ケアと共感のビジネスモデル〜共生社会の新経済圏〜(前編)|オリンピア2025
馬場 拓也 近内 悠太 依田 真美 小山 龍介
※2025年3月15日に開催したビジネスモデルオリンピア 2025ケアと共感のビジネスモデル〜共生社会の新経済圏〜(一般社団法人ビジネスモデルイノベーション協会主催)での講演録です。
馬場拓也さんの講演、近内悠太さんの講演に続き、このパネルディスカッションが行われました。
小山龍介(以下、小山) みなさん、講演ありがとうございました。馬場さんの講演では、具体的な場面や写真を見せていただいて、とくに個人名が出てくると……
馬場拓也(以下、馬場) マサエさん、とか
小山 はい。知らない人なんですけど、なんか昔から知っていたかのような懐かしさを感じたりしてました。「ケイタくん、いまごろどうなのかな」とか、その後の成長も気になったりしてます。
そんな馬場さんの講演を聞きながら、私たち自体の身体がケアのモードに入ったような感じもしています。講演の後も、会場にお越しいただいたみなさん同士の話も盛り上がっていましたね。なんていうんでしょうか、なにか、ケアに開かれているような雰囲気になりました。馬場さん自身のあり方も、講演自体も私たちをケアしていただいているような印象を受けました。
さて、ここからはパネルディスカッションです。よろしくお願いします。
ボタンを締めた以外に変わったことは?
小山 まず馬場さん。アパレル時代のあの写真はかなり衝撃的でした(笑)。[編集注:馬場さんの講演記事参照]近内さんの講演にも「自己変容」というキーワードがありましたが、私は、あの写真を見て、変わったのは服装だけじゃないんじゃないかと思ったんです。馬場さん自身もかなりなにかが変容して、服装、雰囲気が変わっていったんじゃないかなという印象を持ったんですが、 馬場さんご自身は、この一連の経緯のなかでどんなふうに変わったと思われますか?
馬場 なんでしょうね。中身はそんなに変わってないんですよ。って言っても、あの写真見るとちょっと説得力がないですよね(笑)。そうですね。僕は昔から求められているものになろうとするところはあるような気がします。この歳になって気づいたんですけど。たとえばキャプテンになったらキャプテンの振る舞いをしようと思うし、副キャプテンだったらキャプテンを支える2列目での最善を模索しようとしたり。
あ、ひとつ変わったことがあります。世界的なブランド、名刺を渡したら、アメリカでもヨーロッパでも「おぉ」と言われる会社に属していて、だから視野が広いような、グローバルな感じがするかと思います。だけど、いまやってることはすごくローカルなことです。でも、いまのほうが逆に視野が広がってきた気がします。個人の私と、愛川町の社会福祉法人の馬場拓也は、あの写真の頃より、ずっと視野が広がった。 縦軸にも横軸にも、四角形が大きくなってったっていう感覚があります。
小山 さきほどおっしゃってた、べらんめえ口調で話されるヤナセさんとか、いろんな入居者の方とのやり取りを通して、器が大きくなっていったということでしょうかね。
馬場 器はちょっとわかりませんけど、リフレクションっていうんですかね、自分を振り返っていく作業が34歳からはすごく増えたような気がします。前ばっかり見ていた20代30代のときと違って。振り返ると言っても、この近日ではなくて、20年前とか、幼少期を振り返ることが増えました。
さきほど、1992年の神奈川新聞をお見せしましたが、あれは僕が16歳のときの新聞なんです。幼少期の頃から8年間在宅介護をしていた家で育ってるっていうことを、20代の頃は、たぶん一秒たりとも考えたことがなかった。 高次機能障害を抱えた祖母と住んでたんですけど、そんなことをすっかり忘れて走ってたんですよね、20代、30代の頃って。
あの新聞を見たときに、「そっか、”幼い子供3人”って、俺らのことか」って思ったんですよね。そうだ、僕は障害のある人と一緒に暮らしてたんだ、と。それすらわからないで働いていたことに気づけたのが変化かもしれません。
小山 あの痛ましい相模原の事件を起こした人は、そこの職員だった人ですが、開かれていく変容が起こる場合と、ネガティブな変容があるとしたら、そのわかれ道はどこにあるんでしょうかね。
馬場 どうなんでしょう……。
小山 同じようにケアに携わってるはずなのに、なにが違ったんですかね。
馬場 同族嫌悪ってありますよね。類は友を呼ぶという言葉もありますが、自分と似た人と友だちになるとか、でも、必ずしもそうではないときもあって、自分と似てるから嫌だ、みたいなこともありますよね。たとえば夫婦関係も、自分を見てるようで嫌になる、とか。なにかそういうものが、プラスに働いたりマイナスに働いたりすることがあるのかもしれないですね。
あの事件に関して言えば、7月26日に事件が起きて3日後に献花に行ったときに、やっぱりちょっと異様な施設に見えたんですよ。 重厚な壁の前に山になってる献花があって、報道陣がたくさんいて、僕もインタビューされた。生まれて初めてドラマで見るような状況に自分が身を置いたときに、やっぱり、その壁の向こう側にある津久野やまゆり園という施設が、なにか暗黒の要塞のように見えたんです。この僕の感覚、メタ認知みたいなものをどうやってこれからの事業に反映させていこうか、って、やまゆり園の献花台の前で腕を組みながらすごく神妙になってました。
小山 馬場さんが壁を壊したことは象徴的でもあり、物理的にもものすごく影響がありましたよね。幼稚園児が通るところが見える。子どもたちもこっちを見ている。そういう眼差しがすごく良い作用を生んだんだろうなって感じました。
ケアの話を、ケアする人とされる側の一対一の対応で見ていると、そこだけでいいことが起こるか悪いことが起こるか予測がつかない。そこにどんな人が眼差しを投げかけるかによって、好循環が生まれてくるような構図を感じました。

ケアは贈与になりうる賭けである
小山 ところで、近内さんはこんなふうに利他とケアを定義されています。
ケア:その他者が「大切にしているもの」を、共に大切にする営為全体のことである。
利他:自分の大切にしているものよりも、相手の大切にしているものの方を優先する行為である。
馬場さんのお話に出てきた、マサエさんとケイタくんのエピソードについてお尋ねしたいと思います。保育士さんがしていたのは、まさにケアだと思うんですが、マサエさんがかけた言葉は、ケアの文脈からちょっと外れるような気もするんです。 近内さんはどう思われますか? マサエさんの関わりはケアだったのか、ケアじゃなかったのか。またケアだったとしたら、ケアの定義をどう解釈すればいいでしょうか。
近内悠太(以下、近内) 哲学者ふうにずるい言い方をすると、ケイタくんが大人になったときにケアになる可能性はあると思います。
小山 なるほど。
近内 無自覚にいまの意味、いまなにが受け取れるかと考えがちですが、「高校のときの、あの先生っていま考えるとすごいいい先生だったな」って思うことありますよね? いま、そう思うことによって、その先生が過去のあのときにも良い先生だったことになるわけです。 さきほど馬場さんと雑談してたんですけど、教育はケアとしてちょっとむずかしいところがあって、教育は導かなきゃいけない部分もあるわけですよね。 さすがにそれはやっちゃだめとか、こうじゃないといけないよと導く、つまり介入をする必要がある。同時に、その子の命が花開くことを支援する。導きながらも、邪魔をしない。邪魔してるように見えるけど邪魔をしない。
ケイタくんが、あとになって「こういうおばあちゃんいたよね」って思い出すときに、「いいおばあちゃんだったよね」っていう物語を獲得する可能性はあると思うんだけど、あの時点ではあれがケアかどうか……。第三者的に見たらケアじゃない……のかなぁ。
小山 傷つく可能性もありますよね。
近内 泣いちゃう子もいますよね。母子分離ってやっぱり恐怖が大きいように見えます。僕も自分が幼稚園の頃、怖いと思っていたのを覚えてます。強引に(幼稚園に)連れていかれて、置いていかれるんですもんね。
馬場 覚えてるんですね?
近内 覚えてます。
馬場、小山 ほほぅ……
近内 僕、2歳とか3歳くらいのころに、風邪をこじらせてよく入院してたんですよ。それで夜中にぱっと目が覚めると、周りは真っ暗でひとりぼっちで、「やられた!」と思うわけですよ。 それでナースコールして「ママがいない」って言うと、看護師さんが来て「ママはいないの!」って怒られた……。
僕は、村上春樹の作品が好きなんですけど、自分にとって大切なもの、人が、ある日突然姿を消すってモチーフが村上作品にあるんですよね。僕はさっきのエピソードを聞きながら、それを思い出してました。
小山 むしろそっちの側面から見ていた。
近内 そう考えるとたしかに、「ママと一緒にいたいよね」って言われたほうがよかったかもしれない。だけど、人は変化して成長していきます。 だからいつか振り返ったときに、そういえば甘えてるのはいけないって小さいころに言われてたよなって思い出したら、その子にとって大切なケアであり、まさに贈り物、贈与に変わる。ときがたって徐々に確定していくものを信頼するのがケアな気がしますね。 つまりこのルールに則ってればケア、そうでなければケアじゃないっていう明確なラインはきっとないと思います。
だから、賭けですよね。 ケアになると思ってやったんだけども大失敗っていうこともあると思います。でもビジネスもそうじゃないですか。絶対うまくいくんだったらやる意味なくないですか? おもしろくないですよね。イノベーションでもないし。
馬場さんのアパレル時代の写真、あれはいちばんふざけている写真を持ってきただけなんじゃないかと思っているんです。数ある写真のなかからあの一枚を選ぶその遊び心が、馬場さんの変わってないところじゃないですかね。
馬場 なるほど。
近内 馬場さんのポイントって、その遊び心とデザインじゃないですか? それによってなにかよきものをつくる。あの場のつくり方もそうだしあの写真の雰囲気も。目のところに黒い目隠しをいれるのもデザインですよね。お話聴きながら、僕はそこにヒントがあるように思っていました。
小山 「遊び心」と、近内さんがおっしゃった「勇気」「挑戦」はちょっと似ているような気がしますね。
近内 遊んでるうちにチャレンジできちゃうんじゃないですかね。楽しいから。
”見られている”環境がもたらす作用
小山 さきほど馬場さんが「暗黒の要塞」みたいに見えたとおっしゃいましたが、そういうところで、遊び心が生まれるのか、挑戦できるのかっていうと、おそらくむずかしいだろうと思いますよね。管理されていて、マニュアル通りにしなきゃいけない。ビジネスの世界ではよくあることです。でも、馬場さんはそうじゃなくチャレンジできる環境を、たぶん職員の方にもつくっているんだと思うんですね。
でもそれは単に「開かれた」だけだと、なにが起こるかわからない。なんでもやっていいよって闇雲になんでもやってしまうと、当然問題も起こるかもしれない。本人が良かれと思ってやっていることも、周りがそう思わないということもあるかもしれない。
僕は、馬場さんが壁を壊したことで、第三者の審判が得られたんじゃないかと思ったんです。だれかに見られてるなかで、見ている人の感性で、その行為が正しいかどうか、たしかにいまは決定できないんだけども、他者が見ても正しいだろうなって思える行動をする。そういう仕掛けとして、壁を壊したことがすごく有効だったように思うんですね。 企業内論理でいいだろうと思っていたことが社会的に見たら大問題だったという、フジテレビの例もありますが、あれは壁があったからですよね。
壁を壊すことが、チャレンジや遊びをできる環境にし、また馬場さんは経営者として、それを許しても大丈夫な環境ができた、と思うんですけれど、いかがですか。
馬場 まさにそうだと思います。さきほどもお話しした、エンゼルケア。僕が最初に愛川町に戻ったときに思ったのが「こんなにすごいことが行われていることを俺はなんで知らなかったんだろう」ってすごくショックだったんです。息子でありながら知らない。ということは、社会の人は知らないに決まってると、そこで確信したんです。
うちの職員、何十年とずっとうちの親父とおふくろのことを支えてくれて、ここの文化形成してきた人たちが浮かばれないなって思ったんですよ。 入居者の家族からは感謝の言葉をかけられるけど、社会からはどうなんだ、と。
この間大学で話したときに、ある学生に「なんで福祉学部に入ったの」と聞いたら、高校のときに「将来福祉の職場、介護の仕事をやろうと思ってる」と先生に言ったら、先生が「そうだな、お前は馬鹿だから介護ぐらいがちょうどいいだろう」って言われたって言うんですよ。 勉強ができないから介護の仕事ぐらいだろうって、その”ぐらい”っていう見立てがついちゃってる。だけど実際のところは、僕が表参道では得られなかった、ものすごい縦軸とすごい深化がある現場があったんですよ。
ガラス張りにして見せることはできなくても、既存の施設でも壁が取れれば庭先で認知症のおばあちゃんと介護士が一定時間過ごしてたりする風景を見せることができる。相互作用で働いてる人たちもきっと変わるだろうなって思えたし、それは、たぶん僕がその前に見られてる仕事をしてたからだと思います。
ケアする人もケアされる
馬場 前の職場は、表参道の真ん中ぐらいにありました。みんな、シュッとして仕事しているわけですよ。入社一年目の男の子も女の子も、一年、二年たつうちに、だんだんだんだんシュッとしてくるんですよね。 それは、化粧もしないでだれとも会わない生活から、「あの子たちが今日も来るかもしれねな」って、鏡見て、髪とかして、化粧するマサエさんと同じです。僕らも同じです。福祉事業はケアなんだけど「見られる」っていう環境をつくことによって、人は自分のことを律する(って言ったら固いかもしれないけど)、自分を正していったり背筋が伸びたり、気持ちよかったりするものに変わるだろうという期待を込めたものだったんです。
小山 ケアする人をどうケアするかといえば近内さんがおっしゃったように、コミュニティからケアされる瞬間があるってことですね。
馬場 そうです。 人には人が必要だっていう思える瞬間は、みなさんにもあると思うんですよ。他者がいて、ちょっとした話をしたり、その人と目が合って、挨拶が交わせたり、超月並みなんだけど、だけどその行為を分析すると、ケアの要素がけっこう含まれてて、それが栄養になっていく。そういう循環があるんだろうなと。
近内 馬場さん、アパレルのときは店舗でお仕事されてたんですか。
馬場 そうです。
近内 いまお話聴きながら、アフォーダンスっていう概念を思っていました。アフォーダンスって、ある環境下でそういう行動をとってしまう、ということなんですが、たとえば、道の真ん中に線が引いてあって、矢印が書かれていると、その矢印どおりに通りたくなる。駅などにもありますよね。まさに環境が人を動かす。アパレルで店舗にいるときにも、それが起こったんじゃないかな。服装によって雰囲気も変わりますし、ましてや高級なアパレルだと、それを着ることによってその服にふさわしいオーラが出てきたり。ジャケット着た瞬間にその人が違って見えるというか、その人が違うものを感じてるだろうなっていうのが伝わってくる。
服ってすごいんですよね。だから、学校には制服があるし、戦争のときもみんな同じ格好しているじゃないですか。逆に言うと、僕らのアイデンティティってそれぐらい簡単に変わるし、行動パターンも簡単に変わる。馬場さんは、それを店舗で目の当たりにした経験があるから、環境が変われば人は変わるということをリアルに信じられるんじゃないですかね。信じるというよりも、「そういうもんだ」と思ってるくらいじゃないですか。
馬場 なるほど。たしかに、そう言われるとそうなのかなと思います。
依田真美(以下、依田) 同時に、馬場さんの手がける場所が、本当にすばらしいんですよ。 それもいまのお話と関係がありそうですよね。
馬場 そうですね。場所も同じような感じもしてます。近内さんの言う通り、僕はアフォーダンスをめちゃくちゃ意識してます。たとえばいま座っている椅子の高さも、これがハイチェアだったら僕らの振る舞いは変わりますよね。
近内 ですよね。足がつくかつかないかでぜんぜん違う。
馬場 もし、この椅子がリクライニングだったら僕らはのけぞってちょっと偉そうに見える。 肘掛けがここにあったら、僕はこうやって(肘をついて)話し始める。 そのときにみなさんが抱く馬場拓也の印象は変わるじゃないですか。 メタ認知として、受信者が発信者をどういうふうに感じるのかをすごく意識しています。
僕らでいう主観は介護側、福祉側で、客観を地域側にあるとしたときに、地域から見える福祉を変容させていこうとすると、やっぱり自分たちがどう見えるのか、どういう空間環境のなかに、言ってみればどんな舞台の上にいるのかが重要なんですよね。
セブン‐イレブンのお弁当もめちゃくちゃうまいですよね。 だけど、あれを白いきれいなプレートの上に載せ替えたら、またぜんぜん味わいが変わる。それも食材と器の関係性、アフォーダンスのような気もします。パスタなんかも盛りつけるときに、トングで捻ったりしますよね。大きな負担なくちょっとしたことでずいぶん変わります。
職員の考え方にパラダイムシフトが起こるには、ものすごく時間かかると思ったんですよ。 だけど、環境が変わることでみんなが躍動して見えるようになった。まさにそれはアパレルのときに感じてたことだった。というのをいま、近内さんに言われて気づきました。 近内さん、ごちそうさまです(笑)
近内 おそまつさまです(笑)。

近内 服って、僕らの身体にかなり介入するんですよね。無意識に背筋が伸びるとか。呪術的、魔術的なものを持ってるんだと思うんです。加えて、服でこれだけ変わるなら、環世界というか、建物全体を変えたら人は絶対変わるだろうって「信じてる」というより「知ってる」んだろうなと感じたんです。深く深く体感レベルで。だれかから習ったんじゃなくて。「人間ってそういうものなんだよ」って、20代のときに目の当たりにした人じゃないとあの雰囲気、オーラは出ない。これまでの馬場さんのキャリアがここでつながるのかな、と勝手な解釈を言いたくなってしまいました。
馬場 2回目ですけど、本当にごちそうさまです(笑)
近内 たんと召し上がれ(笑)
世間のまなざしが自己変容を生む
小山 いまの話を伺っていて、自分が新入社員の頃を思い出しました。東急エージェンシーという広告代理店に就職したんですが、新入社員研修の最終日、終わってからみんなで飲みに行くことになったんです。そしたらその研修を担当していた先輩が、「飲みに行った先で東急のバッジつけて変なことするなよ。ちゃんと外せよ」って冗談で言ったんですよ。だけど、われわれは真に受けて、店に入って、せーのでバッジ外したんですけど、それを同じ会社の人に見られていたという経験がありまして。「お前たちは研修でなに学んだんだ」と叱られたんですけど、それぐらい新入社員は世間知らずですよね。
あの痛ましい事件のことも、ある意味、職員が世間知らずだったから起こったのかもしれない。世間との接触がないと、人はいびつな行動を引き起こしてしまう。フジテレビの話もそうですよね。世間との接点、コミュニティによって、なにかしらの影響を受ける。とくにケアする人の自己変容に大きく影響があるんじゃないか、っていう感じがするんですね。世間がないなかでケアしても変容は起こらないんだけど、なぜか世間に囲まれているなかでケアをすると、そこにいい自己変容が起こっている。馬場さんがまず壁を壊したのは、実は世間を取り入れることによって、ケアの自己変容力を高めた、と私は受け取っています。
そこで、近内さんに伺いたいんですが、私の印象として、近内さんの本では、コミュニティとか公共におけるケアという観点より、どちらかというと一対一の贈与関係がクローズアップされてたように思うんですけれども、いま話していた構造が利他、ケア、傷には関係するんでしょうか?
近内 いまのお話は、内側か外側かという話だと思っています。馬場さんがやられてることもそうだけど、世間がちょっと広がる、この運動が起こる瞬間に僕は興味がある。つまり、内側がルール、その外側はルール違反だからやったらだめです、としたときに、「この人を救うためにはこのルールを広げなきゃいけない」って内側の枠を広げるその瞬間の運動、これが利他だと僕は思うんですよね。 内側と外側の境界線、やるべきこととやってはならないことの境界線が揺らぐ、動く。この瞬間が利他だし、僕らの生命、精神に大事だと思います。
それから少し前に、良き自己変容、悪しき自己変容がある、という話がありましたが、僕はないと思うんですよ。 悪しき自己変容というより、どんどん先鋭化していって固定化していく、こうでなければならない、これだけが正しいんだという思いがどんどん強くなっていく。これって悪しきニュアンスがありますよね。やまゆり園の被告も、たぶんどんどん先鋭化してしまっていったんですよ。 まさに壁のなかで、世界はこんな場所ばかりなんだって思い込みが強くなっていった。そうじゃない関わり方をしている家族もあるって思えなくなってくると、自分が正しい、これが正義であると、先鋭化していって、どんどん煮詰まっていく。 僕ら人間って、煮詰まってくとろくなことしないんですよ。
関係性の多様性が人を救う
近内 たとえば、毒親の問題は、核家族化して母親と父親と子供という関係性しかないから起きるんですよね。たしか文化人類学のレヴィ・ストロースが、未開の部族の人たちにはいいコミュニケーションがあるんだと言っています。父親が子どもに厳しい指導をするときは、おじさんが甥っ子、姪っ子を甘やかす。父親が子どもに甘いときには、おじさんが甥っ子、姪っ子に厳しくする、というような話を。つまりひとつの価値基準を押しつけないからだ、と。「お父さんはあぁ言ってるけど、俺はこれでいいと思うよ」みたいな横槍が入る関係性が問題を先鋭化させるのを防いできた。
毒親って最近よく言われますけど、昔からいたと思うんですよね。それが「なにかあったらうちに来なよ」って言ってくれるだれかがいて救われていたんだと思います。そういう横とか斜めの関係性があることによって、だいぶガス抜きというか解毒されたものがあると思うんです。それがひとつの家のなかで閉じていくうちにどんどん煮詰まっていってるんじゃないかと。人間って、煮詰まるとろくでもないことをしでかすんですよね。
小山 先鋭化するというのは、信念を強めているだけで、変容はしていない、ということですね。
近内 そうです。「やっぱり俺は悪くないんだ」「世間が悪い」みたいになっていってしまう。毒親もそうですよね。「あなたのためを思って」って自分で言ってるし本当にそう思えてきちゃって、「あなたのためを思って」ってめちゃくちゃ叩くとかね。それこそ自己欺瞞ですよね。
そういう毒親が「自分がしたことはこの子のためにならなかったかもしれない」と思うのはすごく苦しいことなんですよね。 「自分がやったことが間違いだったかもしれない」ってことに気づくことには痛みを伴うので、だから、認めないほうが楽なんです。自己変容ってそうとう痛みがあると思います。それこそ壁を壊すようなあれぐらいのフィジカルなエネルギーが、人間の心を破るときにも必要なんだと思うんですよね。
(後編につづく)
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