永遠(とわ)に別れないふたり
認知症の母がグループホームに入って10年の月日が流れようとしている。歳を重ねてなお美しく、足腰が丈夫で健康そのものの母より私の方が老けたような気がした。病気にもかかり、いずれ自分の目は見えなくなる。
その前に少しでも母に会っておきたいとの思いから、面会及び外出を試みて、
「お母さんはどこへ行きたいの」
と尋ねたところ
「お父さんのお墓かね」
廃墟状態の実家以外をあげ、母はニカッと笑った。
振り返れば亡くなる前の父と母は常にふたりの世界におり、出掛ける時は決まって一緒、幸せとは派手な演出がなくとも続く生活のことなのだと娘の私が感じるほど。
しかし、口を開けば互いの悪い点を連ね、いつだか大喧嘩して
「生まれ変わったら他の男と結婚すんだ」
などと母がリビングで声を荒らげる。
そんな素直でない母の認知症は父が亡くなってからじわじわと進み、ついには徘徊するようになり、私たち家族の手に負えず、助けを求めてグループホームに辿り着いた。
場所が良かったのか、はたまた、不安な一人暮らしから解放されたからなのか、以降はだいぶ落ち着いた様子である。
こうして会えるのも普段、母を見てくれている職員らのおかげで、頭が上がらない。
最初は大切な親を突き放したような気持ちで罪悪感に苛まれたが、今では外出時
「じゃ、行ってきます」
と告げて施設を出る頼もしい母の家はここだ、とようやく認められた。

「お母さんはなんでお父さんと結婚したの」
ウインカーの音が車内に響く中、長年の疑問を母に投げかけてみる。
「忘れたね」
「さてはお見合いでしょう」
妙な間があり、ルームミラーに映る白髪頭の母は視線を外にずらした。図星。
高台の霊園。きっと父も町を見下ろして、訳も分からず遊びに来た子供の如く、無邪気に喜んでいることだろう。
「お母さん、私に掴まって……」
ドアを開けて母に声を掛けると、邪魔だと言わんばかりに擦り抜けていった。
すたすたと自分で歩き、迷いなく父の眠る場所に着くとこちらに笑顔を向ける。
「お父さん、元気そうだわ」
「もう死んでるのに」
正直、墓参りは久しぶりでまさか母が正確な位置を覚えているとは思わなかった。
(こんなに愛されてる、お父さんは幸せ者だね)
今日の線香はやたらと目に染みる。手を静かに合わせる母の小さな背中を、生涯忘れたくない。
『死がふたりを分かつまで』──自身の結婚式での誓いの言葉が頭に浮かぶ。
墓参りを終え、父がこよなく愛した和食屋に行こうと車を走らせる折り、あの母がしみじみ「すてきなひとだった」と呟き、ハンドルを握る私は涙が止まらなかった。
ただ、ただ、来世でもふたりが結ばれることを切に願う。
