翌朝、ホテルをチェックアウトしたらまずは歩いて函館山に。四半世紀前に家族旅行で訪れた時に一度来たのだが、その時は悪天候で何も見えなかったのでそのリターンマッチということになる。初便運行前だが周囲には外国人観光客が大勢いて早くも大盛況。ちなみに四半世紀前とはゴンドラも変わっているとのことなので実質初訪問といっても過言ではないかもしれない。

ロープウェイを見上げ

昨年反対側にある五稜郭タワーから眺めを見ていたのもあってその反対から見るという試みも興味深い。時折勘違いされることだが、「函館の夜景」は渡島半島全体ではなく函館山から渡島半島までの陸繋砂州の部分がメインになっている。面積で言えば2平方キロ弱といったところだそうな。
鉄道好きとしてはここで函館駅を見ずにはいられない。博物館として今も往年の居場所に留まる摩周丸から駅に繋がって、カーブのあるホームから函館本線は始まっている。広々とした駅構内がここからでもとてもよく見える。しかしその隣にいるクルーズ船のなんと大きなことか。

渡島半島函館中心市街地
函館駅を俯瞰

この函館山はこの近辺全域からとてもよく見える、つまりそれはアンテナ類を設置するのにも都合がいい。ということでここには展望台の他にもテレビ・ラジオのアンテナが林立しているのだが、なかなかこれは印象的な光景なので訪れた際にはパノラマに限らず是非こちらも見ることをお勧めしたい。

テレビや通信用のアンテナ
松前半島方面
亀田半島と遠く下北
ブラキストン線を向こうに

現在ではこのように広く観光地化されている函館山だが、戦前はその立地条件ゆえに要塞地帯とされていた。特に日露戦争時には函館港をロシア海軍から守るという目的もありその機能が特に強化されたという。当然そのような状況で民間人の立ち入りが認められるはずもなく人の出入りが極端に限られる状態が続いた。
その政治的・社会的功罪はともかく結果としてはこの函館山は戦前戦中を通して手つかずの自然が良好な状態で残され、600種の植物に代表される津軽海峡付近の複雑な生態系のサンプルとしても貴重な存在となっている。

立待岬にて

函館山を降りたら次は立待岬に、関東ではすっかり散ってしまった桜も函館ではこれからということでその眺めも楽しみながらの小散歩となる。石川啄木ゆかりの地であるこの岬は遠く亀田半島や下北を望む岬で春の津軽海峡の波が打ち付ける。その潮の香と波音にしばらく浸っているといつの間にか昼になっていた。

谷地頭からは路面電車で
五稜郭駅

立待岬からは1kmほど歩くだけで市電の谷地頭電停にたどり着くのでアクセスも良好だ。チケットを取った際には青函フェリーから直接乗ろうとしていたので五稜郭乗車としていたせいで少しばかり乗換えが面倒になってしまったが致し方あるまい。いやはや青森の宿があそこまで高かったとは…

聳える駒ケ岳

大沼あたりでは水芭蕉なども見ながら特急北斗での旅、今日はこれから苫小牧に行ってさんふらわあ夕方便で関東に戻る予定だ。春の内浦湾などを眺めて無事苫小牧に着き…ここから中々に大変な目に遭ってしまった。詳細は以下の記事で語っているため、こちらではこの後についてはダイジェストとしたい。

フェリーが欠航になってしまったら仕方ない、航空券を取ってひとまず帰り道を確保することは成功。夜を明かすのは札幌としてひとまずそこまで移動だ。旭川や帯広という選択肢も思いついていたのだが結局確実に移動できるということを重視して札幌にした。これが翌日大きなプラスになったのだから未来の予想というのは何とも難しい。
途中で特別快速エアポートに道を譲ると分かっていたのでそれに乗ればもう少し早く着いたのだがガラガラの721系はあと何回乗れるかも分からないもの、見通しが立たないうちに夕食も食べてしまったしどうせもう寝るだけだと開き直ってゆったり向かうことにした。

721系で札幌に向かう
札幌駅のホームで

https://www.apahotel.com/hotel/hokkaido-tohoku/hokkaido/sapporosusukino-ekimae/

セコマのホットシェフで朝食を済ませたらなんと管制システムのトラブルで飛行機の運航は先が見通せないことに、正直欠航にはならずに済みそうだと思ったのだがちょうどこの日は家に予約していたCDが届く日、収録されているライブ映像も早く見たいので確実に帰り着く新幹線に切り替えることにした。
前日には函館山で「最近新幹線の南行きに乗っていないなあ」などと思っていたのだが、まさかこんな形でお世話になることになろうとは…それにしても札幌延伸が待ち遠しい、それがあれば3時間早く帰れるようになるではないか。

初かもしれない北海道新幹線でのH5系

H5系も気づけば結構久しぶり、正直普通車ではあまり違いがないのだがそれでも細かな部分の違いが面白い車両だ。
…と実は苫小牧から出るフェリーは懲りずに予約をもう1件キープしているし、今回こうなってしまったがさんふらわあ夕方便はチャンスを見つけてぜひ乗ってみたい。さぁリターンマッチはいつにしようか。

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