映像という“追稿”── 描き残した記憶と、今ふたたび向き合うこと
🔗 ショートクリップ(本編は巻末)
こんにちは、Bell noteです。
前回、「人物月旦」で母の姉についてのエッセイを書きました。
日本統治時代、台中に嫁いでそのまま、誰とも再会を果たせなかった、母の姉のことです。
あのとき、書き終えたことで自分なりに一区切りついたつもりでいました。
けれど、どこか心の片隅に、言葉にしきれなかった余白のようなものがずっと残っていて。
もっと丁寧に書くべきだったかもしれない、とか。
あの時代を深く知らないまま、記録したつもりになってしまったんじゃないか、とか。
なにより、あの時代を生きた母の姉、そしてその時代をともに生きた多くの人々の想いや背景に、もう少し想像力をめぐらせる余地があったのではないかと、思いました。
だから今回は、その「描き残したこと」に、もう一度向き合ってみることにしました。
今度は、言葉ではなく、映像というかたちで。
■ 「映像のメモリーズスペシャル 台湾日本統治時代編」
──再会を果たせなかったふたりのために──
戦前の台湾・台中。
日本統治時代の“外地”と呼ばれたこの土地に、ひとりの日本人女性が嫁いでいきました。
当時16歳の彼女が、何を思って異国へ渡ったのか。
その後、どんな暮らしの中で、どんな風に生きていったのか。
わかっていることは多くありません。口頭伝達のみです。
けれど、わからないからこそ、想像を交えながらも、できるかぎり丁寧に「時代」の輪郭を描こうと思いました。
歴史の中に確かに存在していた人たちの物語。
誰かの過ちとか、正しさとか、そういう線引きをするためのものではありません。
ただ、あの時代にそういう人生を生きた人がいたこと。
そして、それを今、知ろうとする自分がいること。
そのこと自体が、何かしらの記憶の継承になるのではと思っています。
■ 今だからこそ残せる、映像という“もうひとつのかたち”
AIによる映像制作が身近になった今だからこそ、個人の手で、物語や記憶を“かたち”に残す新しい手段が生まれつつある気がしています。
今回の作品も、そんな可能性のひとつとして、創作ドキュメンタリーというかたちで表現してみました。
もちろん、事実としてわかっていることは口頭伝達に限られていて、想像に頼った部分も多くあります。
けれど、そのぶん歴史的な流れや当時の社会背景については、あらためて資料を見直し、自分なりに丁寧に辿り直しました。
さらに、家族への再ヒアリングを通じて拾い集めた記憶の断片も、追加で映像に織り込んでいます。
この作品は、当然、学術的な歴史作品ではありません。
だからこそ、誰かの家族にあった“静かで、個人的な歴史”を、少し柔らかな視点ですくい取ることができたのではないか──
今は、そんなふうに感じています。
■ 過去を悼むことは、未来に手をのばすこと
母とその姉──ふたりの姉妹が再び会うことは、とうとう叶いませんでした。
けれど、その記憶をたどっていくなかで、私は初めて「語られなかったままのもの」が持つ重みと意味に、そっと触れた気がしています。
過去そのものはもう変えることはできません。
でも、その記憶をどう受け取り、どんなふうに語り継いでいくかは、いまを生きる私たち次第です。
この映像は、その問いに対して私なりに返した、小さな“ひとつの応答”です。
🔗 本編はこちら
少し長くて、退屈かもしれません。
でも、ふと立ち止まった時間の中で、誰かの過去にそっと思いを寄せてみたいと思ったときに、見てもらえたら嬉しいです。
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