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【現代異考】なぜ足りなくなるのか ― ②ナフサは足りてないのか?

要旨:
前編では、リチャード・クーの「バランスシート不況」を出発点に、問題は単なる総量不足ではなく、資金や投資機会の偏在、つまり循環の目詰まりとして捉えるべきだと論じた。

本稿では、この視点を現在のナフサ不足へ応用する。ナフサ問題もまた、「足りる/足りない」という総量の議論だけでは捉えきれない。重要なのは、ナフサやその川中製品がどこにあり、どこへ届かず、どの契約・輸送・在庫・リスク判断の地点で滞留しているのかである。国家が見るべきなのは、単なる総量ではなく、ロジスティクスのフローである。


はじめに:ナフサ不足をどう見るべきか

ナフサは、エチレンやプロピレンなどの基礎化学品を生み出す原料であり、そこから樹脂、包装材、建材、自動車部材、日用品など幅広い製品が作られる。したがって、ナフサの供給不安は、単なる石油化学業界の問題ではなく、産業全体の上流にあるロジスティクス問題である。

直近の日本でも、中東情勢の変化を背景に、ナフサ調達や石油化学製品の供給維持が大きな論点となった。石油化学工業協会は、国内精製、中東以外からの調達拡大、製品在庫の活用によって供給継続に努めていると説明している。JETROも、2026年4月の石油化学製品生産について、前年同月比では減少した一方、在庫活用や中東以外からの調達により供給維持が図られていると整理している。

ここで重要なのは、「ナフサが足りるのか、足りないのか」という問いだけでは不十分だということである。政府資料では、ナフサ由来の化学製品について、既に調達済みの輸入ナフサと国内精製、川中製品在庫により、少なくとも国内需要4カ月分を確保しているとの見通しも示されていた。

にもかかわらず、現場では不足感や納期不安が生じうる。なぜなら、問題は総量だけではないからである。


1.「足りる/足りない」では見えないもの

ナフサ不足を総量の問題として見るなら、論点は比較的単純になる。国内需要に対して、国内精製、輸入、在庫を足し合わせた供給量が十分かどうかを見ればよい。

しかし、現実の供給問題はそれほど単純ではない。
たとえば、総量としては数カ月分の在庫があっても、それが必要な地域、必要な企業、必要な製品、必要なタイミングに届くとは限らない。ナフサそのものが存在していても、クラッカーの稼働、港湾、タンク、輸送、契約、製品在庫、優先供給の判断が噛み合わなければ、下流では不足が起きる。

これは金融における「金はあるが流れない」状態に似ている。
企業部門全体として資金があっても、投資機会を持つ企業に届かなければ投資は起きない。同様に、ナフサや川中製品が総量として存在していても、それが必要な生産ラインや下流企業に届かなければ、現場では不足として現れる。

つまり、問題は単なる総量不足ではなく、到達可能性の問題である。


2.ロジスティクスにおける「目詰まり」

前編で論じたように、バランスシート不況では、民間主体がストックを守ろうとする。企業は借金を返し、現金を抱え、投資を控える。個別には合理的だが、全体では循環停止を生む。

ナフサ問題にも、これと似た構造がある。
供給不安が生じると、各企業は安全在庫を積み増そうとする。調達先を広げようとする。納期遅延を恐れて、早めに発注する。リスクを避けるために、融通よりも自社分の確保を優先する。

これらは個別企業としては合理的である。しかし、全体として見ると、需要の先取り、在庫の偏在、契約の硬直化、輸送能力の逼迫、優先順位の混乱が起こりうる。あるところでは在庫が積み上がり、別のところでは不足が起きる。川上では供給維持が可能と見えていても、川下では納期不安が広がる。

ここに、ロジスティクスにおける目詰まりがある。

それは「物がない」という単純な問題ではない。「物はあるが、必要な場所へ、必要な形で、必要なタイミングに届かない」という問題である。


3.在庫は安心材料であると同時に、偏在の温床でもある

在庫は、危機時には重要な安全弁である。ナフサや川中製品の在庫があれば、輸入が一時的に滞っても、すぐに供給停止へは至らない。実際、日本の石油化学業界も、在庫や中東以外からの調達を活用して供給維持を図っている。

しかし、在庫は万能ではない。

在庫があるということと、それが必要な場所にあるということは違う。在庫があるということと、それを使える契約条件にあるということも違う。在庫があるということと、それを輸送できる能力があるということも違う。

在庫は、安心材料であると同時に、偏在の温床でもある。

ある企業が安全確保のために在庫を抱えれば、その企業にとっては合理的である。しかし、全体としては流通量が減る。各社が同じ行動を取れば、現物は存在していても市場に出てこない。すると、総量としては足りるはずなのに、現場では不足感が強まる。

これは、金融におけるタンス預金や内部留保に似ている。

資金が存在することと、資金が流れることは違う。
在庫が存在することと、在庫が届くことは違う。

したがって、ナフサ問題を見る際には、在庫量だけでなく、在庫の場所、所有者、契約、輸送可能性、代替調達の時間差を見る必要がある。


4.総量政策はなぜ必要か

では、目詰まりが問題なら、総量を増やすことには意味がないのか。

そうではない。前編で論じたように、総量政策には、循環を起こすことで目詰まりを観測可能にするという意味がある。これはナフサ問題にも当てはまる。

中東以外からの調達を増やす。国内精製を継続する。川中製品の在庫を活用する。必要に応じて備蓄や代替供給を組み合わせる。こうした対応は、単に数量を積み増すためだけではない。供給回路に圧をかけ、どこが動き、どこが止まり、どこに遅延が生じるのかを見るためでもある。

政府資料でも、中東以外からのナフサ輸入を加速し、川中製品在庫の取り崩し量を抑えることで、在庫を活用できる期間を延ばす見通しが示されていた。 これは、総量を増やすことによって、流路の余裕を作る対応である。

ただし、それだけでは十分ではない。供給量を増やしても、ボトルネックが港湾にあるのか、タンクにあるのか、クラッカーにあるのか、輸送にあるのか、契約にあるのか、下流製品の在庫にあるのかを見なければならない。

総量を増やすことは第一歩である。
しかし、目的は総量そのものではなく、流れを回復することである。


5.国家は何を見るべきか

ここで、前編の結論が戻ってくる。

民間主体は、自らの安全を守るためにストックを見る。金融であれば現金や負債を見る。ロジスティクスであれば在庫や調達契約を見る。これは個別主体としては合理的である。

しかし、すべての主体が自社在庫の確保に走れば、全体の流通は細る。すべての主体が契約上の安全を優先すれば、融通は効きにくくなる。すべての主体が先取り発注を行えば、需要の実態は見えにくくなる。

だからこそ、国家は単なる総量だけを見てはならない。

国家が見るべきなのは、フローである。

どこでナフサが止まっているのか。
どこで川中製品が滞留しているのか。
どの下流産業に届いていないのか。
どの輸送経路が詰まっているのか。
どの契約条件が融通を阻んでいるのか。
どの企業が過剰に抱え、どの企業が不足しているのか。

もちろん、国家がこれらを完全に把握することはできない。企業ごとの在庫、契約、調達余力、代替可能性は、民間に分散している。国家が全体を完全に設計することは不可能である。

だからこそ、国家は流れを止めてはならない。

流れがなければ、どこが詰まっているのか分からない。流れがあって初めて、滞留地点が見える。滞留地点が見えて初めて、優先供給、代替調達、輸送支援、情報共有、契約調整といった介入が可能になる。

国家は、物資を単に配る主体ではない。
流れを観測し、調整し、学習を継続する主体である。


6.「不足」とは何かを問い直す


ナフサ不足を考えるうえで重要なのは、「不足」という言葉を一度分解することである。

不足には、少なくとも複数の種類がある。

総量として足りない不足。
特定地域に届かない不足。
特定製品に転換できない不足。
在庫はあるが出てこない不足。
契約上は確保されているが、輸送できない不足。
将来不安によって先取り需要が生む不足。

これらをすべて「ナフサ不足」と呼んでしまうと、問題の所在が見えなくなる。

総量不足なら、輸入や国内精製を増やす必要がある。物流制約なら、輸送経路や港湾、タンク、配送能力を見る必要がある。契約硬直性なら、融通や優先供給のルールを考える必要がある。在庫偏在なら、情報共有や分配調整が必要になる。

つまり、必要なのは「足りる/足りない」ではなく、「どこで、どのように足りなくなっているのか」という問いである。

これは、バランスシート不況の読み替えと同じである。民間部門全体に資金があるかどうかだけを見ても、投資が起きるかどうかは分からない。資金がどこにあり、投資機会がどこにあり、それらが接続されているかを見なければならない。

ナフサも同じである。総量としてナフサや関連製品があるかどうかだけではなく、それが必要な場所へ接続されているかを見なければならない。


おわりに:金融からロジスティクスへ

前編では、バランスシート不況を、単なる民間部門の財務毀損ではなく、資金と投資機会の接続不全として読み替えた。そこから得られた結論は、民間がストックを見るからこそ、国家はフローを見なければならない、というものだった。

この視点は、ナフサ不足にも応用できる。

ナフサ問題は、単なる総量不足としてだけ見るべきではない。もちろん、調達量や在庫量は重要である。しかし、それだけでは不十分である。必要なのは、ナフサや川中製品がどこにあり、どこで止まり、どこに届かず、どの契約や輸送経路や在庫判断によって流れが細っているのかを見ることである。

金融において、資金が存在することと、資金が投資へ向かうことは違う。ロジスティクスにおいても、物が存在することと、物が必要な場所へ届くことは違う。

総量ではなく、循環を見る。
残高ではなく、流れを見る。
平均ではなく、偏在を見る。

これが、バランスシート不況の読み替えからナフサ問題へ接続できる視点である。

そしてこの視点は、ナフサだけに限られない。半導体、医薬品、エネルギー、食料、物流網。いずれの領域でも、「足りる/足りない」という総量の議論だけでは、現実の危機を捉えきれない。

危機時に必要なのは、単に量を積み増すことではない。流れを止めず、どこが詰まっているのかを見えるようにし、必要に応じて介入を修正していくことである。

国家は、すべてを事前に知ることはできない。
だからこそ、流れを維持しなければならない。

ナフサ不足とは、そのことを示す一つのケーススタディである。

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