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Outsiderと芸術

 さて、ギャンブル・エンターテイメントノベル『Pocket Kings』シリーズ第一話「賭人 / Gambler」の原稿を書いているとOutsiderについて調べる必要に追われ出した。
 調べていると、たまたまフォローしているYoutuberの文学研究者・伊藤千広氏の動画でOutsider Artという言葉に出会う。進んでいる方向や、書こうとしているものの方向が正しい場合に見られるシンクロニシティーではある。
大して意味の無いものなどを書いている場合においては、こういうシンクロは為り(鳴り)を潜めるからして、繋がりを見出すことは無い。

 要はGamblerとOutsiderの親和性は説明を必要とせぬほどの関りを見出して頂けると思うのだが、他方で、芸術とOutsiderの関りとなると本来的にはとても判り難いのではないかと考えていた。
 しかし、どうやら芸術の世界にはOutsider Artという言葉が存在するらしいということが分かった。
フランス語では「アール・ブリュット」となる。
 では、Outsider Artであり、アール・ブリュットとは何ぞやというところを定義しておくのだが、これは「関わるアカデミズム」という正規の美術芸術の教育システムから距離を置き、生の作品づくりに取り組む人間であり、作品をして言うそうである。

 ここで賢明な読者諸氏であれば、私の頭の働き方は書くまでもなくご理解いただけると思うのだが、では、この"Outsider Art"とは誰が作った言葉なのか ? というところに帰結するわけである。

 当然の話しとして書いておくが、アカデミズムという正規の美術芸術の教育システムから距離を置き、作品作りに血道を上げる者にとって、「わたしはOutsider Artistである」と称するだろうかと考えてみたら、称するわけがないと思えるのである。従って、"Outsider Art"というセグメント、チャンネルは「アカデミズムサイド」が自らの都合によって生み出した、一つの蔑称と言えるのではないだろうか~ と思える。

 これは絵画に限ったことではない。小説や詩の世界でも言えることなのだが、アカデミーが機能した文化芸術全般に言えるのだろう。
どうやら、Outsiderという言葉を便利に使いたいであろう思惑が見え隠れする。
 ただしである。先にも書いたが、原理原則 Outsiderが自らを「Outsider 」と称することはあるまい。
 これは『Gambler』の世界においても言えることなのだが、自らをしてOutsiderと称するGamblerには居て欲しくないのである。
Outsiderという言葉が、途端にナルシストと読めてしまうように感じられるのだ。

「自分自身で思う分には」思って頂いて宜しい。
しかし、自らの姿勢であり、生きる姿勢を語る上でOutsiderという言葉は使ってほしくない。なにか「安っぽくなる」。
「君の作品はOutsider Artだからね~」
「そうなの ? だから ? それで ?」というポジションでいて欲しい(笑)

いいではないか。アカデミズムというある種の体制がセグメントする上で必要を感じ、Outsiderという言葉を使い始めたのなら、無理して体制に阿る必要はあるまい。どうだろう。自分で自分に呼び名をつけても良いだろう。
ロンリーウルフでも、Gamblerでも、群れぬ者でも良いだろう。

ただ、体制と距離を置いたところで生きることを選択するのであれば、一羽一絡げされることは詰まらぬと思えるのである。

 小説や詩を書いていていつも申し上げることだが、「わたしは学問として文学を修めていない。純文学を学問として修めてはいない。従って、自分の作品を、純文学であり、文学とは呼ぶことができない。これは、それを学問として修めた然るべき人間の手によって"何"であるのか決めてもらうしかないのである」としている。
 有体に申し上げれば、これもまたOutsider Artの一つの姿なのだろうが、何者であるのかはあまり興味は無くなった今日この頃。

 Gamblerとして生き切るのもこの時代、面白そうではある。
ただ、今の20代30代の若い皆さんに伝えたいことにもなるのだが、Gamblをするなら海外でしてもらいたい。ガンガン海外に出て行ってほしい。世界を相手にGamblをしてほしいのである。
 その方が、Equityもバリューもポットの大きさも感じることができるようになるだろう。眼を日本の中に向けていては結局Equityは機能していないことを思い知るに留まるのである。
 間違っても、オンラインポーカーや、パチンコのようなコンピューターを相手にして、Equityやバリューを感じることができるだろうか。

あら~話が飛躍しはじめたのでこの辺で。
またギャンブル・エンターテイメントノベル『Pocket Kings』シリーズ第一話「賭人 / Gambler」書けたらアップします。


アカデミーサイドがさOutsider Artという言葉を使って棲み分けや蔑称を振りかざすのであれば、"こっち側"は、相手に対してDogmatistぐらいに仕分けしてみるのもオモシロそうよね♬

人間の豊かさというものを考えたとき、教養の理想とすべき姿は持っていたいものなのだがね。


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