濁って見えるピンクの下
自分で手放したおもちゃが時折、恋しくなる。
あの女の子は私の神様だった。髪も目も鼻も口も骨格もわがままでちょっと捻くれた性格も全てが理想、変わらず信じていられたなら、ただ部屋に閉じこもってコンテンツを楽しむファンのままで、地下アイドルにはならなかったと思う。
デビューライブを迎えるにあたって、例の如く恋愛禁止となり、喋る言葉が平仮名みたいな緩い男ーー言い換えれば好意を寄せる人ーーのエンドウとの関わりを断つ必要があった。
とはいうものの、とうに一方通行の感情だと判明しており、単に連絡先を消すだけで終わる。
「はいはい、みんなさよなら」
他にも〈運営〉に疑われそうな男友達をまとめてブロックした。考えてみたら指の動きのみで私の世界から追い出せるなど、恐ろしいことだ。
今後は友情や恋愛よりもダンスや歌を頑張って、いずれは地上に辿り着いてみせる。
与えられた名前がアカトキ・ラッコ、名乗るのにやや躊躇うようなものだとしても。

憧れの女の子は前日までピンクを身に纏って都内のライブに出演していたが、その後SNSのアカウントを間違えたのか、素っぴんと目が3倍くらい違うヴィジュアル系バンドマンとの写真に『好き』といった一言を添えて投稿、大いに界隈を騒がせた。
おまけに彼氏側の公式アカウントで『交際の事実はございません』ときっぱり否定つまりは突き放され、嫌われやすい匂わせによって四方八方から叩かれる。
無論、彼女はアイドルグループをクビになった。それでも私は一生懸命庇い、本人に応援のダイレクトメッセージを送ったところ『そーゆーのうざい』と暴言が返ってきて、失望する。
実際、引きこもりで一度たりともライブに足を運んだことがない〈真の在宅オタク〉には様々な理解が及ばなかったため、火に油を注いてしまったのだ(今はあちらの気持ちが少し分かる)。
そんな中、載せた自撮りが爆発的に拡散されて現在の事務所に声を掛けられた。
奇しくも同じメンバーカラー(ピンク)で、衣装にも取り入れられ、カラカラに乾いた笑いが漏れる。
「ラッコちゃんは余裕っぽくていいね」
リハーサルを終えて楽屋に戻ると、隣の席で慎重に涙袋を作り込むブルー担当のハクボ・メジロがつぶやく。頻りにアイライナーで線を引き、ぼかしては首を傾げた。目の下には不自然な影が十分に出来ている。
「そう見える?」
「うん。だって、ばっちりメイクしてきたし」
そこまで話すとメジロはアイライナーの蓋をカチッと閉め、差し入れのスイーツを摘む。
私は続きを待つも、彼女は化粧に集中し、本番前も他のメンバーと仲良さげに喋った。
いまいち馴染めないグループ、生地がペラペラな安っぽい衣装、ピンク色のシールが貼られたマイク、理想を塗り替えて、完璧な偶像と化する、3・2・1……ステージに出たと同時に、狭苦しい客席の後方に立つ背が高い男性と視線がぶつかり、危うく叫びかける。
エンドウがペンライトをピンクに光らせていた。
かつて一途に想った相手が、アイドルの私を推してくれる。
想定外の展開で未練がましく恋心が疼き、生涯、忘れられないライブが始まろうとして、ふと気が付いた。
彼の隣にツインテールの女の子が居る。
こちらを馬鹿にしたような笑みを浮かべ、エンドウの肩に触れて、何かを耳打つ。
しかも腹が立つことに、私よりだいぶ顔が整っており、フリルのブラウスとジャンパースカートがよく似合った。
何も本命を連れて来なくても良かろう(一瞬、舞い上がって、すぐ落とされた気分)。
自ら、けりを付けた青春が無駄な期待で蘇る。ひょっとすれば元ピンクの彼女も、これに翻弄されたひとりかも知れなかった。
こうやって過去が追い掛けてくるので、もうおもちゃは捨てて、たとえ特典会に現れても知らぬ振りを決め込もう。
このように心を掻き乱され、当のエンドウは恋人を連れてそそくさと帰り、初めてのライブはダンスも歌もお遊戯会以下の散々な結果で幕を閉じる。
