海と空のハプニングに遭った話
※この記事には地震・津波に関係する内容があります。
17時前、高速とまこまい号を降りた。初めてのさんふらわあ夕方便乗船だがWebチェックインは無いので、ここで一度乗船手続きを受けなければならない。それが済んだら土産を買うとしよう。
それらの所要時間を考えても比較的余裕を持って苫小牧西港フェリーターミナルに着いた筆者のもとにスマホから通知が来た。
「三陸沖で地震 津波注意報」
(※この後地域によっては警報に変わったが、苫小牧港が位置する北海道太平洋沿岸西部では注意報だったため注意報に統一する)
なんてこった、被害は少なければいいが、そして今後どうすべきか。フェリーターミナル館内は特に動揺している様子や混乱は見られない、この後ターミナル1階のカウンターは全社とも一時閉鎖されてしまったのだが、その際にも階段などの様子を見るに立入禁止等にはならなかったと記憶している。
予想では波の高さは1m程度ということで油断禁物とはいえ2階以上に留まっていれば十分安全だろう。待合室が2階にあるこのフェリーターミナルでなら避難誘導を行わずとも殆どの人が自分から安全な場所に留まってくれる構造ということか。
半ば状況確認のために一応これから乗船する会社のカウンターに向かってみるとちょうど自分の目の前で一旦手続きが打ち切られてしまった、地震直後でまだ知る人が少ないこともあってたまたま近くで困惑していたような人に状況を説明なんてこともしていた。
3階の送迎デッキも混乱もなく普段通りで外を見る人が若干いる程度、近くの事務所が避難所として開放された後も立入制限は特に無かったようだ。といっても4月下旬の道央ということで寒さめいたものを感じる中わざわざ来る人もほぼいない。

乗船手続き中止とあったが、この理由として一般的に船は津波が迫ってくると港から離れて、向かってくる波を正面から受けることで転覆・座礁しないように備える。有名な例としては太平洋フェリー「きたかみ(先代)」が仙台港で東日本大震災に罹災、緊急出港して沖合で津波に遭遇するも難を逃れたということがある。
目の前で準備が進んでいき、まずは港出入口に近い「さんふらわあ」が先に動き出した。この時は無事に帰ってきて乗せてくれるだろうか、あるいは…と見当もつかない状況だった。

当然ながらこの状況ではいつまで待つことになるかということは分からない。(ここでは欠航にならないという前提で考える)この時点で船は沖合に避難している…つまり津波の危険が去ったと判断されて注意報が解除されて、そこからがようやくスタートとなるためだ。
まず沖合から港に戻ってきて着岸、ボーディングブリッジやランプウェイを再接続して改めて車の積み込みや乗客の乗船を行うとなると短く見積もって数時間コースとなってしまうだろう。乗船開始まであと1時間くらいだった状況だから清掃や船内で使う物品や食料品の積み込み、あるいはごみの搬出もしなければならないかもしれない。そうなると当然所要時間はさらに延びることになる。
こうした時の警報・注意報がどれくらい出続けるものなのか、まずはそれを確認していた。当然15分程度で解除されるようなものではなく、時間単位で出続けることが多いようだ。あまり長くなってしまうようでは解除後戻ることも期待できない、この便の乗客は目の前の状況から納得してくれるだろう。しかし「さんふらわあ」夕方便の所要時間は約19時間で苫小牧・大洗とも5時間程度の折り返し時間しかない。若干の余裕時間はあると思われるものの、あまり長引くようでは折り返しの大洗出港すら遅れてしまう。つまり解除にある程度時間がかかったら欠航となり、船はそのまま大洗に向かってしまう。
この時点では「その可能性もある」程度のイメージではあるが帰りをどうするかということも考え始めていた。太平洋側を通るフェリーはおそらくこの日と翌日あたりは大幅にダイヤが乱れる可能性が高い。飛行機は前日に買うとなるとかなり割高になってしまうが背に腹は代えられない以上最有力手段だ、そして特急「北斗」と北海道新幹線の乗継というルートが最終兵器として構えてくれている。
選択肢としては影響のない小樽から舞鶴までの新日本海フェリーというものもあるが、これは舞鶴着が翌日21時…休暇を取っているのがこの翌日までで、しかも関東住みの筆者にとっては残念ながら使えるカードではない。つまり選択肢は飛行機か鉄道、ただここに来るまでが鉄道だったので出来れば別の手段としたいという助平心が悪さ(?)してか「欠航になったら飛行機に乗る」と決めた。まだ未練がましくも5時間遅れ位になっても戻ってきてほしいと思っていたのが正直なところではあったのだが。

基本的な情報収集を済ませたがまだ津波注意報については解除されるような様子は見られない、その時点で食事とすることにした。それもちょうどいい肉系のメニューはないものかと。この時点ですぐに状況が動く様子はなく、待っていてもただ時間だけが経つばかりだ。とはいえ何か状況が動いたら今度は食べている時間など無くなってしまうだろう、こういうタイミングに食べて力をつけておくに限る。
いくら自分に都合のいいように状況が動いてこの瞬間にいきなり津波注意報が解除されて船が戻ってきたとしても、そこから乗船まで短く見積もって2時間くらいは掛かるはず。そう考えると今食事を摂っておくことは得になることはあっても損することはあるまい、幸い苫小牧西港のフェリーターミナルには良いレストランがあり、ザンギとチーズの載ったカレーを堪能することが出来た。
充実した食事は気分も落ち着け、今後いくつかすることになるだろう決断の時にも力になってくれる。確かにそんな気分になれないということは分かるが「先の見えないときはとりあえず飯を食え、状況が許すなら熱い肉」ということは是非ともお勧めしたい。
そこからもしばらく状況は動かず、待合室は落ち着いた状態のままテレビニュースなどを見ている人が多いようだ。空いているのならと営業中の売店で今のうちに土産などもまとめて購入してしまう。それにしても「さんふらわあ」夕方便に加えて近い時間に出航する太平洋フェリーの乗客も揃っているので混んでいる割には落ち着いている、月曜夜のフェリーで移動しようとする客層となると急ぐことはないので苛立つような人も少ないのだろうか。
次に状況が動いたのは19時半過ぎ、まず太平洋フェリーから欠航という連絡が出た。遅延あるいは欠航の両にらみで考えて大洗にいつ頃までに着けば翌日中に帰宅できそうか、それ次第では乗れる状況でもキャンセルという可能性も見ていたが、これは欠航あるいは大幅な遅れになってしまうだろうと予想が固まってきた。
いつでもカウンターに行けるようにその近くに移動するとほぼ同時に欠航になるという無情なアナウンス。すぐに並んだのが功を奏したのもあってあっさりと手続きは終わってしまった。安全上仕方ないとはいえこれは何とも残念だ、スタッフさんから払い戻しに関する説明(自動的にされるのでこちらで何かする必要はないが)を受けつつ心は再戦を誓っていた。
残念な結果になってしまったが、ともあれ先に進まねばならない。
まずは帰りの飛行機を確保しなければならない、先ほど直前では高いとしていたがここで一つ割合安く抑える裏技がある。
それは特典航空券、一定数のマイルを使用することで通常の支払いに比べれば大幅に割安に済むいわば反則技。JALアプリを立ち上げ提供座席数の多い新千歳発羽田行きに絞ってみるとさすがにクラスJやファーストクラスはともかく普通席なら大幅に安上がりに乗れるではないか…そういえばこの路線ではボーイング787に乗ったこともない、普段はエアバスA350を優先的に選択するのだが787という選択も面白そうだ。
翌日夕方早めに到着する便を発券して次は一夜を明かすためのホテルだ。これも最近とみにホテルが高い札幌付近だけに一時は旭川宿泊すら考えた(特急が片道5,500円程度なので札幌のビジネスホテルで3万円取られるくらいなら特急に乗れる分コスパが良いとすら言える)ものの、これも幸いにもすすきののアパホテルを驚くほど割安に確保。あとはどうやって駅まで行こうか…とタクシーという言葉すら脳裏をよぎるもこれはありがたいことに臨時バスが出る、ということであっけなく苫小牧駅にたどり着いてしまった。


偶然手稲行きの721系が停まっていたのでこれを札幌まで乗り通す。南千歳でエアポートの接続があり特別快速という言葉に一瞬ときめいたのだが、札幌に向かう最終近い航空便を受けるであろうこの列車ではだいぶ混んでいるだろうなと思いなおし721系にとことん付き合う。あるいは今後何度も乗ることが出来るだろう733系よりも引退近い721系を満喫したいということがより優先事項だったのかもしれないが。
ここで改めて思ったのがアパホテルのベッドの寝心地の良さ、これが今晩の場合で数千円程度で得られる寝心地というのはちょっと信じられないくらい。ここまでの数時間いわばずっと興奮状態にあったような状況なのでこの寝心地の良さは実にありがたいものとなった。朝食は近くのセイコーマートで買うとして、入浴を済ませてさっと寝てしまった。
翌朝買い物に出ようとしたら外は本降りの雨ではないか。実は今回のトラブルが始まってから家に帰りつくまでで一番これからどうしようと困惑したのがこの瞬間だった、慌てて防災アプリを開くと通り雨のようでそう長くないうちに止んでくれるようだと知ると安心して雨の中に突っ込む。傘は持っていないが、止むのを待つほど気の長い性格はしていない。
ホットシェフの塩さばおにぎりを食べてつつぼさっとXを見ているとまたまた衝撃的な知らせが飛び込んできた。どうやらシステムトラブルで国内線の飛行機が全然飛べていないというではないか。こういう時はFlightrader24を確認するに限る、羽田空港を見てみると確かに朝のラッシュ時にも関わらず表示されている飛行機は少ないし(深夜帯を除けば)普段あまり出てこない地上車両のアイコンが明らかに多い。
確かにこれは異常だ、続いてJALアプリで運航情報を確認するのだがこちらは全便搭乗手続きが止まっているというのみでどうにも欠航や遅延見込みの情報が反映されていない。といってもおそらくこれはまだ反映しきれていないのだろう、それでは仕方あるまい。
とはいえ朝方の時点でこんな広範に混乱している以上欠航の可能性を覚悟するべきだろう。あるいは便名としては遅延しつつも飛ぶが定刻の数時間遅れな上に後続便よりも遅い時間…ということだって十二分に起こりうる。そうなると帰りはあっという間に深夜になってしまうだろう、いや帰れるならまだ良い方で飛行機の席が確保できない可能性すらありうる。
午前中の便についてはその後の予定を9時半に更新すると表示されていた。これは意思決定のいいチャンスであり、この時点で状況が芳しくないようであれば飛行機は諦めよう。午前中の便の様子で午後の便を諦めるのはいささか早計なようにも思えるが、札幌についてはその判断が必要と考えた。というのも、飛行機を諦めるとして代替交通機関を選ぶための時間があまり残っていないためだ。
羽田を起点とした国内の幹線でもこの新千歳便に並び立つ存在として福岡、伊丹、そして那覇に至る各路線が挙げられる。事情が明らかに異なるのは那覇便で、これは合理的に利用可能な交通機関が飛行機しかないから今回のような場合にはひたすら吉報を待つかまだしも動いていそうな便に振り替えるかしかない。福岡・伊丹は新幹線での所要時間も意外と変わらない、自分が搭乗する便の遅延見込みを見てからでもゆっくり判断することが出来る。
しかし新千歳便は状況が若干異なる、札幌から関東まで鉄道による代替ルートとなると特急「北斗」から新函館北斗で新幹線に乗り継ぐことになるがこの所要時間が約9時間。時刻表上は15時近くに札幌を出る列車でも帰れるのだが、これで帰ると深夜になってしまうので出来れば避けたい。欲を言えば20時頃までには帰りたい事情もあり、そうなると鉄道ルートで帰るなら11時前の「北斗10号」にぜひ乗りたい。
決断の時が来た、9時半になってJALアプリを開いてみると午前中の便は多くが2時間以上の遅れ、残りは欠航となってしまうようだ。飛行機の運用はそこまで折返しに余裕がないのでそこから3時間程度でそこまでの回復は期待できないだろう。この時点で航空ルートは不確実性が高すぎると判断して航空券はキャンセル、札幌駅に向かう東豊線の車内でえきねっと予約でこの後の特急と新幹線をチェックし、辛くも双方とも窓際確保。

今回唯一失敗といえる失敗になったのがこのタイミングで、9時半を迎える時点で札幌駅に出ていれば1本前の北斗8号に乗れたかもしれないというところ。出不精でホテルに留まり続けた結果1時間帰りが遅くなってしまった。
ということで1時間近く札幌駅での待ち時間、とりあえず発車前に飲み物でも買うとしてそれまでは駅前で何か良いところ…そうだ時計台に行こう。通りがかりに見る程度であえてしっかりと見に行く機会もなかった、「思ったより小さい」などと言われて時折不名誉なあだ名で呼ばれたりもするがこのビルの狭間にあるスポットとしては良い雰囲気ではないか。

ティーラテ片手に乗り込むは特急北斗、諸々大変だったので一昨年ぶりのグリーン車としてみた。前日に乗ったところをそのまま折り返す形となるが、この時期の内浦湾の景色は美しい。時折うつらうつらしつつも北国の遅い春の海をずっと満喫して駒ケ岳に迎えられたら新函館北斗も近い、大沼には水芭蕉も生えているのか。


ここまで来たら安心と信頼の新幹線、珍しいことにH5系が待っている。遅い昼食には北海道新幹線10周年記念弁当をチョイス、少量多品種で色々な品物が揃った弁当は色どりも味わいも豊かで青函トンネルに入るころには完食してしまった。
思えば10年前の夏に初めて乗ったグランクラスで青函トンネルをくぐってからもうそんなに経つのか、最近は本命の札幌延伸がなかなか大変な状況ではあるがもう少し早く実現してほしいもの。それが成った暁には首都圏対札幌のみならず沿線全域の利便性が大きく向上する、ただそれと同時にあの美しい内浦湾の景色が一部ではお預け、また一部では通常は見られない景色になってしまうのには一抹の寂しさは禁じ得ないというのも正直な気持ち。

盛岡で6分停車、少し買い物をして戻る程度であれば危なげなく出来るので長旅の半ばでのちょうどいい補給スポットとなっている。ここで菓子とコーヒーを買ったらこの旅ももう終わりが近い、320km/hでの走りはこんなにも東北と自分を近いところに寄せ付けているだなんて。
帰宅ラッシュの野田線は最終ランナーとしてバトンを受け継いだ、今回は思わぬ大変な旅になってしまったがそれだけに日頃意識しないもののありがたみというものを深く感じる機会となった。

