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エッセイ|ビートルズ(ジョン・レノン) 🎵カム・トゥゲザー→ジェラス・ガイ→?

突然ですけど、私はカム・トゥゲザー (Come Together)が好きだ。

出だしのベース

🎵ドゥ,ドゥ,ドゥ,ドゥーン,(キュキュ)👄シュー
                  shoot me
🎵ドゥ,ドゥ,ドゥ,ドゥーン,(キュキュ)👄シュー
🎵Here come old flat top
 ジョンのラップぽいヴォーカルから始まる。

うーん、格好いい。

でも、なんと、この曲、ジョンも尊敬していたであろう

ロックの大御所 チャックベリーからでなく、著作権管理者側から盗作と訴えられた。

チャック・ベリーの「ユー・キャント・キャッチ・ミー」に似ていると指摘され、後にジョン・レノン側がチャックの曲を録音する形で法廷外和解した(1973年)とのこと。まぁ、有名な話ですね。

ジョンは和解後に、自分のアルバムで、元ネタとされた「You Can’t Catch Me」を自ら歌っている。
さすが、ロック界の大御所 ジョン・レノン

ところで最近、私は少しだけイライラしている。
(ヴィパッサナー瞑想しろ、というツッコミは甘んじて受けます。)

記事というものは、不思議なもので、
自分で書いたためなのか、
だんだん我が子のように思えてくる。
我が子のように覚えると、可愛くて渇愛が生じてくる。
そうすると、ますます作品を愛おしく覚え、ついには執着する。これが苦の集積である。
だから、手放すのは作品でなく、執着なのだ。
ブッダは、仰った•••。いや、違う、
今日は仏教の話ではない。元に戻そう。

だからもし、自分の記事が、自分の知らないところで引用され、解体され、再構成されていたとしたら。
しかも、その記事が、さらに誰かから受け取った大切なインスピレーションまで含んでいたとしたら。

まあ、少しはモヤモヤするかもしれない。

もちろん、これは私の想像にすぎない。
実際に傷ついているわけではない。
たぶん。

いや、少しくらいは傷ついているのかもしれない。
(頭の中では

『Jealous Guy』が、ジョンの切ない歌声とともに•••

“I didn’t mean to hurt you•••”が、優しく流れ始める。)


でも、考えすぎだろう。

こういう時は、
シングル版「レヴォリューション」のアップテンポな曲を聴いて、気を取り直します。

けっして、けっして『レヴォリューション9』の方ではないですよ。
ナンバー9にうなされてしまいますから(笑)

ナンバー9、
ナンバー9、
ナンバー9、•••ナンバー9、ダメだ、耳から離れなくなってきた。

仕方がない。
「ララバイ」代わりに『毛沢東語録』でも読んで寝よ。


📖記事の紹介

私が、「我が子のように思えてきた、愛着のある記事はこちら。

↑私が初めて書いたビートルズに関するエッセイです。よろしければこちらも是非。

↑心臓がドキッとした時に、私がどう反応するのか、アドヴァイタ(非二元論)・禅・初期仏教の3者の視点から解読


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