カンパネルラの憂い
鼻を動かして、フィンの指の匂いをかいでいる。
恐る恐る、さらに指を伸ばし――ウサギに触れた。
奇妙な感触だった。物に触れているというよりも、何らかの斥力場がそこにあるかのような感覚。
目を細めて、フィンに撫でられるに任せている。
「ウサギさんウサギさん、きみはどこからきたでありますか?」
応えを期待していたわけではなかったが、なんとなく声をかける。
するとウサギは後ろ足で立ち上がると、前足でおいでおいでをしてきた。
「え……」
そのまま後ろを向き、ぴょこぴょこと進んでゆく。少し進んだところで、フィンを振り返る。
促されるまま、フィンは不思議なウサギの後を追った。
五分も歩かなかった。
大樹の傍らに、一つの影が佇んでいる。半透明の光るウサギは、その人物のもとへと駆けて行った。
フィンは、びっくりして足を止めた。こんなところで知らない人に出会うとはまったく思っていなかった。
その人物は、白いローブを身に纏い、あさっての方向を物憂げに眺めていた。フィンには目も向けない。
やがて足元のウサギを抱き上げると、口元にあえかな笑みを含ませた。
その瞬間、ウサギはくるりと裏返って、大きな蝶へと姿を変えた。
フィンは目を丸くする。
蝶は飛び立ち、煌めく鱗粉を撒き散らす。それらひとつひとつが小さな蝶へと変じ、魚に変じ、最後に小さな花弁となって乱舞した。
大きな蝶は、ローブの人物が差し出す人差し指の先にとまり、大輪の花へと変化した。花弁の一つ一つがほどけるように姿を変え、やがて美しい花冠となる。
ローブの人物がひょいと指を動かすと、花冠は放物線を描いて飛び、フィンの頭にかぶさった。
「ひゃっ!」
フィンが肩を跳ね上げた瞬間、花冠は小さな花火となって弾け、消えていった。
あまりの不思議で綺麗な現象に、フィンは口をぱくぱくさせる。
その心理的な空隙に射込まれるように、声が飛んできた。
「――〈宿命〉、という言葉について、君は考えたことがあるかい?」
「ひゅいっ!?」
いきなり話しかけられて変な声が出た。
白いフードから覗く双眸が、緩やかに細められた。斜陽に照らされる口元は端正だが、声や仕草からして少年であるようだった。
しかしフィンよりは年上だ。シャーリィ殿下よりもさらに少し上だろう。
「しゅく、めいって、えっと……」
咄嗟に何を聞かれたのかよくわからなかった。
「理屈では説明しがたい、その人について回る運命の傾向。因果律の挟間に、おぼろげに見え隠れする、何らかの意志を持った介入者――そういうものを、僕たちは〈宿命〉と呼んでいる」
フィンは困惑した。話が飲み込めない。
「君はこんな風に思ったことはないかい? どうしてこんなに苦しいことばかりなんだろう。どうしてこんなに哀しいことばかりなんだろう――と」
体が、震えた。
それは。
その言葉は。
フィンがいつも、胸に秘めてきた言葉で。
戦士にあるまじき弱音だと、いつも封じ込めてきた想いで。
「大好きな人たちはいつも死んでしまう。命を捨ててでも守りたいと思ったものは踏みにじられ、自分はいつも間に合わない。何もできない。一体どうして」
苦しく、哀しい想いが込み上げる。
ちちうえの胸板から生える、凶悪な逆棘のついた刃の光沢が、圧倒的な生々しさを伴って胸を圧迫した。
「運が悪かったから? 状況が悪かったから? 敵が強かったから? 自分の努力不足?」
言いながら、ローブの少年は歩み寄ってくる。
足が地面を踏みしめるたびに、そこから翠色の植物が繁茂し、花開き、枯れていった。
だが、そんな超常現象も、フィンの目には入らなかった。
「――違うね。全然違う。そんな表層的な問題じゃないんだよ」
すれ違い、フィンの背後に立つ。
「僕は知っている。その原因が何なのか。君にそれを教えてあげてもいいと考えているんだ、フィン・インペトゥスくん」
二人は同時に振り向いた。

「どうして、小官の名前を」
ローブの少年は、いたずらっぽく笑った。
「僕は魔法使いだからね。君の名も、君がここに来ることも、先刻承知さ」
「魔法使い……」
こちらもオススメ!
私設賞開催中!
いいなと思ったら応援しよう!
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。