笹生実久『Don't Worry,Be happy photobook 沖縄&韓国』リリース記念ワンマンライブレポート
2025年4月19日(土)@東京・三軒茶屋グレープフルーツムーン
「お母さんが死んでから、助けてもらった土地がふたつあって、それは沖縄と韓国なんですが、その土地で写真を撮ってもらって、お母さんが死んでからつくった「Don't worry, Be happy」という曲を収録したphotobookをつくりたいと思いました」(photobookより)
笹生が「母の死から立ち直ろう」と思うきっかけとなった地が沖縄と韓国。「この2つの土地のフォトグラファーに写真を撮ってもらい、楽曲とセットにした作品を創ることで先に進んでいきたい」。今回リリースされたphotobookは、彼女のそんな想いが集約された作品であり、次に踏み出すために必要な印のようなものとなった。
このリリースにともない、笹生は沖縄から北海道、さらにソウルまで含めたライブツアーを実施。中でも特に強い想いを込めていたのが4/19のレコ発ワンマンだった。※全ツアーのダイジェストレポートはこちら
失ったもの、過ぎ去ったものに想いを込めて。
照明が落ちて静けさの満ちるステージ。サポートメンバーに続いて笹生はステージ中央に立つと、体を揺らしながらギターをつま弾く。笹生が自ら奏でるアコースティックギターに、透き通るように響くエレキギター(タカスギケイ)と、しっとり深いベース(板谷直樹)の音が混ざり合う。

1曲目は、深夜に来るはずの相手を待つヒリヒリとした心境が綴られた初期の楽曲『午前2時』。それに続いたのは『Sunday is beautiful sky 〜カヨワナイ〜』。近くにいるのに届かない。そんなもどかしさが彼女の声になる。何かを見据えるかのような眼差しで、自分の過去を噛み締めながら歌を綴っていく。それは失ったもの、過ぎ去ったものを心の棚にそっとしまっていくような作業だったに違いない。
最初のMCで、この日初めての笑顔を見せる笹生。photobookのリリースについて簡単に話しつつ、サポートメンバーを紹介した。MCを終えると笹生はそっと目を閉じ、天井を見上げて『ハロー』のイントロを爪弾く。まっすぐ前を見て歌う彼女の声にタカスギケイのギターエフェクトが唸る。

続いては2023年にリリースしたシティポップカバーの中から『エイリアンズ』と『君は1000%』を披露。それまで抱えていたギターを降ろし、打ち込みのサウンドに身体を揺らしながら歌う笹生。2曲とも女性によるカバーは少なく、もはや彼女の曲になっていて聴くたびに魅了される。

せめてあなたがわかってくれればそれでいい。
笹生は再びギターを抱えると、同じタイミングでステージの背景にスクリーンが音もなく下りてきた。そこに映し出されたのはphotobookのために取り下ろされたスナップの数々だ。

「今回のリリースは、母親を亡くしてしまったことがきっかけになっていて、お母さんのことで悲しむのはもうやめたいと思って作り始めたんです。先日、photobookの撮影地でもある沖縄からツアーをスタートしたんですが、歌いながら気づくことがたくさんありました。自分のことを理解してくれる人、わかってくれる人に聞いてほしいと思っていて“せめてあなたがわかってくれればそれでいい”という言葉が浮かびました」笹生は、今回のリリースへの想いを語った。

ここからは今回リリースされた楽曲が続く。まずは作品のタイトルにもなっている『Don't worry, Be happy』。「心配しないで」亡き母への想いが昇華された楽曲だ。曲中の「ワン、ツー、スリー」という掛け声は、少しの緊張感とともにリラックスするための合図になっている。続いては「この曲がなかったら、photobookの企画は思いついてなかったかも。そんなキーになった曲です」と紹介された『ひみつの花園』。友人のシンガーソングライター・nanaがプレゼントしてくれたという楽曲で、母を亡くしてからすぐのタイミングで「沖縄でLiveをやろうよ!」と笹生を外に連れ出してくれたのもnanaだったという。この曲は後のツアーでも毎回大切に歌い継がれていくことになる。
過去を背に、先へ進んでいく姿。
母と自分自身への書簡を歌にした『LETTER』の後は、再びMCへ。ここではphotobookができるまでのエピソードが語られた。photobook制作にあたっては、関わる人すべてに作品の背景を伝えてから作業に入ってもらったという。最初はノートに綴った手書きの歌詞をそのまま載せる予定だったが、想いを伝えようと話したことを改めて文章にして書き綴ることにしたという。
また韓国もテーマとなることから、このphotobookは韓国語でも綴られており、直訳では伝わらないニュアンスなどは監修してもらいながら組み上げていったという。

そんなエピソードを踏まえてから歌われたのは、笹生がキャリア初期の頃から大切に歌い継いできた『ぼくの恋人』の韓国語Ver.『나의연인』。曖昧なニュアンスが多かったオリジナルの歌詞を韓国語に訳すことで、ストレートな言葉に換えることができ、彼女の成長を実感できる曲に生まれ変わっている。
スクリーンに映し出された半年前の彼女の写真は、笑っていてもどこか泣き腫らしたかのように見えて、もの悲しげな表情を見ると時に胸が締め付けられた。だが、それらが映し出されるスクリーンを背に、凛とした姿で立つ彼女は、過去とは明らかに違う今の笹生実久だ。新たな歌詞で生まれ変わった『나의연인』を聴きながら、そんなことを感じずにはいられなかった。

この作品が生み出された今、彼女は次へ進むための印をしっかりと焼き付けることができたはずだ。真っ直ぐ前を見据えて歌う彼女の眼差しがそれを物語っていた。
新たな解釈と意味を持って、曲は生まれ変わる。
本編ラストに選ばれたのは、母への想いを綴った『new sky』。笹生がシンガーソングライターとして再起した際のアルバム『She was a girl』に収録された曲だ。この曲がリリースされた時、まだ笹生の母は元気で「これからは自分のために自由に生きてほしい」という想いを込めて作った曲だという。笹生曰く「今だったら絶対に作れない」曲であるが、これを残せたことで「自分が曲を創る人でよかったな」と思わせてくれた曲でもあると語った。

新たな解釈と意味を持つことになった『new sky』。曲中で「もっと自分らしく”生きて”」という歌詞があるが、シンガーソングライターの笹生実久が、母を亡くしたひとりの女性である笹生実久の背中を押しているように感じられた。彼女が、もうひとりの自分自身に意思を伝えているようにも思えるし、聴いている側にも「生きよう」と思わせる力強さがある。「生きて」それはたった三文字の言葉だが、とてつもなく大きな意味と力を持つ。この曲の先には彼女の、そしてこの曲を耳にした人たちの新しい空『new sky』が待っている。
曲が終わると彼女は小さく息を飲み込んで静かにステージを降りていった。
これからは、みんなに未来を見せていきたい。
アンコールの拍手の中、小走りにステージに戻ってくるなり「すごいあっという間だったんだけど、みんなどうだった?」笑顔で会場に問いかける笹生。

「今日はレコ発ワンマンライブだったので、みなさんに未来を見せたいと思って、新曲を書いて持ってきました。一応、律儀な性格なんです。好きになって後悔しないアーティストということで(笑)」
そんな風におどけながらも、ここで今回の作品制作についての本音も吐露。「今回リリースしたphotobookが、本当の心の内の内を書いたような作品だったから、昔の曲も触ったら崩れちゃうような曲をチョイスしました。今回のような自分の気持ちに向き合わなきゃならない作品って、すごくしんどくて。特に今回はお母さんのことで、最初はいい発想になったと思っていたけど、改めて向き合わなきゃならないのは本当にしんどかったです」
「新しい曲を作ろうと思う時に、私は“生きる意味”とか“どう生きるべきか”とか、すごく考えがちなんですけど、そういうのはどうでもいいから“楽しく生きていこう”っていう曲を作りました!」
こうして披露された新曲『trip away』は「遊びに行こうよ」と聴き手に語りかけ、心地よいハミングも入る軽快な曲。これから先を見据えた笹生の晴れやかな気持ちが伝わってきた。

そして、この日のラストを締め括ったのは、今の笹生実久を代表するバラード『夜風』。彼女のアンニュイなキャラクターと世界観が、聴く側の心に染み込んで、じんわりとした余韻を残してくれる。
「ふぅ」と小さく息を吐いてステージを終えた姿からは、想いの詰まったワンマンを終えた達成感が伝わってきた。

この日のワンマンはまだツアーの前半だったが、彼女の中ではここでひとつの大きな区切りが付いたようだ。この後のツアーでは、2年振りの熊本、初となる長崎。そして故郷であり17年振りとなる釧路と、特別な場所でのライブが続くのだが、笹生はライブをこなすごとに心を軽くしてステージに立っているように見えた。そして今回の作品を作ったことで、自分の感情を整理することができた笹生は、ツアーを重ねていくうちに今度は同じ辛さを抱えた人を支える側になっていく。
抱えてしまった傷や悲しみが消えることはないかもしれない。それでも確実に未来は続く。だが、そこに曲があることで自身を支え、聴く人を支えることができる。この作品を残した先には、痛みを乗り越えたからこそ生まれる曲があるはずだ。ここから次の一歩を踏み出していく彼女の瞳には、すでに新しいビジョンが見えていることだろう。
written by Backy☆OSAKA
2025.4.19 Sat.
レコ発トリオワンマンライブ@ 三軒茶屋グレープフルーツムーン

1.午前2時
2.Sunday is beautiful sky〜カヨワナイ〜
3.ハロー
4.エイリアンズ
5.君は1000%
6.Don't worry, Be happy
7.ひみつの花園
8.LETTER
9.나의연인
10.new sky
en.1 trip away(新曲)
en.2 夜風
bass : 板谷直樹
guitar : タカスギケイ
photo : 小泉達也
