宇野書店と『庭の話』とシェア型書店 ~もっと話したい本屋のこと3~
今年夏にオープンした宇野書店に先月初めて行ってみた。批評家・宇野常寛氏がプロデュースした新刊書店である。

宇野書店はどんな場所?
空間と品揃え
駅の利用者には行きやすい場所にあるしとにかく誰もいないのが良い。レジも無人であるからして、僕が訪ねた19時前は本当に誰もいなかった。
しかも思っていたよりも広く、その中に良い感じに芝生が敷き詰められ、直接座っても良さそうな場所、丸椅子に腰掛けて仕事できる電源付きの場所とあり、こう、本を目当てじゃなくても30分くらいちょっと時間が空いたときに寄りたくなる空間だった。
それでいて、品揃えは宇野氏の得意分野である人文と社会、カルチャー、まちづくり、都市開発に特化した品揃えに振り切っていて、だからこそ、他では出会えない本が見つかる感じというか。古典や名作など議論の前提となるような本もしっかり揃っているのも心ニクいというか。




正直なところ「本が売れる場所」ではないなとも思ったが、いろいろ調べていくうちにそれは問題ではないのだと分かった(売れたほうが良いのは確かだけども売れなくても成り立つという意味)。
庭としての本屋
そもそもの話、宇野書店は、宇野常寛氏が「本屋やりたい」とSNSに投稿したところに元々つながりのあった、まちづくりや不動産開発の会社・東邦レオから声がかかり生まれた店である。
東邦レオの持ちビルの2階がラウンジ的な共用施設としてすでにある中で、「そこを使って本屋をしませんか?」というオファーである。
ビルの価値を上げ、ひいてはそのエリアの価値も上げることがミッションで、本の売上を上げることももちろん大事だが、相対的に宇野書店があることで、ビルを借りたくなったり大塚に住みたくなったり、そういう賃貸収入的な部分のほうがマネタイズとしては重要なのである。
であるならば、どういった本屋にするのか。それが宇野常寛氏にとっては庭としての本屋だった。
詳しくは他のニュース記事や内沼晋太郎さんとの対談動画を観てもらえば分かることだが、人が集まり価値判断が決まり序列が生まれる共同体を作るのではなく、そこにいる人が誰でどこから来て何をしているのか公共性を作るための本屋である。「何者でもない」個人のための場としての本屋である。
『庭の話』を今年3月に読んでから「庭ってまさに本屋じゃん」と思って本屋ラジオでも話したが、まさか本当に作るとは、ということでかなり驚いたのを覚えている。
その後、宇野氏のnoteや対談動画を観て、その通りだということは分かっていたのだが、実際に訪れたのは自分の目で見て、それがどういうものか確かめたかったからだ(近所に住んでいることもある)。
そこで、はじめの感想に戻る。”とにかく誰もいないのが良い”のだ。
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シェア型書店論
本棚の一部を月額制で貸すことで成立するシェア型書店や、新刊書店でありながら店の一部の店を貸すシェア本棚など、2018年ごろから広がりだした…
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