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〈枢密竜眼機関〉

  目次

「ま、黒神がどうするかはそちらでよく話し合ってもらうとして――まずは小生の考えを述べよう。」

 総十郎は立ち上がり、俯き気味になっているフィンのもとへ向かった。
 烈火が帰るかも知れないという話を前に、ちょっと寂しくなってしまっているのだ。
 少年の前で片膝をつき、小さな肩を抱き寄せた。

「あ……」
「小生はまだ帰るつもりはない。フィンくんがどうしたいかで身の振り方を決めようと思う。この世界に永住したいと言うなら、君がこの世界できちんと居場所を見つけられるまで一緒にゐるつもりだ。だが――その場合、ひとつの重大なリスクについて考えなければならぬ。」
「重大な、リスク?」
「仮に君がこの世界で穏やかに生き、天寿を全うして子や孫に囲まれながら大往生を果たしたとしよう。そのとき何が起こると思う・・・・・・・・・・・・?」
「え……」
「フィンくん。小生はこれから酷なことを言うぞ。だが、聞いてほしい。とても大切なことだ。君が死んだ瞬間、君は十歳の肉体で元の世界に戻っている――そういう可能性を小生は排除することができぬ。もちろん、そうはならないやも知れぬ。だが、これに関しては判断材料となる事例が存在しないのだ。なにしろ小生自身も異世界で死んだことはないがゆえに。だから常に最悪の事態を考えて行動せねばならぬ。」

 フィンの肩が、震えた。それを力を込めて抱きしめる。

「……トウマくん、どうだろう? そのあたりについて君はなにか知ってゐるのではないかな?」
「生憎だけど、そんな先のことまで考えたことはなかったな。〈盟主〉なら何か知っているかも知れないけど……」
「〈盟主〉、であるか……いったいどんな人物なのだ?」
「うーん、そもそも彼が人間なのかどうかも怪しいものだね」
「と、言うと?」
「第一に、ジェンダーは男性格だということ。第二に、彼とはおおむね屋内で話すから、そう極端な巨体ではないということ。第三に、架空浸蝕の歪律領域ヌミノースを操るということ。僕が〈盟主〉について知っている情報はこの三つくらいかな」
「いやいやいやいやいやおかしいだろもっとこうなんかあるだろ! どんな顔でどんな服装なんだよ!」
「それがね、わからないんだ」
「それは、つまり、常に御簾の向こうにでもいて、直接姿を見たことがないという意味かな?」
「いいや、そうじゃない。僕は〈盟主〉と直に何度も顔を合わせ、語り合っている。彼を視界に入れるたびに、あぁこんな姿でこんな声なのかと驚くんだけど、彼が視界から出た瞬間、僕は〈盟主〉の外見を完全に忘れてしまうんだ。どうやっても思い出せない。これは、ギデオンや他の〈友人〉たちも同じだった。誰も〈盟主〉の姿を記憶できないんだよ」
「なんとも……底知れぬ人物であるな。」
「そして――彼は恐らく、どこの世界にも属していない極めて特殊な存在だ
「なぜわかる?」
「一目でわかったよ。補正がないからね・・・・・・・・
「……〈盟主〉はこの世界で何をしようとしてゐる?」
「〈宿命〉の破壊。すべてのキャラクターたちの運命を意図的に操る「視えざる手」を振りほどくこと。彼の――そして僕たち〈枢密竜眼機関〉の目的は畢竟それだ」
「〈枢密竜眼機関〉とは帝国の諜報機関であったと記憶してゐるが。」
「最初はそうだった。各属州の統治を監査する審問機関として誕生した組織だ。だけど〈盟主〉が乗っ取った。この世界でなにをするにせよ、ロギュネソス帝国の権力はあったほうが動きやすいからね」

 トウマは、身を乗り出した。

「僕たちが目的を達するにあたって、あなたと黒神さんの存在は妨げになる。どうか大人しく元の世界に帰ってくれないかな。フィンくんのことは僕たちに任せて欲しいんだ。必ず彼を悲運の宿業から解き放つと約束する」
「それは〈盟主〉や君の〈友人〉とやらと会って話を聞かねば信用できぬな。そもそも君たちは目的のためにこのオブスキュアを崩壊寸前にまで追い詰めた。必要とあらば非道にも手を染める連中であるということを小生は忘れたわけではないぞ。直接〈盟主〉と話がしたい。それが君の提案を呑む最低条件である。」
「それは……無理だ。〈友人〉たちはあなたや黒神さんを絶対に受け入れないだろう。ここでこうしてあなたたちと話していること自体、知られればかなりの不興を買ってしまうと思う。だから〈盟主〉との友好的接触は諦めてほしい」
「どうも話が見えぬな。なぜ〈盟主〉が小生と黒神を憎む? 何の接点もなかったであろう」
「あなたたちは、納得し・・・受け入れている・・・・・・・。それがダメなんだ」
「宿命に対する姿勢を言ってゐるのか。」
「そう。自らを取り巻く運命の流れ。それにおおむね満足してしまっている。現状に強い悲憤を抱き、立ち上がることなど考えもしなかっただろうし、きっとこれからもない。だってあなたたちは本当に大切なものを取りこぼしたりしなかったから。覚えがあるだろう? 幾多の苦難が立ちはだかろうと、最後にはすべてうまくいっている。喪ったことなどない。あなたの大切な人たちは皆、あなたの活躍で笑顔を取り戻したし、決して亡くなったりしなかった。そうだろう?」
「はぁぁぁぁぁぁぁ~? 何を言ってやがりますか白髪テメェ全人類の九割九分九里がモヒカンに見える悲劇の超天才主人公黒神烈火サマがまるで人生イージーモードみたいに言い腐りやがりますかこの野郎馬鹿野郎この野郎」
「深刻さがまったくない人は黙っててくれるかな」

 ぴしゃりとトウマは言い放ち、手のひらを烈火にかざす。

「べッッ」

 拘束術式が烈火の口の神経伝達を掌握。喋れなくなる。

「――僕はね、ヤビソーさん。別にあなたたちに態度を改めろなんて言っているわけじゃないんだ。そういう補正を宿したのはあなたのせいじゃないし、あなたに責任はないし、僕があなたの立場だったとしてもあなたと同じ生き方をしたと思う。あなたは運があって、僕たちは全員運がなかった。これはただそれだけの話なんだ。だけど――だからこそ、相容れることはない。恵まれた者が恵まれなかった者にかけてやれる言葉なんてひとつもないんだよ」
「……トウマくん」

 総十郎が細い顎をしゃくった。その先では――フィンが大きな瞳に涙をためて今にも泣きそうだった。
 目を見開くトウマ。

「あ……いや、その、フィンくん。別に喧嘩をしていたわけじゃないんだ。ねえ? 黒神さん?」
「……ッッッッ!!!!」

 はぁ~~~~~ったくしょうがねえなぁ、みたいな目をしながら、烈火はトウマと肩を組んだ。
 二人でサムズアップ。

【続く】

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