もう1冊、本を書きたい
今年の1月に、初めて文学フリマというものに参加した。出店者としても、来場者としても初。
ちょうどエッセイ集を出したいと思っていた時に、noteでへんいちさんが「へんいち文庫から本を出して、文学フリマに出店しませんか?」と呼びかけられていたのを見たのがきっかけだった。
文学フリマに間に合うように、AmazonのKDP(Kindleダイレクト・パブリッシング)を利用して完成させ、その後、書き下ろしを加えて編集し直したものを他の出版社からセルフ出版した。
おかげさまで、文学フリマでは持っていった30冊は完売できたし、セルフ出版のほうも多くの方に手に取っていただいている。
これは半年ごとに印税が入る。売上の50%の契約だ。ただ、元をとるよりもたくさんの人に手に取ってもらうことを目指して売値をつけたので、完売しても少し持ち出しとなる。それでもやはり、KDPより装丁や紙質のレベルは段違いに良いので、セルフ出版をしてよかったと思っている。
先日、へんいちさんから「来年、文学フリマをやるとしたら、出店しますか?」という内容のアンケートが届いた。へんいち文庫から出店した人皆さんへ尋ねているらしい。
数日後にはこんな記事も出た。
私は今年もまた、商業ライターとしての仕事だけではなく、アーティストライターとしての活動を何かしたいと思っている。
だから、またへんいちさんの協力を得て、本を作って文学フリマに出店したい気持ちはある。
KDPなら無料で本が作れるので、本当はどんどん作って売りたい!くらいの気持ちだ。
しかしながら、もうこれを書くのも嫌なのだが、とにかく「文章を書ける体調ではない」ということ。毎日を生きるだけでも大変なのに、じっくりパソコンに向かって文章を書くなんて、とてもとてもハードルが高すぎるのだ。
だから、これからここに書くのは夢みたいな話だ。もしできるなら、という話。
本当は、アーティストライターとしてやりたいことがいくつかある。
①エッセイ集第二弾のセルフ出版
『書く人の幸福論』の第二弾として、『がんの人の幸福論』を書きたいと思っている。
これを書くなら、今度は最初から出版社で自費出版する。第一弾と同じ出版社から出して装丁も揃えて「幸福論」シリーズにしたい。
ただ、入稿してから販売までものすごく時間がかかることがわかったので、今から書いたとしても半年では販売にまで至らないだろう。その場合は文学フリマ出店はあきらめて、第一弾のように普通にネット書店流通で販売する。
②文学フリマ用のエッセイ集
来年の文学フリマを目指し、今からエッセイ集を作る。完全書き下ろしで、KDPを利用。これはあくまでも「文学フリマ用」。
何かテーマは決めるけど、笑いあり涙ありの気軽に読めるものにしたい。エッセイ10本(3万字)くらいのボリュームなら、薄くてもなんとか本にはなるし、時間的にも完成させられるのではないかと思う。
③アンソロジー
これも完全に文学フリマ用で、KDPを利用。
いろんな作家さんが同じテーマで書いた短編小説やエッセイを集めたアンソロジー。あまり読むことはないが、自分で作ってみたら面白そうだなと前から思っていた。
アンソロジーなので、もちろん私以外の人にも寄稿してもらうことになる。書いてもらうのは、私がこのnoteのまちで出会ったたくさんのクリエイターさんの中でも、特に素敵な文章を書くと思っている数名。もう頭の中に5名リストはある。最終的に8名くらいは欲しいけど。
でも、こんなお願いを引き受けてもらえるかわからないし、いろいろと労力はかかりそうだ。自分が書くものは一本だけになるから、書く作業は少ないけど、原稿の受け取りや寄稿の料金はどうするかとか、売上の分け方とか、いろいろ決め事や事務的作業があって大変そう。(私が一番苦手なやつ〜!)
ただ、何かのテーマで、私と、私が好きなクリエイターさんたちが書いた作品が並ぶ1冊を想像すると、なんだかすごく素敵で、私自身がこのアンソロジーを読みたくて仕方がないのだ。
作家を募集したりはしない。私が読みたい、私が大好きな文章を書くクリエイターさんだけで編んだ1冊にしたいから。
これが一番「夢」かもしれないなぁ。自分が頑張ればいいわけじゃないから、現実的ではないかも。
なんにしろ、①か②はやりたい。いや、やらねばならぬ!と思っている。
②なら、またへんいち文庫のお世話になり、文学フリマにも出店したいと思う。全編書き下ろしなら、読みたいと思ってくれる人も何人かはいるだろうし。
でも、①も自分の使命のように感じている。私のがんサバイバーとしての生き方は、同じくがんで苦しんでいる人たちはもちろん、他の病気の方や、ご家族や友人ががんになったという方たちにとっても、何かしらお役に立てるのではないかと思うのだ。
せっかく(?)がんになったのだから、何かに生かしたい。自分がただ苦しんで終わりじゃあ、もったいない。病気になっても前向きに生きるヒントみたいなものを文章で伝えられたら、私がこの世に生まれて、がんになって、書く人になった意味もあるってもんだ。
こんなふうに考えているが、これを実行するのが今の自分には本当に難しくて。
たとえば、この記事(3000字弱)でも、布団に寝たままスマホで少しずつ書くことしかできない。しばらく文字を見ていると痛みが出てくるので、下書き保存して休み、またマシになってきたら続きを書き、というのを繰り返している。
5月からやる治療がなくなって、「打つ手なし」の状態に入ってから、やはり体調は悪くなる一方だ。
それでも、寝たきりの生活を送りたくないから、なんとか調整して、たまに取材に行ったり友達と会ったり、夫と旅をしたりする。
その様子をnoteに書いているから、「わりと元気なんや。よかった」と思われているようだが、実際には日常生活を送ることもままならない日がほとんどだ。文章を書くことがこんなに難しくなるとは思わなかった。
書きたい気持ちはある。すごく強い。それでも、その気持ちに応えられないほど、体調が足を引っ張る。
書きたい、書きたいと毎日思う。恋焦がれるように。
でも、しんどくて書けない。この程度の雑記でも大変なのに、本にするレベルのエッセイを書こうと思ったら、どれほどの体力と時間がかかることか。
だから、仕事の記事は1本書くだけでも気が遠くなるほどきつい。今は少し前のように「仕事を増やすかどうか」と悩むことはなくなった。今あるほんのわずかな仕事でさえ、やりあげることで精一杯だから。
7月には今後の治療方針が決まり、もし新しい治療を受けられることになれば、それはすごく嬉しいけど、また新たな副作用に苦しめられるかもしれないので、書けるようになるとは限らない。
新しい治療が受けられなければ、今のまま、少量のレンビマで進行していくのを抑え、新薬が使える日までなんとか粘って生きながらえるつもりだけど、本を書けるほどの体力が残っているのかわからない。
でも、やっぱり書きたいよ。
①か②を実現したい。
今書いていて思った。まだ気持ちが足りないんだ。もっと強く!もっともっと強くなろう!
まだ頑張れるはずだ。
昭和生まれのド根性で、なんとかもう1冊本を書いてやろう。
この夏が勝負だ。この夏に動けたら、実現できるかもしれない。
がんばれ、負けるな、私!
書け!!
