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「余命1年」妊娠中、医師から夫の余命を一人で告げられた日──その時、私は母になった|あの日、母になった私へ

#あの日母になった私へ


昼間、自宅に電話が鳴った。

病院からだった。

「ご主人のことでお話があります。3時に来ていただけますか。奥様だけで」


時間を指定され、一人で車を運転して病院へ向かった。
お腹はもう大きくなっていた。妊娠していることは、誰が見ても明らかなほどに。
夫は外来だけだったので、いつも一人で通院していた。
私は、その医師と会うのは初めてだった。

でも、その時はまだ、何も予感していなかった。
夫の検査結果の説明だろう。きっと、治療方針を聞くだけだ。
そう思っていた。


診察室には、医師と私、二人だけ。

「座ってください、奥さん」

初めて会う医師の表情が、重かった。

そして、淡々と告げられた。

「末期のがんです」

「余命一年ぐらい。検査結果で、そう判断しました」


頭が真っ白になった。

信じられなかった。

結婚してまだ間もない。新婚生活は、これから始まるはずだった。

お腹の中には、子どもがいる。

夫は、父親になる日を、あんなに楽しみにしていたのに。


医師は、私が妊娠していることを知らなかったのだろう。

こんなに大きなお腹を抱えた私を、一人で呼び出して、余命宣告をするなんて。

でも、その時、私の中で何かが変わった。


唇を噛みしめた。

涙をこらえた。

そして、心の中で、自分自身に誓った。

「この子だけは、絶対に私が守る」


声には出さなかった。

でも、その誓いは、私の魂に刻まれた。


余命一年と言われても、何か生きる方法があるはずだ。

治す方法が、絶対にあるはずだ。

夫を救いたい。

そして、この子を守りたい。

二つの想いが、私の中で固く結ばれた。

───

新婚の幸せな時期に受けた、この宣告を。

相当な精神力が必要だった。

でも、お腹の中の小さな命が、私に力をくれた。

「この子のために、私は強くならなければならない」

───

その日、私は母になった。

まだ出産していなかった。

まだ、この子の顔も見ていなかった。

でも、あの診察室で、一人で余命宣告を受けたあの瞬間、

私の中に、母親としての覚悟が生まれた。

───

どんなことがあっても、この子だけは守る。

どんなに苦しくても、この子のためなら耐えられる。

その決意が、その後の20年間、私を支え続けてくれた。

───

あの日、医師から淡々と告げられた言葉。

「奥さん、旦那さんは末期のがんです。余命は、一年ぐらい」

それは、人生で最も苦しい瞬間だった。

でも同時に、母としての私が生まれた、始まりの日でもあった。


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