メンクリで仮面を被ってしまう僕が気づいたこと
通常、私たちのような精神疾患持ち、特に抑うつ傾向のある人は、外出するのにもの凄いエネルギーを必要とする。
身支度も大変だし、時間を確認するのもプレーシャーだ。
こういったプレッシャーと普段やらない身支度をどうにかこなして、私たちはようやく外に出る。
外に出た時点で、体力ゲージは赤だ。
なんなら点滅している。
社会の一員に擬態した気分で電車に揺られ、メンタルクリニックを目指すわけだが、僕の場合はその間、死んだ魚の目をして外を眺めている。
外に出ることでエネルギーの大半を使い果たし、何かを楽しむ余力がないのだ。
そんなこんなでメンクリに到着する。
問題はここからなのだ。
診察室で元気なふりをしてしまう
メンクリというものは待ち時間もまちまちで、遅れて行ったのにすぐに診察出来たり、早めに行ったのに40分も待つようなこともある。
その間、僕は話すべきこととか前回の診察で言ったこととかを悶々と考えている。
そして自分の番が呼ばれて部屋に入った途端に、
普段は絶対にしないような笑顔を見せてしまう。
なぜだろう、不思議でならないのだが、ついこうしてしまうのだ。
同じようなことをしてる人がいたら、スキでもコメントでも教えて欲しい。あなたは、メンクリの診察室でどんな顔をしていますか?
そんなこんなで診察が始まるわけだが、僕は入室した時と同様、ヘラヘラと主治医の質問に答える。
まるで、自分は問題のない健常者だとアピールするかのようにだ。
本当はそんなことはないのに、なぜか仮面を被ってしまう。
先生は落ち着いて応対してくれているが、こちらとしては不安でいっぱいだ。
もしかして、このつくり笑顔で思ったよりも元気だと思われやしないか。
これで快調とか思われたらたまったもんじゃないぞとか。
とにかくいろいろ考えながらも、薄ら笑いは消えてくれない。
きっとこれは、働いていた頃の処世術の名残なんだと思う。
さすがによくないと思ったので、ある日を境に仮面を外してみることにした
仮面を外してみることにした
こないだの診察は、入室からいつもの顔で先生と対峙した。
僕のいつもの顔と言うと、いかにもやる気なさげで、目も死んだ魚のようなんだが、それが自然体なのだと思い込んで診察に臨んだのである。
笑顔でないとまずいかもしれないと、心のどこかでハラハラしていたが、別に先生の反応は大して変わらなかった。
交わされる言葉の内容は、ちゃんと眠れているかとか、日中に元気が出ているかとか、いつも通りのものだった。
先生の目線も声のトーンも、僕がヘラヘラしていた時と同様のようだった。
そして、何事もなく診察が終わった。
診察室で元気なふりをしなくていい
このちょっとしたチャレンジで実感したのは、診察で空元気を出さなくていいということだ。
たぶんだが、メンタルクリニックの先生は、僕らのような抑うつの使徒がヘラヘラしてようがうつむいていようが、大して気にしないのだろう。
そもそも、外で裏表なくにこやかに過ごせる人は診察に等来ない。
メンタルクリニックに来ている時点でお見通しなのだ。
処方箋をもらって病院を出た後、何回もの診断でやらかした空元気を思い出して少し恥ずかしくなった。
今後、診察を受ける時はありのままの死んだ魚の目で先生を見ようと思う。
意外とヤバくない
なんだかんだ、僕らを診る先生はプロだから、こちらが多少ヘラヘラしても見抜いてくれる。
だから、表情に悩むより大切なのは
無理をしなくていいってことなんだと思う。
診察室では、ありのままの自分でいて大丈夫なんだと思う。
とはいえ、僕もまだ練習中で、話しているとヘラヘラしたくなる。
そんな未熟者だが、もし同じように悩んでる人がいたら、
笑わなくてもいいんだよって伝えてあげたい。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
記事を書くのは私にとって思考を整理する大切な時間でもあります。
もし少しでも共感や気づきがあったら、サポートしていただけると今後の記事づくりの励みになります。
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