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ねこま先生の辻説法シリーズ         「黄金色の鹿王」




(ナレーション)



2025年11月17日



心の荒廃の進むnote村で、
村の寄合所広場において、
霊験あらたかな、榛名山で修行した修験者、
ねこま先生の辻説法が行われました ――







修験者 ねこま先生



(以下、人物名のない文字は、ねこま先生の語り。)







さあ、さあ、
御用とお急ぎでない方は、
よってらっしゃいみてらっしゃい。



上州は榛名山で、修行を積んだ拙僧(せっそう)が、
争いや憎しみの絶えぬ、note村のみなさんに、
御仏のありがたい説話を聞かせてしんぜよう。




note村には、時々立ち寄るのだが、
つい先日、実に浅ましき光景を目にしたので、
これではいかん!と思い立って、
たまたま寄ったついでに、辻説法をさせてもらうことにした。



その浅ましき光景とは、
この寄合所に住む、とある夫人の家に、
数名の男女が押しかけて、
「やれ、こちらの価値観を受け入れろ」だの、
夫人の仕事に関しても非難する始末で、
あまりにも度を超えた浅ましき光景に、
拙僧は、辟易(へきえき)したものだ。



驚くべきは、その男女のうち、
女は、とある男に
「自分の価値観を受け入れろ」と、
何度も何度もしつこく言い寄られて
大変つらい思いをしたということじゃ。



そして男はというと、
とある男に、己の仕事について言われ、
大激怒をしていたのを、
拙僧は目撃しておる。



この男女は、被害者ということで
結びついたのであろう。



しかし、いつの間にか、
ミイラ取りがミイラになったかのように ――
自分たちがされて、イヤだったことと同じことを、
価値観が違うというだけで罪とみなし、
そのようなことをしていたというから、
皆の衆、驚くべきことではないか?




被害者転じて加害者となる ――



人の業(ごう)の浅ましきことというか、
人の世では、よくある話ではござらんか?



この、とある夫人というのは、
拙僧とは、少し縁のある御仁でな。
何せ、拙僧は万年金のない貧乏僧だから、
このnote村に、今年の春ごろだったろうか、
訪れた時に、夫人の家の前で倒れている拙僧に、
一杯の粥(かゆ)を、馳走してくれてだな。
かろうじて、野垂れ死ぬところを救ってくれた恩人なのじゃ。




ちょうど夕暮れ時でな。
夕暮れに照らされた夫人の
美しい横顔から、拙僧は夫人のことを、




―― 夕暮れ夫人




と、こっそり呼んでおるのじゃ。
夫人には内緒だぞ。イヒヒ。




夫人は明るくて話上手でな。
それによく本を読むので、本の話も上手かった ――



それがなんだ。
先、訪ねてみたら、
昼間だというのに戸を閉め切って、
家の中から泣き声が聞こえておった ――




あの明るくて話上手な夫人が不憫(ふびん)でな。
そんなつらい思いをさせてしまった、
あの数名の男女を責めるつもりもないが、
夫人も元気になって、かの男女らも人を責めることをやめ、
そして、ここにお集まりの村の衆たちも、
人の悪口を言ったり、人にイヤな思いをさせたり、



そんなことをせぬよう、
拙僧の説話を聞いて、
仏の教えを学んで、
明るくて笑顔の絶えない、
note村になって欲しい。



―― そんな願いから、
この辻説法を始めた次第だ。
なになに、拙僧もまだまだ修行中の身。
語りながら、村の衆たちとともに、
一緒に学んでいこうと思うので、

ひとつ、よろしくお願い申す。



ちょうど、ここから拙僧が大声で語れば
夕暮れ夫人の家にも聞こえるので、
元気になってもらって、恩返しができればと思うので、
村の衆も、夫人に会ったら、
優しい言葉を、ぜひ、かけてあげて欲しい。




なお、拙僧の説話語りが終わったら、
自由解散ですので、
各自、お家にまっすぐ帰ってください。
愛人の家になぞ、寄ってはいけませぬぞ。😂




ゴミは各自で持ち帰って、
忘れ物をしても、
誰もいなくなるので、
責任は持てぬからご用心くだされよ。




では、だいぶ前置きが長くなりましたが、
ありがたい、御仏の説話を始めたいと思うので、
各自、リラックスして聞くのじゃぞ。




なお、若者やお子様もおられるので、
説話語り中は、今と違う語りになるが、
つまらぬツッコミなど、入れぬようお願いいたす。




―― では、第1回目の
『ねこませんせい辻説法』を
始めるぞよ。カッカッカッ。







「ねこま先生の辻説法」スタートじゃ!








『黄金色の鹿王』


     (根本説一切有部 昆奈耶破僧事 第十五より)



<他人の財布を盗むものは”小盗”と呼び、
  恩を仇でかえすものは、名づけて”大盗”と呼ぶ>
    

     




――遥か昔、ブッダ(お釈迦様)が王舎城(おうしゃじょう)の
霊鷲山(りょうじゅせん )にあって、
多くの人を集めて説法されていました。



これからするお話は、
その時、ブッダがされたお話です。




古代インドのハラーナシー国(現在のバラーナシー)に、
巨大な軍隊を率いて、”神の軍勢を率いる王”
呼ばれていた王様がいて、この国を治めていました。




この王様が治めた時代は、”聖代”(せいだい)と呼ばれました。
聖代とは、聖人(せいじん)や徳の高い君主が世を治め、
国全体が平和で安定し、栄えている時代のことです。



この国のお妃様は、”月光”(げっこう)と呼ばれ、
非常に美人なだけでなく、品行方正で周りからも
素晴らしい女性と呼ばれ、
国の母、”国母”(こくぼ)と呼ばれ慕われていました。



ところで、月光の見る夢は正夢となって、
現実に起こる
という、不思議な力を持っていました。




―― さて、この国のある野山には、
千頭の鹿を統率している”鹿の王様”がいました。
その鹿の王様の毛皮は、黄金色をしていて、
その身体は、見る人々をうっとりとさせ、魅了しました。




鹿の王様自身も、そのことは理解しておりました。
ですので、猟師の射撃には常に気を配り注意して、
むやみには、山野に姿を現すことはしませんでした。



ある時、同じ野山に住む、
鳥や獣たちが集まって、おしゃべりをしていました。



その時、1羽のカラスが金色の鹿の王様のところへ行き、
次のように尋ねました。



カラス


「金色の鹿の王様よ、
 あなたは、どうして食べる時も水を飲む時も、
 つねに周囲を気にして、そわそわしていますが、
 それは、どうしてなんでしょうか?」






金色の鹿の王様


「わたしの毛色が、世にも珍しい
 黄金色をしているので、
 猟師に見つかると
 たちまち殺されてしまう。

 
 私は、そのことが怖いのです。
 だから、絶えず周囲を警戒しているのです。」




カラスは、鹿の王様にもそんな心配ごとがあるのかと、
大変驚き、また気の毒に思いました。



その後、カラスは、昼は私が高い樹の上から監視して、
危険があったら、お知らせする代わりに、
夜は、ミミズクに襲われないで眠れるように、
鹿の王様が、私を守ってください。



互いに危険を防止しましょう。
と言って来たので、
鹿の王様も、「それはいい思いつきだ。」
と、賛成してくれました。



こうして、鹿の王様とカラスの互いを守る
約束が成立したのでございます。



しばらく月日の流れた、ある日のことでございます。
この山野の近くには、大きな河が流れていました。
河のほとりで、ふたりの男がケンカをしていました。




力の弱い男はケンカに負けると、
両手両足を縛られ、
河の中に投げ込まれてしまいました。




”ザッバ~~~ン!”




大きな河は、激流なので、
どんどん押し流れて行きます。
このままだと、溺死してしまいます。



男は、あらん限りの声で助けを求めました。




「助けてくれ!誰か助けてくれ!
 だれでもよい、助けてくれた者には、
 恩返しとして、私が下男となって仕えるから、
 どうか、どうか私を助けてくれーーー!」



この様子を、配下の鹿と見ていた鹿の王様は、
慈悲の心が湧き上がり、急流に身を投じて、
溺死寸前の見知らぬ男を救出しようとしていました。




―― その時、高い樹の上からカラスが
急に飛び立ってくると、
鹿の王様に忠告しました。



カラス


「鹿の王様、この男は
 恩知らずだから、
 助けないほうがいいですよ。

 
 
 助けたとしても、
 後日、必ずあなた様に、
 恩を仇で返すことをしますよ・・・」




鹿の王様は、カラスの忠告に耳を貸さず、
男を救出して連れ帰ります。
そして、男が命を吹き返すよう、
懸命に介抱したのでありました。



ようやく息を吹き返した男は、
鹿の王様を見ると、




「あなたは、私の命の恩人です。
 お約束通り ――
 生涯、あなた様の下男となって、
 恩返しをさせていただきます。」




鹿の王は、これに対し首を左右に振ります。
そんなことはしなくていいので、
あなたは、「金色の鹿を見た!」と言わないで欲しい。
猟師に知れると、私は、たちまち殺されてしまう。



もし、あなたが恩返しだとか、恩義だとかを思うなら、
「どうか、この1つだけ約束して欲しい」と ――





「そりゃもう、もちろんお約束いたします。
 たとえ、この首が飛ぶようなことがあっても、
 あなたを見たとは、絶対に言いません!」

 




―― さて、この日からずっと後のことです。



妃の月光が、不思議な夢を見ます。
黄金色の鹿の王が玉座にいて、
国王や家臣の前で、仏の教えを説いている・・・

そんな夢を見ました。



翌朝、朝食の時に、
月光は国王に、この不思議な夢の話をします。
それは正夢に違いないと、国王は言いました。



しかし、鹿の王が、わが玉座にあって、
私や家臣の前で、仏の教えを説いてるとは?
国王は、そのことがとても気になりました。




月光は、世にも珍しい金色の鹿の王を
見てみたいと思い、国王に、
「私が捕らえて見せます」と言うのでした。



国王としても、愛する月光がそう言うので、
国中の猟師を宮殿に集めて、
「金色の鹿の王を見たことがあるか」と聞くと、
誰ひとりとして、見た者はいませんでした。



そこで、国中におふれを出します ――



”金色の鹿の王を見たことがある者は、
すみやかに申し出よ。
さすれば、褒美として500の村落を与える”



国中に伝わっていたので、
当然、あの日、鹿の王様に助けられた男も、
このことを知ります。



男は、その日の食べる物にも困る生活を送っていました。
命を救われ、約束までしたのに、
鹿の王様を裏切ることはできない ――



最初はそう思って、鹿の王様の恩義に報いるつもりでいた男でしたが、
人間というのは、実に弱いものです。
悪いことだと知りつつも、いろいろと悩みましたが、
恩義に苦しむよりは、褒美を得て、贅沢をしたほうがいいと決断しました。




結局、国王の所に行きますと、
金色の鹿の王様のいる場所のことを話してしまいます。
そればかりか、自ら先頭に立ち、その場所へと軍隊を案内しました。




”神の軍勢”と呼ばれるほどの巨大な軍隊が、
金色の鹿の王様のいる山野に侵攻しました。




カラスは、高い樹の上から
この巨大な軍隊を発見しましたが、
金色の鹿の王様に、危険が及ぶとは思わず、
そのまま警告に行かずにいました。




金色の鹿の王様と、その配下たちは、
大勢の軍隊に囲まれてしまいます。




鹿の王様


「私が逃げ去れば、配下の鹿たちが
 大勢殺されてしまう。

 
 それならばいっそ、私が投降して、
 配下の鹿たちの命を救おう。」




そこで、国王の前に
金色の鹿の王が歩み出ます。



この時、あの男が、
「あれが、金色の鹿の王です。」
と、指差した時です ――




”ボトッ!”




なんと、その時、
不思議なことに
男の両手が、ぽろりと
地に落ちてしまったのです。




国王

「お前の両手が急に地に落ちた。
 これは、一体どういうことだ?」




国王は男に問うと、
男は「わっ」と、急に泣き出して、
今までのことを話し出しました。




目の前にいる金色の鹿の王様に、
命を助けてもらったことや、
誰にも居場所を言わないと約束したことなど。
そして、そのすべてを、国王に話しました。




国王は、この男に厳しい罰を与えることを言い渡しました。
そして、金色の鹿の王様のそばに行くと、
目の前の鹿の王様が、大菩薩の化身であり、大変慈悲深く、
広大な知恵を備えた、尊い存在であると気づき、

家臣たちに向かって、こう言ったのであります。




国王

「多くの鹿や、この鹿の王様に危害を加えてはならぬ。
 お前たちは、すみやかに道路に浄水を注ぎ、
 もろもろの妙(たえ)なる名香を焚(た)いて、
 鹿の王様のために、盛大な大徳会(だいとくえ)の準備をせよ!

 
 わしは、鹿の王様とともに王宮へ帰る。」




やがて、王宮に戻ると、
自らの王座に鹿の王様をつかせ、
王と王妃、後宮の女官、王子や百官たちは、
そのまわりに集まった。



この時、鹿の王様は、
妙(たえ)なる救法を説法した。
演説のあと、教えを聞き終わった多くの人は、
さらに、鹿の王様に願って、




仏教徒が守るべき五つの基本的な戒律


「五戒(ごかい)」を授かりました。



・不殺生(ふせっしょう):生き物を殺さないこと。

・不偸盗(ふちゅうとう):盗みをしないこと。

・不邪淫(ふじゃいん):不道徳な性行為をしないこと。

・不妄語(ふもうご):嘘をつかないこと。

・不飲酒(ふおんじゅ):酒を飲まないこと。(在家信者の場合)




この5つをもって、「五戒」と言います ――




国王は、この崇高な光景を見て、
以下のように言いました。



国王


「私の領土内の山野原林は、
 ことごとく、あなた様に施しましょう!

 

 私は今後、殺生を断ち、
 また国民にも、遊びでの猟を禁じます。


 一切の生類が、なんら心に恐れなく、
 住まいに安心して住めることを、
 私は心から祈ってやみません!」




国王の殊勝な申し出を、
鹿の王様は、喜んで聞き入れたのであった。



なお、この時の、金色の鹿の王様こそは、
偉大なるブッダ(お釈迦様)であり、



恩知らずな男こそが、
ダイバダッタ、その人である ――






・ダイバダッタ(提婆達多)とは?



読み方: だいばだった(提婆達多:だいばだった)



人物
:ダイバダッタは、お釈迦様のいとこであり、
          弟子の一人でもありました。



役割(説話における意味)


彼は強い嫉妬心と野心を持ち、たびたびブッダの命を狙ったり、
教団を分裂させようと企んだりした人物
として知られています。
仏教説話では、ブッダの修行や徳の深さを試すための障害
あるいは悪(煩悩)の象徴として登場します




「恩知らずの男」は、前世においても現世においても、
ブッダを苦しめる役割を負ったダイバダッタが
生まれ変わった姿
として描かれています。




以上、これにて、ねこま先生の辻説法
第1回『金色の鹿の王』。
大団円となりましたところで、
拙僧の辻説法も終わりとなります。



さて、いかがじゃったかな。
この説話を聞いてみて、
それぞれ、感じて学ぶことがあったのでは
なかろうかと思うが ――




「慈悲は、怒りよりも強し」と申しての。




鹿の王様は、裏切られたにもかかわらず、
決して怒りを起こさなかった。



罰することもなく、責めることをもやめ、
ただ静かにその男の業(ごう)を見つめていた
それこそが、御仏の教えの根幹たる「慈悲(じひ)」というものなのじゃ。



怒りは一瞬、慈悲は永遠。真に強い者とは、
怒りを超えて、許しを選べる者のことじゃ。



争いの火を消すのは、火ではなく、水。
その水こそが、我ら人間を救う「慈悲の心」なのですぞ。





―― 「許す」ということについてじゃが。
これは拙僧が、ある徳の高い方から学んだことなのじゃが。



「他人を許す」ということは出来ていても、
意外と、「自分を許す」ということが出来てない人が多い。



他人を許すのも大事じゃが、
まずは、自分自身を許してあげて欲しいのじゃ。



内観が外観を創ると、
難しい言葉で申しますが、



外の世界は、すべて、アナタの内なる世界が
創っていると、拙僧は教わりました。



どんな時の自分も許してあげてください。
そして、どんな時も自分を愛してください。




そうすれば、アナタの外の世界は、
自然と、「許し」と「愛」の世界に変わるであろう。



声に出してもよかろう。
「私は、どんな時の私も、許します。愛します。」




まあ、偉そうに語っておるが、
全部、受け売りなんじゃけどな。
カッカッカッ ――



それともうひとつ。




今回は、「恩義」についての説話じゃったな。
あの男は、恩返しをせず、「恩知らず」であった。




「恩義」は、大切にせねばならんし、
受けた恩は返すのが、人の道というものじゃが ――




時には、「恩義」に縛られることによって、
恩を返さねばならぬと思ってしまい、
わが身が不幸になることもあろう ――



この説話の男のように、
欲に囚(とら)われて、
恩義を捨てるのは別として、



相手に受けた「恩義」に縛られることによって、
わが身が不幸になる時は、
遠慮なく恩義を捨てた方がいい場合があるのじゃ。



あくまで、考え方のひとつではあるが、
その「恩義」に縛られることによって、
それが恩を受けた相手のためになるであろうか?




そう考えた時に、
明らかに相手のためにならない場合は、
そんな恩義は捨ててしまうのが賢明、
というものじゃよ。




例えばじゃ、相手が悪いことをして、
他人様に迷惑をかけているのに、

「恩義」があるからといって、
相手を助けたり、味方をするのは、
どうであろうか?答えはいわんぞ。




もし、本当にそういった相手に
「恩義」を感じているというのならだ、
相手に間違っている道を進んでいると
教えてあげて、正しき道に導くのが、
本当の恩返しでは、なかろうかと拙僧は思うが、

アナタは、いかが思うかな?




いやはや、エロ坊主が、
少し生意気すぎたかの。🤣🤣🤣
この場に集まっておられる
善男善女の中で、
「恩義」で苦しんでいる者があれば、
考えのひとつとして、参考になればと思うのじゃ。




拙僧の話が、救いになった暁(あかつき)には、
ぜひ、チップでお布施して欲しいのじゃ。
物欲と色欲にまみれた、エロ坊主じゃからな。😘




また、note村に立ち寄ることがあったら、
拙僧の辻説法を開くから、
その時は聞きに来るがよかろう。




―― さらばじゃ!








『黄金色の鹿王』 E N D









※ このお話は、アインブックス、野村耀昌(編集)、
  『仏教説話百選 失われたロマンのエンタテイメント(1972)』 
  241ページから、245ページの「黄金色の鹿王」より、
  引用と参考にさせていただきました。感謝。










note友の「ワンモア@航空エッセイ」さんが、
この作品のご感想を書いてくださいました。
感想の域を越えまして、とても素晴らしい記事になっております。








『最後の食事』は、ワンモアさんの書かれた記事、
『ブッダの最後の食事』と対になるかたちで、
ふたつの記事で、ひとつの作品として完成しました。
ここに改めて、ワンモアさんに心から感謝いたします。




自分の書いた記事で、
誰かの心の灯台に明かりを灯す。
さらに、記事まで書いてくれる ――
これほど、書き手冥利に尽きることはありません。



ワンモアさん、ありがとうございました!🐯








※冒頭の「夕暮れ夫人」と、『数名の男女』について




「夕暮れ夫人」って、私のこと?
と思ったら、そうです。



『数名の男女』って、オレのこと?私のこと?
と思ったらその通りです。




実は、冒頭のシーンだけ書いてから夕飯を食べて、
その後、法話のシーンを書いてたら、
物語に没頭しちゃうので、
例えだったのか、実在だったのか、
よく思い出せなくなっちゃいました。
😂




たぶん、例えだと思うんだけどね。
50歳を目前にしまして、
物忘れがひどくなってしまったので、
最近、人の名前も思い出せなくて困っております。
🤣




まあ、そういうことで、
コメント欄に、オレのこと?私のこと?って、
なんか思い当たる人が書かれても、
「そうじゃないんですか?😅」
としか、答えませんので、
無駄な時間になりますから、
最初から聞かないようにお願いいたします。




「夕暮れ夫人」じゃないかと思った貴女は、
元気を出して、また記事を書かれてくださいね。




『数名の男女』だと思った、貴男と貴女は、
思い当たるところが、ございましたら、
他の人に、優しい言葉をかけてあげてください。




ひとりの人のコメント欄に、
意図しなくても、
大勢で押しかけないよう注意してください。




たとえ、誰かのための、
「正義」の想いでやってたとしても、
「正義」なんてさ、違う角度から見れば、
「悪」なんだから、「正義」も「悪」も、
簡単にひっくり返るから、やめような。



仮にだよ、
みんなで押しかけて無理やり、
その人の意見が変わったとして、
それで、本当に貴男と貴女は、うれしいかい?



それって、貴男と貴女が、
心底、嫌っていたことじゃなかったかな?



まあ、エラそうに言ったけど、
思い当たる人がいたら、
ちょっとでいいんだ。
優しい気持ちで、少し考えてくれないかな。頼むよな。




―― ちょっと話がそれますが、
見る専門の人は別だけど、
noteにおけるクリエーターが、
一番、恩や義理に感じるのは、
特定の個人じゃなくて、




―― やっぱり「読者」だと思うのね。




本もそうだと思うけど、
noteにおける記事ってさ、
苦労して書いて投稿して、
その時点では、未完成だと思うのよ。




顔も知らない、会ったこともない「読者」が
読んでくれて、初めて、ひとつの作品として
完成すると思うんだよね。




だってそうでしょ?
10人、20人、100人、200人とか、
全然知らない人が、
自分の書いた作品を読んでくれるんだよ。
慣れて来ると当たり前に感じるかもしれないけど、
ここは、絶対慣れちゃダメだと思うのよ。




それに、noteって、
充実したコメント欄だとさ、
コメント欄だけで、ひとつの作品なのよ。



だから、他人の悪口ばっかりや、
世間話であふれるのは、
否定はしないけど、
もったいないなと思います。



コメント書くときは、
特に、私は気を付けてるんだけど。
一生懸命書いてくれた方の、
言葉の庭にお邪魔するわけだからさ、



これが、この方が書いた作品の
一部だと思って、
特に気を付けて書いています。



1回だけ、「ここをこんな感じにしたら・・・」
みたいなの書いちゃってさ、
時間が経って見直したら、自分に嫌悪しちゃって、
すぐに書き直したんだけど、




記事の感想だから、
評論家になっちゃダメだと思うんだよな。

「ああしたら。」「こうして欲しい。」とか、
相手の方が持っている色を、
自分の色に染めちゃうわけだからさ。

―― 相手から求められれば別な話ですけどね。




私も、善意で言ってくれたのですが、
その人の色に染まろうと思ったら、
何も書けなくて、辞める手前までいったのですが・・・
いろいろな方に救われて、こうしてまだ書いています。
改めて、助けていただいた方々に感謝いたします。




そうそう、だいぶ話がそれたけど、
やっぱり、読者に恩を返すには、
忙しくて、なかなか書けないとは思いますが、
時間かかっても、ひとつでも何か書いて、
また読んでもらうことじゃないかなと思います。




ちょっと、お説教臭かったよな。(笑)
華麗な香りと、お説教臭さと、
もうすぐ、50歳になりますから、
みなさんに、色々な香りをお届けしたいと思います。😂




ということで、忘れてしまったので、
まあひとつ、よろしくお願いしますね。
😘




片付けをしていたら、
偶然、何十年も前に買った
仏教説話の本が出て来たものですから、
これも仏縁と思って、
また書いてみようと思いますので、
よかったら、またお読みくだされば幸いです。



100話あるんだけど、
偶然、目に入ったのが、
『黄金色の鹿王』で、
鹿に惹(ひ)かれたのもあるけど、



読み終わったら、
「恩義」の話だったのですが、noteで、
「恩義のことで苦しみ悩んでる人に
書いて届けなさい」
という、
お釈迦様の導きだったのかなと思います。



「恩義」で苦しんで、悩んでるアナタに、
何らかのお役に立てたなら、
書き手として、これ以上の喜びはありません。




じゃあ、仕事に学校に、
ご家庭のことなどで、
毎日、お忙しいと思いますが、
寒くなりましたので、
お体とお心と、どうか大切になさってくださいね。




最後までお読みくださり
ありがとうございました。



それでは、
次回作で、またお会いしましょう!




―― さようなら🐯





※実は、昨日投稿しようと思って、
 午後3時くらいから、書き始めたのですが、
 あとがきから書き始めたので、
 夕飯とあるのは、昨日の話です。

 
 
 深夜1時まで頑張りましたが、
 結局、本編は完成したのですが、
 どうも納得がいかなかったので、
 投稿を見送ることにしました。

 
 
 
 本日の夕食後から、改めて加筆修正したところ、
 誤字を多く見つけたり、違う表現を考えついたり、
 今日になって書き直した部分の方がよかったりで、
 慌てて、昨日、投稿しなくて良かったなと思います。😂






E N D





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