越境8時間半、パリからベルリンへ:車椅子旅と「思い込み」への気づき
出発駅の「俺ら、聞いてないよ」から始まる、予想外に満たされた長距離列車の一日。
パリ5日間の滞在を終え、DB(ドイツ鉄道)でベルリンへ向かった。所要時間、なんと8時間半。車椅子使用の夫ダーリンとわたしの、久々の長旅である。
出発前からちょっとしたトラブル。
車椅子用の乗降アシスタントを頼んでおいたつもりが、手配されていたのは到着駅(ベルリン)側のみだった。
パリの駅スタッフは、「俺ら、何にも聞いてないよ」といった表情をしていて、それがGoogle翻訳を通して伝わる。
「普通、到着駅に頼んだら出発駅にも伝わるだろう」と思っていたが、よく考えたらフランスとドイツ、国が違う。思い込みとは、旅では要注意だ。
パリで学んだ。
ダーリンが険しい顔をして何か言いたげだ。わたしにはわかる。
「だから早くアシスタントを探したいって言ったのに。君はトイレに長くかかるし、店なんか見て回るし」
私は「大丈夫、大丈夫、心配しなさんな」態度を意識的に出す。実はわたしもドキドキしている。
……それが、なおさらイライラするらしい。
本来はプレミアクラスを予約していたが、車椅子スペースがその車両になかったため、セカンドクラスへ移動することになった。文句を言うつもりはない。
ダーリンは自分の車椅子から座席に移ることができたし、二人でなら8時間の旅も平気だと思った。
ロンドンからパリのユーロスター経験があるから、何てことないように思えた。
ただ、正直に言えば座席は少し硬かった。けれど、パリを出てすぐに見えてきたフランスの田園風景が、そんなお尻の痛みも癒してくれる。
「ああ、待ったました。これが憧れていたヨーロッパ列車の旅だ」


やがて車窓はドイツの広大な農地を抜け、都市らしい景色に変わっていく。

途中で列車が長く停車することがあった。予定より30分遅れるよ、というアナウンスが流れたが驚かない。
ドイツ鉄道がよく遅れるという話は聞いていたし、イギリス暮らしの私はその手の訓練には慣れている。
駅で人々を観察するのも、旅の醍醐味だ。それぞれ、どんな思いを抱えてここにいるのだろうか、と想像した。
売店で「ダンケシェン」をやたらと使ってみたくなる。ユーロコインを数えるのに手間取っていると、レジのおじさんが「一週間かかってもいいよ」と笑って英語で言ってくれた。相方のおじさんは、とんでもねぇといった表情。
私たちの数駅後に乗りこんだ年配の女性が読んでいた本が、ベルリン到着前には終わりに近づいていた。
彼女は、バッグからタッパーに入ったパスタサラダのようなものを取り出して食べていた。旅慣れって、格好いい。
ベルリン中央駅に着いたのは夕方6時半すぎていた。
ドイツ語の響きとリズムが新鮮で、一日に二か国を体験できたなんて、贅沢な気分になった。混じって聞こえる英語も、どこかほっとさせてくれる。
2歳児が最近覚えた言葉を連発するかのように、「ダンケシェン」を連発して、タクシードライバーに礼を言い、無事ホテルへ到着。
ホテルの部屋に入ると、ダーリンの使う、あるはずのシャワーチェアがない。ダーリンがすぐさまフロントへモノ申しに行く。
私はというと、「明日の朝食にバナナとオレンジが欲しい」と思い、近所の店を見て回ることにした。
近未来的な街並みの中に、果物などなさそうに思えたが、あるカフェのレジ横にバナナがあった。
それがまるで金のように輝いて見える。
一本1ユーロで、4本購入。た、高い。
オレンジは「ジュース用だから売れない」と別のカフェで断られていた。
そうなんだ、ジュースでは売れても、固形では売れないのね。勉強になった。
周辺を歩いてみたら、偶然、フードフェスのようなイベントを発見。ダーリンはドイツ風バーガーと、とドイツビールを楽しむ。
私はというと、レタス多めのヴィーガンラップを選んだ。味は…まあ、空腹補正込みでそれなりに。

でも、蒸し暑いベルリンの夕暮れ、いろんな言語が飛び交う中でベンチに座って食べるごはん。
それだけで、満足感が湧いていた。
ダーリン、わたしたちよくここまでたどり着いたね。
それは、なんとなくわたしたちの夫婦間の歴史でもあるように感じた。
こうして、ベテラン列車旅人気取りの私たちのベルリン初日は、静かに、でもしっかりと幕を開けていった。
