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読む統計#2 探せば「効く人」は必ず見つかる ― 多重性とサブグループ解析

「読む統計」は、臨床医・医学研究者のための、医療統計とデータサイエンスの連載。統計を「計算」する技術ではなく、「読み解く」力を鍛える。今回の#2では、「有意」がもっとも巧妙な形で立ち現れる場面――多重性とサブグループ解析を読み解く。

読了の目安:約7分/予備知識:不要




「ただし、この患者層では有効でした」

ある第III相試験の結果が発表される。主要評価項目は、全体では有意差なし。広大な会場の空気が、一気にしぼむ。

だが発表者はスライドを切り替えて、こう続けた。

「ただし、ベースラインで〇〇が高い患者に限れば、明確な有効性が見られました(p=0.02)」

今度は一変、会場がざわつく。「やはり、効く患者はいるのだ」と。

——だが、ここで問うべき質問が1つある。

さて、そのサブグループは、いくつ調べたうちの1つなのか。


要点

  • 検定を増やせば、偽陽性(まぐれの「有意」)はほぼ必然的に増える。多くの比較の末に得られた1つの「有意」は、それ単独ではほとんど臨床的に価値ある情報を持たない。

  • サブグループで見るべきは、各群の中のp値ではなく、効果がサブグループ間で本当に不均一かである。「一方で有意、他方で非有意」は、サブグループ間で効果が違う証拠にはならない。

  • 事後的なサブグループで結論は導かれず、仮説が生成されるだけである。信じる前に、事前指定・再現性・生物学的妥当性を確かめる。

  • 割付調整因子であるか、層別因子であるか――そのいずれによっても、サブグループ解析の信憑性の大小は決まらない。


1. 検定を増やすと、偶然の「有意」が湧いてくる

一回の検定には、本当は差がなくても「有意」と出てしまう確率が、およそ5%ある。

これは避けられない、検定という道具の宿命だ。有意水準をp<0.05と決めている以上、その原理上、必然的に生じる現象である。

問題は、その検定を何度もくり返したときに起きる。検定を繰り返すことを多重性という。

たとえば独立な検定を20回行えば、本当はどこにも差がなくても、平均して1回は「有意」が出る。少なくとも一つの「有意」が出る確率は、6割を超える。

色とりどりの飴を1色ずつ「この色は病気と関係あるか」と20回調べればどれか1つは必ず引っかかる、それと同様の原理である。

有名な例がある。心筋梗塞へのアスピリンを調べた大規模試験ISIS-2で、研究者たちはあえて患者を「12の星座」で分けてサブグループ解析を行い、その結果も主論文で公表した。

(Lancet 1988; 2: 349-60.)

すると、ふたご座とてんびん座の患者では、アスピリンの効果が「消えた」。もちろん、生まれ月の星座が薬の効き目を決めるはずがない。

研究者たちは、サブグループ解析がいかに簡単にまぐれの結果を生むかを、自らの試験のデータで示してみせたのである。

多くの比較の末に得られた1つの「有意」は、それ単独では、臨床的に頼れる情報をほとんど持たない。 だから冒頭の問い「いくつ調べたうちの1つか」が本質的に重要になる。

2. 「片方で有意、片方で非有意」は、不均一の証拠ではない

サブグループ解析で、最もよくある誤読がこれだ。

「あるサブグループ解析において患者層Aでは有意(p=0.02)、患者層Bでは非有意(p=0.20)、だからこの治療はAに効いてBには効かない」

一見もっともらしい。だが、これは明らかな誤読である。

AとBで「有意かどうか」が違っても、その違いは、単に両群のサンプルサイズ(検出力)が違うだけで説明できることが多い。人数の多い群では小さな効果でも有意になり、少ない群では同じ効果でも有意にならない。効果の大きさそのものは、ほとんど変わっていないかもしれない。

統計学では古くから、「有意」と「非有意」の差は、それ自体が有意とは限らない、と警告されてきた。片方に星印があり、もう片方にない。その対比だけでは、不均一である根拠には全くならない。

交互作用の検定という方法も、統計学や臨床試験の教科書ではしばしば紹介されているが、それ自体も多重性と検出力不足を免れず、決定打にはならない。

サブグループ解析の数を増やせば増やすほど、交互作用の検定によるp値の数も増える。多重性の本質的な解決法になりえない。

さらに言えば、「ある群では効き、別の群では害になる」という向きの逆転(質的交互作用)は、生物学的にはまれである。

そうした主張を見たときほど、より強い証拠を求めるべきだ。

3. 事後のサブグループは「結論」ではなく「仮説」である

では、目の前のサブグループ解析の結果を、どう重みづければよいのか。

まず大前提として、結果を見てから探し出したサブグループは、それがどれほど見栄えよくても、結論ではない。そこから生成されるのはせいぜい仮説だけである。

検証するには、その患者層を対象に、あらかじめ仮説を立てた別の専用の試験が必要になる。臨床試験の歴史上も、華々しく登場し、再現を試みた途端に消えていったサブグループの「シグナル」であふれている。

そのうえで、所見の信憑性は、いくつかの問いで重みづけられる。

効果修飾の仮説は、結果を見る前から立てられていたか。調べたサブグループは少数に絞られていたか。同じ所見は、他の試験でも再現するか。生物学的に筋が通り、その方向(どちらの群でより効くか)まで事前に予測されていたか。

これらを満たすほど所見は信用に値し、欠くほど疑ってよい。

冒頭の場面に戻ろう。「ベースラインで〇〇が高い患者では有効でした(p=0.02)」というスライドへの正しい反応は、「ではその患者に効くのだ」ではない。

「いくつ調べたのか」「不均一は統計的にも支持されるのか」「事前に決めていたのか」「他の類似試験でも同様の傾向が一貫しているか」「生物学的にも事前に説明できていたものか」

そして、たとえそのすべてのハードルを無事乗り越えたとしても、それはなお仮説である。サブグループ解析の結果が影響を与えてよいのは、次の研究の仮説とそれに対応したデザインであって、明日からの診療ではない。

4. 「割付調整因子かどうか」は、信憑性を決めない

最後に、多くの人が逆に覚えている点を一つ。ここがいちばん大事かもしれない。

ランダム化のとき、特定の因子(たとえば施設や病期)で層別して割り付けることがある。層別割付、その因子は割付調整因子と呼ばれる。これを根拠に、「割付調整に使った因子で分けたサブグループ解析なら信頼できる」「層別割付に使った因子だから、その所見は確かだ」と考える人は少なくない。これは明らかに誤った読み解き方である。

割付調整因子であること自体は、サブグループ所見の信憑性を、大きくも小さくもしない。

理由はこうだ。層別割付がしてくれるのは、その因子について両群のバランスを整え、それにより検出力をいくらか上げ、信頼区間をしばしば僅かに狭くすることだけである。

それは「効果がその因子で変わる(不均一である)」という主張を、何ら強く裏付けるものにはならない。

しかもランダム化された試験では、ベースラインの属性で定義したサブグループの中であれば、その因子を実際に割付調整因子に使ったかどうかに関係なく、群間比較はランダム化の恩恵をそのまま受ける。割付調整因子であるかによらず、両群にランダムに割り付けられる。

つまり「割付調整因子だから比較が妥当になる」のではなく、ベースラインで定義したサブグループなら、割付調整因子であるかに依らずに、もともと同様の水準で妥当なのだ。

なお、割り付けでバランスを取る方法は層別割付だけではなく、最小化法のように層別によらない方法も広く用いられる。つまり、最小化法を用いた場合は層別割付を行っておらず、そもそも層別因子ではない。本稿で「層別因子」ではなく、より広い「割付調整因子」という言葉を使っているのは、その両方を含めるためである。

そして、サブグループ所見の信憑性を本当に左右するのは、前の節までに見たものである。不均一が統計学的にも裏付けられるか。効果修飾の仮説を事前に立てていたか。調べたサブグループ解析の数が少数か。別の試験でも再現するか。生物学的に筋が通るか。割付調整因子であることは、このどれ1つも保証しない。

だから、「この因子は層別割付に使われていたから、サブグループ結果は信用できる」と読んではいけない。

逆に、層別に使われていない因子だから信用できない、というのも同じく誤りである。信憑性を決めるのは、割付の手続きではなく、効果修飾の仮説がどれだけ事前に、節度をもって、再現性をもって立てられていたか、である。


今日の持ち帰り

  • 「ある層で有意」を見たら、まず「いくつ調べたうちの1つか」を問う。

  • 効果がサブグループ間で不均一かは、各群の有意・非有意では判断できない。

  • 事後のサブグループ解析の結果はあくまでも仮説である。事前指定・再現性・生物学的妥当性で重みづける。

  • 「割付調整因子だから信用できる(できない)」という基準は捨てる。信憑性は、割付の手続きでは決まらない。


次回#3は、そもそも比べている二つの群が「比較可能でない」とき、何が起きるかを扱う。結論を歪める二大要因――交絡とバイアスである。ランダム化という保証を外れた観察研究では、その脅威がとりわけ際立つ。

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