もし1本前の電車に乗っていたら、帰宅難民になっていたかもしれない話
駅に向かう途中で、あの揺れが来た。
あれからちょうど15年
皆様どうも、彩子です。
今日で東日本大震災(2011年3月11日)からちょうど15年という事で、今回は当時の体験談を書きました。
当時を覚えている方も、そうでない方も、まだ生まれていない方も、読んで頂ければ幸いです。
(※記憶になるべく忠実に書きましたが、あくまで個人の主観の思い出話です)
電車に乗ろうとした時に、あの「揺れ」が来た。
その日は確か昼過ぎに通院の予定があって、自転車で駅の駐輪場まで向かっていた。
そして、駐輪場に自転車を停めて駅に向かおうとした時……今まで経験した事のない、大きな強い横揺れが、ゆっくりと長く1分以上続いた。
「東北で震度7の地震だってよ」
駐輪場の事務所にいた警備員が外に出て、事務所の近くにいた人にラジオのニュースを聞かせてきた。
念の為、揺れが収まった後、駅に行って駅員に確認したら
「さっき地震あったでしょ?」と、電車が来ない事を知らされ、
駅前付近のコンビニでは、床に散らばった商品などを店員が掃除しているのが見えた。
病院に連絡しようと試しに携帯も使ってみたが、何度かけても繋がらなかった。
……うちの家も、家具や物が倒れて、散乱しているんだろうか?
ただでさえ持病が酷くて家にいる事がストレスになるのに、そんなものまで見てしまったらそれだけで気が滅入る。
正直見たくないし帰りたくもなかった……が、他にする事も特になかったので、安全優先で少しずつ自転車を押して帰った。
意外にも、家はほとんど散らかっていなかった。
もし1本前の電車に乗っていたら、帰宅難民になるかもしれなかった。
その後は計画停電が時々あったものの、
幸い自分のいた地域は水道やガスは止まらず、冠水や液状化現象、マンホールが飛び出る事などもなかった。
だが、もしあの時1本前の電車に乗っていたら、帰宅難民になっていたかもしれない。
途中で電車が止まったり、翌日以降にならないと帰れなかった可能性もある。
ここは今でもハッキリと覚えている。
自分の持病については、だいぶ寛解してきた。
当時は今より心身ともに体調が非常に悪く、お金もなく、
自ら考えて判断したり、気持ちをコントロールする事がとても苦手だったが、
今では当時では信じられないほど肉体的にも精神的にも落ち着いているし、
ここ3年くらいではネットでもリアルでも
「彩子さん、明るくなったね」と言われる事が増えた。
それだけ時が流れたのだろう。
あれから15年。
今の小中学生達は、まだ生まれていない。
人ひとりが生まれて育つくらいの時間の中で、どうやら自分も変わっていったようだ。
2026年3月11日
彩子/AyakoAiLLA
いいなと思ったら応援しよう!
頂いたサポートは、新しいPCや機材の購入資金と、
記事を書く時の資料や本を買う時等に使わせて頂きます。