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50代でまさかのアイドルデビュー。そこから始まった「幸せの核」探し


ご報告が遅くなりましたが、わたし、密かにアイドルデビューしていました


いままで隠していてごめんなさい。


……と言っても、これはnoteの中のお話です。

わたしの大事なnoteのお友達、みーちゃんが、
記事の中でわたしをアイドルにしてくれました。

取り上げてくださったのは、
わたしの「もう50代?まだ50代?」という記事。



50代あるある、そして“イソジ”を一生懸命生きているわたしに向けて、

カオナ優(ゆう)
曲名は、まさかの 「まだイソジナンシー」

デビュー、拍手👏
……と、ここまでは楽しい話なのですが。

でもね、ここで終わらないのが、みーちゃんなんです。


みーちゃんのプロフィールを読むたび、胸がきゅっとします。

10年前の脳出血をきっかけに、高次機能障害と付き合いながらの日々。
「アレ?なんで?あちゃー…」ってなりがちな毎日も、
AI相棒チャッピーと猫たちと一緒に、ご機嫌に探検中。

しんどいことを、しんどいまま書きながら、
どこかにちゃんとユーモアがある。

そして、遊び心とスカウト力で、
誰かの魅力を最大限に引き出そうとする人。

記事を読んでも、やっぱり思いました。
みーちゃんは、常に誰かのために生きている人なんだな、と。

……正直に言うと、わたしはそういう人に憧れます。
いつか、そうなりたいとも思っています。


というのも、
わたしが「誰かのために何かをする」とき、
そこにはだいたい“お友達”がいました。

下心です。

これをしたら、何か返ってくるかな。
返ってこないなら、わたしもしない。

きれいごとを言うつもりはありません。
でも、どこかで損得勘定が先に立っていたのは事実です。

noteを書いていても、
「なんとか売りたい」が前に出ていた時期がありました。

そのとき、
わたしは本当に“誰かのために”書けていただろうか。
誰かの頭の中を、少しでも軽くできていただろうか。

みーちゃんは違いました。

自分がしたいから、している。
それだけ。

押し付けがましさがなくて、
さりげなくて、
気づいたらこちらが救われている。

その優しさの温度から、それが伝わってきます。


そんなみーちゃんを見て、
わたしは何度も「私はどうなんだろう」と考えてきました。

思い返せば、わたしはずっと
自分で自分を追い込んでいました。

自分を「価値のない人」に仕立て上げて、
無料(タダ)だから働きなさい、と言って働かせていた。

家事も、育児も、仕事も、
全部やって当たり前。
文句を言う資格なんてない。

そんなふうに、
自分を奴隷みたいに扱っていたんです。


最近、変わったことがあります。

罪悪感を感じずに、
「今日は自分のしたいことをする」と決められるようになりました。

昨日の晩ごはんは、
冷凍唐揚げと、買ってきたお寿司。

昔のわたしなら、
「ちゃんと作らなきゃ」と自分を責めていたと思います。

でも今は、
「今日はこれでいい」と思えた。

それは手抜きじゃなくて、
自分の人生を自分で選んでいるという感覚でした。

わたしが欲しかった幸せは、
何かを達成することじゃなくて、
この感覚だったんだと思います。


もう「誰かのために自分を削る生き方」は選ばない。
わたしは、自分の足で立ちたいと真剣に思いました。

そのために、ひとつ決めたことがあります。


察して動くのをやめる。


頼まれたら動く。
でも、頼まれていないのに先回りして消耗するのはやめる。

それだけで、心に余白ができました。
余白ができると、不思議と
人生のハンドルが自分の手に戻ってきます。


あの日、みーちゃんがくれた言葉は、とてもシンプルでした。

「今は静かでも、積み上がるから、大丈夫」

その言葉を受け取ったわたしは、
勝手にこう翻訳しました。

「今は見えなくても、ちゃんと伝わってるから大丈夫」って。


最後に、昔のわたしへ。

あなたはしっかり働いている。
家事も、育児も、仕事も。

あなたは無料(タダ)じゃない。

だから、
自分のことを大事にして。

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カオナシ|50代、自分と話そう。 ☕読んでいただきありがとうございます。 このnoteが心に残った方は、チップで応援してもらえるとうれしいです