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ナチスとオカルトの関係(前編)【第9回:都市伝説を検証シリーズ】


人類史には数多の都市伝説が存在する。


未確認生物や失われた文明、そして宇宙の謎。本シリーズ「都市伝説を検証」は、そんな摩訶不思議な物語をひとつひとつ紐解いてきた。

そして今回、いよいよ最終回を迎える。

1934年9月、ナチ党党大会にてナチス式敬礼を行うハインリヒ・ヒムラー、ヒトラーおよびヴィクトール・ルッツェ

最後に取り上げるのは、20世紀最大の“闇”とも呼ばれるナチス・ドイツとオカルトの関係である。

ナチスは第二次世界大戦を引き起こした独裁政権として知られるが、戦後になると「彼らは魔術を信じていた」「UFOを開発していた」「聖杯を探し求めていた」といった、数々の伝説めいた話が囁かれるようになった。

そこには歴史的事実に基づく部分もあれば、戦後に膨らんだ虚構や噂話もある。だからこそ、このテーマは歴史と都市伝説の境界線に立つ象徴的な題材といえるのだ。

ただし注意しておきたい。

本稿で扱う内容は、あくまで“都市伝説”としての検証であり、歴史的に実証されていない部分も多い。ナチスに関わるオカルトの物語は、しばしば「真実」と「作り話」が複雑に入り混じり、人々の想像力を刺激し続けてきた。

最終回にふさわしく、その不思議な世界を覗いてみよう。



【都市伝説】無料マガジン

各回の内容:

File1. 月面着陸は捏造なのか?
File2. バミューダトライアングルの謎
File3. ネッシーの存在
File4. 雪男の存在
File5. エリア51と宇宙人
ERROR. AIの反乱と映画の未来(都市伝説ではないため未投稿)
File6. 口裂け女
File7. タイムトラベラーは実在するのか?
File8. ツチノコは実在するのか?
File9. ナチスとオカルトの関係 前編
File10. ナチスとオカルトの関係 後編

▽おすすめnote


第一章|ドイツ民族主義と神秘思想の土壌

第一次世界大戦 動員以降の初給料支払い、1914年、ベルリンにて。

 ナチスとオカルトの関係を語るには、まず第一次世界大戦後のドイツ社会を振り返る必要がある。敗戦と賠償に苦しむ国民の間では、民族的な誇りを回復したいという気運が高まり、そこに「神秘思想」や「古代の叡智」を信じる風潮が重なっていった。

当時、ドイツ各地には民族主義と神秘主義を結びつけた結社が数多く存在した。

その代表例が「トゥーレ協会」である。

トゥーレ協会の紋章

彼らはアーリア民族の優越を説き、古代の神話やルーン文字を特別視した。やがてこの思想は、ナチスのイデオロギーに取り込まれていく。

親衛隊 (ナチス) ルーン文字で表記したSSの隊章 別名“黒地に銀の重ね稲妻”

特に注目されるのが、北欧神話に登場するルーン文字だ。ナチス親衛隊(SS)のシンボルとして有名な稲妻型のマーク「ダブル・シグルーン」は、この神秘的な古代文字から取られている。つまり、国家の中枢に近い組織の象徴そのものが、すでに“オカルト的な起源”を持っていたのである。


第二章|ヒムラーと黒い騎士団

ハインリヒ・ヒムラー

 ナチスの中で最もオカルト色が濃厚だった人物、それが親衛隊(SS)長官ハインリヒ・ヒムラーである。ヒトラーが政治的カリスマであったのに対し、ヒムラーは「神秘主義者」「夢想家」と評されることが多い。

彼はアーリア民族を“神聖な戦士の血統”と見なし、親衛隊をその守護者と位置づけた。

時の英外相・サミュエル・ホーア (初代テンプルウッド子爵)に着剣捧げ銃の敬礼を行う親衛隊員(1935年3月24日ベルリン)

ヒムラーはやがて、SSを「中世の騎士団」のような存在に作り変えようと考える。その象徴となったのが、ドイツ西部のヴェーヴェルスブルク城だ。

ヴェヴェルスブルク城

彼はこの城を親衛隊の精神的拠点とし、円形のホールを“黒い太陽”の象徴で飾り立てた。この「黒い太陽」は現在でも一部のオカルト団体や極右組織が好んで使用するシンボルであり、ヒムラーの思想の残滓といえる。

さらに彼は、SS隊員を「選ばれし騎士」として儀礼的に扱った。

結婚や昇進には“血統の純粋性”を証明する系譜調査が求められ、古代ゲルマンの儀式を模したセレモニーまで行われたと伝えられる。そこには科学というより“呪術的”な雰囲気が漂っていた。

しかし、このようなオカルト的要素は、ヒトラー自身が積極的に推進したというより、ヒムラー個人の熱意に基づく面が大きい。ヒトラーは時に「そんなことに時間を浪費するな」と批判的だったという証言も残っている。

とはいえ、国家の中枢を担う組織の長が真剣にオカルトに傾倒していた事実は、後世に「ナチスは魔術を操ろうとした」という都市伝説を生む大きな土壌となったのである。


第三章|アーネンエルベと禁断の研究

アーネンエルベのエンブレム

 ヒムラーのオカルト的な野心を具現化する機関として設立されたのが「アーネンエルベ(祖先の遺産研究所)」である。1935年に創設されたこの組織は、表向きは民族学や考古学の研究所とされていた。しかしその実態は、アーリア民族の優越を歴史的に正当化するための“神秘研究機関”だったとされる。

アーネンエルベの研究対象は驚くほど多岐にわたった。

古代ゲルマンの遺跡調査、北欧神話の解釈、さらにはチベットへの遠征までも実施された。特に1938年に行われたチベット探検は有名で、彼らは仏教僧や古代伝承に“アーリア民族の源流”を求めたといわれている。この遠征をめぐっては「ナチスがシャングリラを探していた」「地底世界と接触しようとした」といった伝説も語られる。

先史時代についての講義を行うアレクサンダー・ラングスドルフ(de)教授(後ろ)とLSSAH隊員

また、アーネンエルベは医療や人体実験の領域にも関与していた。

これはオカルトではなく、非人道的な科学実験の側面であるが、戦後の証言によれば「超常的な力を引き出す研究」や「古代秘術を利用した兵器開発」を目指していたのではないかと囁かれてきた。事実と虚構が入り混じるこの点こそが、人々に“禁断の研究所”というイメージを与えているのだ。

実際に残された資料を見ると、アーネンエルベは民族学や言語学などの学術調査を装いながら、政治的プロパガンダの道具として利用されていたことが明らかになっている。

しかし都市伝説の世界では、この研究所は「失われた文明の遺産を探す秘密機関」「異世界への扉を開こうとした組織」として語られることが多い。学問と神話、科学と魔術の境界線を曖昧にする存在。それがアーネンエルベだった。


第四章|ヒトラーとオカルトの距離感

アドルフ・ヒトラー

 ナチスとオカルトを語るとき、最も誤解されやすいのが「ヒトラー自身が魔術や占星術を盲信していた」というイメージだろう。

戦後の映画や小説では、彼が黒魔術を操る狂信者のように描かれることが多い。しかし史実に目を向けると、その姿はやや異なる。

確かにヒトラーは若い頃から神秘思想や予言に興味を示していた。

第一次大戦の最中には「自分が世界を変える運命を背負っている」という強烈な自己神話を抱いていたといわれる。演説において彼はしばしば「天啓」「宿命」といった言葉を多用し、大衆を熱狂させた。その姿はまさに“預言者”や“カリスマ的導師”を思わせるものだった。

一方で、ヒトラーは占星術や心霊術を「大衆を操る道具」としては利用したが、自らが深く信じ込んでいた証拠は少ない。むしろ、ヒムラーのオカルト趣味を「馬鹿げている」と笑い飛ばしたという証言さえ残っている。

オーストリア併合後にウィーン市内をパレードするヒトラー(1938年10月)

ヒトラーにとって重要だったのは、科学技術とプロパガンダを用いて現実の権力を握ることであり、オカルトはその補助的な演出に過ぎなかった可能性が高いのだ。

とはいえ、彼の演説スタイルや自己神話は、人々に「何か超自然的な力を操っているのではないか」と思わせるほど異様な迫力を持っていた。だからこそ、戦後になって“ヒトラーは黒魔術師だった”という都市伝説が広がったのだろう。

ヒトラーはオカルトを信じる者であり、同時にそれを冷笑する現実主義者でもあった。二重性こそが、彼を都市伝説的な存在へと押し上げたのだ。

後編


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