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【#ミュージックの日】あれから15年。数々の音楽素材サイトが集結した伝説のWebイベント「音屋FES」の話

あれから15年ですってよ、奥さん!


音屋FES【絆-Kizuna-】から15年、記録と記憶をここに綴る

2011年1月29日。

SNSやサブスクが今ほど発達しておらず、個人サイトの文化がまだ残っていた時代に、
数々の「音楽素材サイト」が集まる、Webイベントが開催された。

その名は「音屋FES」

本日2026年3月19日は「ミュージックの日」にちなんで、
今年で第1回の開催から15周年になるこのイベントの記録と記憶を、あらためて綴る事にした。

知ってる人も、知らない人も、まだ生まれてない人も、読んで頂ければ幸いである。


音楽素材サイトを盛り上げる感謝祭「音屋FES」

皆様どうも、彩子です。

突然だが、あなたは動画やゲームの制作に無料で使えるBGMやジングル、効果音などを聴いたり、実際に利用した事はあるだろうか?

今でこそYouTubeでちょっと検索するだけで、大量のフリーBGMを配信しているチャンネルが次々と見つかるが、
SNSや動画・音楽の配信サービスを利用した収益化が今ほど普及していなかった(もしくはそもそもなかった)時代は、
自作のフリーBGM(音楽素材)を個人サイトで公開・配布していたのだ。

その文化がまだ残っていた2010年代に開催された、様々な音楽素材サイトが集まるオンラインイベントが「音屋FES」である。

音屋FES【絆-Kizuna-】とはweb上で活動中の音系素材サイト様に
集まっていただき
日頃より素材を御利用、御視聴頂いているユーザーの皆様へ向けた感謝祭イベントです。
また同時に個人、サークル運営による音系素材サイト応援の会という意味も兼ね素材サイト全体として
音系素材という1カテゴリーの盛り上げ、活性化に繋がればといった側面も併せ持ちます。

音屋FES【絆-Kizuna-】公式サイトより

音屋FESは、そんな音楽素材サイトのファンやユーザーに向けた感謝祭であり、
サイトや管理人・作曲家同志の横のつながりと応援を兼ねたイベントでもあったのだ。

参加されていたサイトの中には、

TAM Music Factoryタムミュージックファクトリー
遠来未来えんらいみらい
H/MIX GALLERYエイチミックスギャラリー
魔王魂まおうだましい
●こんとどぅふぇ

※敬称略

と、2026年3月現在でも音楽活動を続けていて、YouTubeや音楽配信サービスで曲を聴ける所もある。


これまでに開催されたイベントなど

音屋FESは、これまでに4回のイベントが開催されている。


●音屋FES【絆-Kizuna-】:記念すべき第1回

公開当時のトップページ(インターネットアーカイブより)

イベント名:音屋FES【絆-Kizuna-】
開催期間:2011年1月29日~2月6日
主催:煉獄庭園れんごくていえん
テーマ:「絆」がテーマの書き下ろし楽曲を含む、3つのコンテンツの公開・配信など

記念すべき音屋FES第1回には37のサイトが参加し、開催期間中に以下のコンテンツが公開された。

●「絆」がテーマの書き下ろし曲
●各サイト管理人へのインタビュー(テキストもしくは音声ファイルで公開)
●各サイト素材曲のローテーション配信や、主催者と一部サイト管理人達のフリートークラジオなど

ここで存在を知って、曲を聴いたり管理人の方と交流したりするようになったサイトもいくつかある。

また、現在でも聴ける
H/MIX GALLERYの「Dear Childhood Friend」や、
Senses Circuitセンシズサーキットの「Memory」などは、もともとこのイベントの書下ろし曲だった。

個人的にイチオシなのは、3104式サイレフォしきの「Connected」

「時空をつなぐ絆」のテーマを、
「シンセサイザーをバリバリ駆使したユーロビートの合間に、民族楽器の音が聞こえてくる」で表現した曲調に衝撃を受け、
自分がデジタル音源とアナログ楽器音源を組み合わせた曲が好きだと、あらためて実感するきっかけとなった。

当時のサイトのアーカイブはこちら。


●音屋FES【祭-Matsuri-】:「祭」をテーマにCD制作

公開当時のトップページ(インターネットアーカイブより)

イベント名:音屋FES【祭-Matsuri-】
開催期間:2011年10月30日(※M3-2011秋にてCD頒布)
主催:Senses Circuit
テーマ:「祭」がテーマの素材曲を収録したCDアルバムの制作・頒布

音屋FES【絆-Kizuna-】終了後、早くも第2回の開催が決定。
今回は、27のサイトによる「祭」がテーマの書き下ろし素材曲を収録したCDを、M3-2011秋にて頒布した。

予告動画はこちら。

全曲クロスフェードPVはこちら。

当時のサイトのアーカイブはこちら。

とてもありがたい事に、自分の描いたファンアートも載せて頂きました。
1枚ずつ名刺サイズの紙に描いてM3の会場に持って行って、
ブースで売り子をやっていたご本人様達にそれぞれプレゼントしたんだっけなー、懐かしい。

M3-2011秋のブースで無料配布していた「音屋FES【祭-Matsuri-】」のフライヤー。もう2~3枚もらっておけばよかった

●音屋FES【遊-Asobi-】:みんなで作る仮想RPGサントラ

公開当時のトップページ(インターネットアーカイブより)

イベント名:音屋FES【遊-Asobi-】
開催期間:2012年9月30日~10月8日
主催:3104式
テーマ:仮想RPGのサウンドトラック

第3回は「仮想RPGのサウンドトラック」をテーマに、30を超えるサイトが参戦。
参加者にはそれぞれ「フィールド系」「戦闘系」「ダンジョン系」といった、RPGの1つのシチュエーション(書き下ろし曲のお題)が割り振られ、イベント期間中に毎日数曲ずつ公開されていった。

※書き下ろし曲はニコニコ動画でも公開された。

サイトデザインやページメニューも、
「はじめから」「つづきから」「つよくてニューゲーム」といった、RPGのゲーム画面を意識しているのも特徴的。

当時のサイトのアーカイブはこちら。
モンテスキューーーーー!!!!


●音屋FES【踊-Odori-】:今度はホントに遊べるブラウザ音ゲー!

公開当時のトップページ(インターネットアーカイブより)

イベント名:音屋FES【踊-Odori-】
開催期間:2013年4月26日~5月6日
主催:時の迷い人、サイトデザイン:魔王魂
テーマ:無料音ゲーブラウザアプリ

仮想RPGのサウンドトラックの次は、実際に遊べる無料音ゲーブラウザアプリ!
第4回はイベントスケジュールに沿って毎日新しいChapterが公開され、
20以上の参加サイトによる書き下ろし楽曲が、少しずつブラウザで動くリズムゲームで遊べるようになっていた。

当時のサイトのアーカイブはこちら。


イベントを知ったきっかけと、画面の向こうにいた作り手の存在

ここからは個人的な思い出話など。

自分が音屋FESを知ったのは、2010年の終わり頃。
当時大好きでよく通っていた音楽サイト・Amor Kanaアモル・カーナで、
音屋FES【絆-Kizuna-】への参加告知を見たのがきっかけだった。

当時は他の音楽素材サイトをほとんど知らず、名前を聞いた事がある所が少しあるかどうかくらいだったが、
年が明けてイベントが始まり、公開された曲を聴いて、インタビューを読んだりしていくうちに、すっかりハマってしまった。
(今では信じられない話だが、H/MIX GALLERYも、Senses Circuitも、そして魔王魂も、まったく知らなかった)

フリートークラジオ配信をリアルタイムで聴くために早く帰宅して、ノートPCの前でスタンバって、実際に話し声が聞こえてきた時は本当にテンション上がった!!

一部のサイトや曲は知っていても、それらはまだ自分の頭の中では、文字や音だけの存在。
でも今この瞬間は、それらを作った人達が、画面の向こうに確かにいて、自分達と同じ時間の中で話をしている。
それがなんだかとても不思議だった。

慣れないながらも、少しずつコメントを打ちながら配信に参加できたのも嬉しかった。

Amor Kanaが参加していたのは【祭-Matsuri-】までだったが、
そこから少しずつ、自分の興味や行動範囲が更に外へ広がり、
小さい頃では想像できなかった新たな世界へ繋がっていったと思う。


●忘れえぬ人にまつわる思い出話(Amor Kana・音羽雪さん)

↑Amor Kanaの思い出話はこちらに書いたので、あわせて読んで頂けるとめっちゃ嬉しい。


先見の明がありすぎた、発起人・煉獄小僧さんによる「絆」というテーマ

音屋FES【絆-Kizuna-】が開催されたのは、2011年の1月末~2月にかけて。
今からちょうど15年前で、東日本大震災よりも前だった。

その後震災が起こった時、
「まさかこんな事になるなんて…」
「煉獄さん先見の明ありすぎでしょ…」

と、音屋FESに関わった人達が、ブログやTwitterに当時の気持ちを吐露されていたのを覚えている。

また、奇しくもその年の終わりに発表された今年の漢字は「絆」に決まり、
良くも悪くも、人との繋がりを意識させられる年となったため、
前年(2010年)からイベントの準備と参加者への声掛けを進めていた、発起人の煉獄小僧れんごくこぞうさん(煉獄庭園の管理人)の先見性に対する驚きの声なども見られた。


●もし1本前の電車に乗っていたら、帰宅難民になっていたかもしれない話

↑ちなみに震災当時の自分はこんな感じだった。


今となってはおぼろげな記憶だが、煉獄小僧さんご本人にも、一度だけM3の会場でお会いした事がある。
自分が描いて持って行ったファンアートを渡した時、とても驚いて喜んでいらした。

そして非常にありがたい事に、その後の打ち上げにも参加させて頂き、20人くらいの方々と夕食をご一緒した。
あれだけ大人数で食事をしたのははじめてだった。

あとは、【遊-Asobi-】で妙にプッシュしていた
「モンテスキューーーーー!!!!」の元ネタが「すごいよ!!マサルさん」だというのも、何故か覚えていた。

……なんでそこは覚えてるんだよ。
(※確か当時の配信でご本人が仰っていた)


●煉獄庭園の曲では「ギャグ・メルヘン」カテゴリが好きだった話

↑妙にツッコミ所満載な曲名やコメントのセンスも好きだった。

しかし、煉獄小僧さんは数年前から消息不明で、煉獄庭園のサイトも事実上閉鎖となってしまった。
今はどこで何をしていらっしゃるのだろう。
せめて生きていればいいのですが。

※現在、煉獄庭園のMP3楽曲は、サークルメンバーのMana(まな)さんによって、noteで公開されている。


自分を大きく変えるきっかけのひとつになった

音屋FES【絆-Kizuna-】の開催が告知された頃は、
カラダもココロも非常に具合が悪く、なかなか思い通りに体を起こして動かす事すらできなかったが、
歴代の音屋FESをリアルタイムで見に行ったり、ラジオ配信を聴いたりしてから、少しずつ音屋の方々との交流が増え、その後の自分は大きく変わっていった。

☆その後の自分の変化など

【生活面】
●通院を定期的に続けられるようになり、自分の気持ちや考えなどを分析・言語化・表現できるようになった
●健常者の社会人並みではないもの、自力で毎月お金を稼げるようになった
●ここ3年くらいで「明るくなった」と言われる事が増えた

【音楽・趣味関係】
●メタルにハマった
●一人で色々なライブやイベント、近年では旅行にも行くようになった
●音楽教室のボイトレレッスンに通うようになった(シアーミュージック本社に行った事もある)
●好きなプロ作曲家の方々にX(Twitter)でいいねを頂いたり、
ゲーム音楽のイベントへ会いに行って、直筆サインを頂いたりもした

【対人関係】
●関東住みの音屋FES関係者の方々と、何度かオフ会をした
●多少失敗があっても、自ら人に声を掛けられるようになった
●知り合いが増えて、人脈も広がった

【創作関連・出演実績など】
●自分のアカウントを作って、情報発信や作ったものを公開するようになった
●自力で声を録音したり、動画編集をやるようになった
●自分の投稿した文章が、読者参加型の小説に採用された
●ラジオ番組や生配信に出演した
●音楽を仕事にしているシンガーソングライターの方に、自分の写真をnote記事の見出しに使って頂いた

小さい頃では考えられないほど、一人で動けるようになったし、何よりフットワークがとても軽くなった。

Ailla Arcanaアイラ・アルカナ名義で投稿した、「昔の夢を捨てきれない」が採用された読者参加型小説(川岸殴魚「人生 第6章」)

こんなにたくさんあったんだなぁ。

作詞作曲やDTMをじっくりやってみたいとか、
イベントMCやライブパフォーマンスに挑戦したいとか、
一度でいいからテレビに出てみたいとか、
(※もちろん事件に巻き込まれて報道されるのとかはナシで)
まだまだ実現しきれてない夢や目標もあるけど、
それでも昔の自分とは別人レベルで変わってきたと思う。


●電車に乗って出かけるたびに、涙目になっていた頃の話


●音楽サイト「MUSIC CUBE」にまつわる思い出話


●音楽をまたやりたくなった話


●音楽教室に通い始めた頃の話


●音楽教室・シアーミュージックの本社に行った時の話


●ゲーム音楽家の見本市「東京ゲーム音楽ショー」にはじめて行ってきた話(#TGMS2024)


●シンガーソングライター・天野月さんのnote記事に自分の写真が使われた話


……その一方で、大好きなサイトのAmor Kanaが閉鎖したり、
とても大切な友人で恩人で推しの音羽雪おとは・ゆきさんも音沙汰がなくなってしまったが、
数年ぶりに投稿があったご本人のX(Twitter)によると、

何年も経ってしまったが
元気です👌

さてとそろそろのんびりの動こうかな😊

2023年4月21日の投稿より

との事だったので、
もし音楽や創作活動をやめていたとしても、いつかどこかでまたお会いできたらいいな……とも思う。

他にも、音屋FESを通じて知り合った人の中には、
そのままフェードアウトしてしまった方もいれば、
数年ぶりに音楽活動を再開されたり、VTuberになられた方などもいたりして、今でも続いているご縁がある。

時が経っても、人の生き方が変わっても、
自分を突き動かした「絆」は、今も確かに存在しているのだ。

おかげさまで、
「やろうと思った事ができる、行こうと思ったところに行ける」
が自分の特技のひとつだと、今なら自信を持って言えるようになりました。

Thank you, everyone!!
皆様ありがとうございます!!

以上、彩子でした。
またね

2026年3月19日
彩子/AyakoAiLLA


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