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共感とかされなくても、ただ


 穴あけパンチのようにの心を丸く細かく、切り取る女がいる。
「食べたらさっさと片付けて」
 バチン。
(はやて)は明るいバカだからね」
 バチンバチン。
 極め付きは、2年契約の賃貸マンションで同棲を始めて、半年足らずで「なんかつまんないし、別れたい」と宣った。


 だが、穴ぼこだらけの俺はなおもるちに恋をしたまま、せめて彼女に金が貯まるまで、同居を続けようと粘りに粘る。
 子供の如く泣き喚いて気持ちが取り戻せるなら安いものだ。そうはいかなかった。


「もう冷めてるし、あと1年半も颯と暮らす訳ない。いつでも出てくよ、いい?」
「うん」
 ひとりで住むには広すぎるのみか家賃も高い部屋に、いつ取り残されるか分からない不安定な状態で、いっそ違約金を払ってお互い早々に出て行くべきだった。


 最終的にはただ帰る場所として〈元カノ〉を引き留めたなんて、周囲の人々に理解される筈もなく。


 例えば、彼女との生活は懸賞で当てたシャンプー&トリートメントを共有したり、ふたり揃って真剣に餃子を包んだりと、あまり派手とは言えない、ささやかな幸せで出来ていて、それが緩やかに、どこか永遠に続くものだと思っていたら、シャンプーは既に切れており、餃子の皮は破けてしまった。



 昔を振り返ってばかりいる。
 学生時代のるちといえば、決して目立つタイプではなかったけれど、笑顔が印象的な女の子で、キャンパス内にて某ロックフェスティバルのTシャツを着た俺に喜び勇んで話し掛けてきた。

「ごめん。これ、姉ちゃんから貰ったやつで自分は音楽に詳しくなくてさ」
「ああ」

 残念そうな表情を変えたくて「だから教えてよ」と続ける。彼女とは知り合って交際に至るまでが、史上最速であった。
 

「私、颯くんのことが大好きなの」
と可愛らしく甘えた、るちは今や俺に対してゴミを見るような目で
「明日、醤油買ってきて。洗い物もよろしく」
雑に家事を押し付ける。
 こちらが縋って壊れた関係を繋いだため、文句など言う資格もない。
 しかし、できれば以前のように笑って欲しい、俺たちはどの辺りで道を間違えたのだろうか。
 

 そうだ、夏が訪れたら今年こそプールに行こうと約束していた。一縷の望みにかけてシャワーを浴びた後、自室で寛ぐ彼女のもとに向かう。コソコソと廊下に出ると、通話中か、ふたつ先の部屋から楽しげな話し声が聞こえる。

「何せ付き合い長いでしょ? 恋人同士ってか、依存しきって堕落した家族みたいな。じゃなくて、ちゃんと自立してたかった。よっぽど、今の方がラクなんだよね」


 相手が共通の友人・キョーちゃんとはすぐに分かった。
 何故なら仲間うちで現在のふたりについて知る者は彼しかおらず、実を言うとキョーちゃんはるちを完全に異性として見ている。
 ここでは男女の友情は成立しない、つまり俺のライバルで、わざと咳き込んでドアをノックし、
「るちー、風邪薬ちょうだい」
話に割り込む。
 心の在処がどうあれ、共に生活を営む男は俺、お前にその座は譲らぬ(ナイトプールまできっちり断られようとも)。


 俺は同棲を前に結婚を意識した。るちの親とメッセージアプリで交流を図り、順調に外堀を埋めた末に破局、家族のようになれるならば万々歳だが、るちが別れたがった理由も側に居れば何となく伝わる。
 差し詰め〈暑苦しい・重い・面倒臭い〉3拍子揃った俺の恋愛ごっこには付き合いきれなくなった。
 おまけに予定調和の未来が退屈、等々。


 片想いに戻って冷たく遇らわれてもいずれは復縁できると信じていた、が、
「土日、キョーちゃんと車でフェス行くからご飯要らないよ」
で背筋が凍る。
 流石に泊まりがけではなかろうと2日連続で他の男と会うなんて、ましてや知り合いどころではない下心丸出しの危険人物と、どうして?


「駐車場つきのチケット取っちゃったもん。大学生の頃、颯とも遊びに行ったけど。始終、私の写真撮っててちっともステージ観てなかったじゃん」
「世界一かわいくて綺麗なカノジョを記録に残して何が悪い」
「そこだよ、音楽聴けっつーの」

 どつかれて嬉しい俺をよそにるちはスマートフォンでキョーちゃんと計画を立て、本当にマンションの前まで迎えに来た彼の車の助手席に乗り、満面の笑みで手を振った。


 そんなに解放されたかったのか、と、俺は精神的打撃を受ける。
 キョーちゃんが追い討ちをかけるように『本人は嫌がってる。別れたんだからいい加減、同居やめてやって』だとか、信じ難いメッセージを寄越し、即ブロック、SNSで探したフェスのタイムテーブルを睨み付けながら休日を過ごす。


 土曜。るちは汗によって落ちかけた化粧で軽やかに帰ってきた。
 テンションが上がりっぱなし、早口のライブレポート、俺に体当たり、キョーちゃんとは何もなかったと思われる。
 やはりあんなメッセージは狂言だ、騙されてたまるものか。
 日曜。夕飯の唐揚げ(冷凍食品)を食べつつ、アーティストと曲にまつわる交際期間中の思い出をなぞり、項垂れた瞬間、最近は滅多に鳴らない、彼女専用の着信音が狭い部屋に響く。


「もしもし」
 呼び掛けるなり、言葉の数々がグワァーっと吐き出された。

「聞いて、キョーちゃん最悪。まず『颯とは終わりにしなよ』って今日はやたらしつこくて、次にサプライズみたくライブ中に跪いてプロポーズ。付き合ってもないくせに暴走しすぎ。フッたらプライド傷ついたっぽくて、最後は会場に置き去り、有り得ん」

 密かに俺はライバルに同情する。きっと全力で挑んだのだろうが、るちはフラッシュモブ等を嫌う。


 置き去りとはいえ、逞しい彼女は会場からのシャトルバス券を急きょ購入し、最寄り駅まで辿り着いた。

「じゃ、あとは俺がバイクで迎えに行くよ。ファミレスとかでゆっくりしときな」
「ありがとう」

 早く会いたい。るちをバイクに乗せたらあちらが〈合法的に〉俺を抱き締めてくる。
 夢見心地で夜道をひた走った。
 1時間、2時間過ぎていき、片田舎でスマートフォンの地図アプリには表示されない、いかにも潰れそうな飲食店内で待ち合わせる。


 メロンクリームソーダのチェリーをつつく絶世の美女(俺にとっては)とのロマンチックとは程遠い再会。
 バスタオルを被り、Tシャツにハーフパンツ、接触冷感のレギンス、スポーツサンダル、防水サコッシュ、すらりと伸びた手足、コバルトブルーのハンディファン、日焼け肌、奥二重で切れ長の小さな瞳、丸みを帯びた鼻にM字を描く唇、眉毛が隠れる黒髪ロング、マスカラとリップに力を入れたダークなメイク、俺より10cm背が低く、眉毛を下げて笑うところ、寝顔のあどけなさ、好奇心旺盛で社交的、毒を吐くも根は優しい性格で、俺を見捨てずに寧ろ頼る。
 感極まって立ち尽くし、
「るち。やっぱ何もかも、全部好き!」
と想いを告げる。


 こちらの、ヘルメットで乱れた髪、着古した開襟シャツとデニムパンツ、汚れたスニーカーにちらりと目をやると、彼女は溜め息を漏らしてチェリーをメロンソーダの海に沈めた。

「よくまあ簡単に。自分でさえ知らないようなとこがまだあるのに、あくまでも他人な颯に何が分かるのかな」

 でも頬を赤らめており、素直でない点に愛おしさが募る。再びぷっかり浮かんだチェリーの如し。

「確かにー。るちは鋭いね、隣座っていい?」
「あっつい。せめて向かい側にして」


 閉店間際の店内にて、一体どんな気持ちで俺のことを待っていたのやら。確固たる信頼を感じるのは、自分だけ?
 すると、るちはメロンクリームソーダを飲まずにストローごとこちらに差し出す。

「ん。お疲れさま、来てくれて助かった」
「間接……」
「今更うるさいな、騒ぐとあげないよ」
「ください。やったー、ご褒美だ」

 チェリーも、バニラアイスも、今まで口にした中で最も甘く、身体に染み渡った。
 一方通行の恋の味が、喉を通っていく。


 さておき。バイクに乗って後ろから抱きつくや否や、彼女が
「もし1年半後にも颯が同じ台詞言えたら、結婚しよっか、私たち」
といった非常に聞き捨てならない破壊力抜群の発言をし、俺は眩暈を覚える。

「は、どれ!? るち愛してる、死ぬまでずうっと大事にするんで、ヒントは?」
 瞬時にるちが開けた多数の穴が塞がった。

「バーカ」
 キョーちゃんと俺を比べて、大人しく(?)遠路遥々やってきた方に惚れたのか、いやはや、相変わらず彼女については理解不能。
 だがしかし、ふたりの新しい未来が見えたようで、何より。