少し肌寒い朝に扇風機を止めるような
僕は冷やし中華が嫌いだ。小学生の頃の夏休み、母が毎日のように素麺と交互に昼食として出してきたので食べ飽きている。
我が家の具は、紅生姜、(薄焼き)卵、もやし、きゅうり、ハムであり、それがいつまでも揺らがなかった。
「たまには違うもんがいい」と言ったが最後、愚痴を並べる母に追い掛け回され、余計に暑くなる。当時の僕は無知であった。
子供が1か月と少々、学校を休むと親はどれほど大変か、とか、3食の献立を考えて、作らなければならない、とか。
想像力も足りずに、ただ、味の殆どしないきゅうりだけを残して、元気いっぱい友人宅に向かい、宿題は最後の1日にべそをかきながら仕上げるような、よくいるタイプのキリギリスだった。
大学進学を機にひとり暮らしを始めてから、ようやく母の苦労が分かっても、もう遅い。
恋人ができて滅多に実家には帰らなくなり、『お正月ぐらいは顔を出しなさい』という連絡さえ疎ましく思っていた。
散々逃げて結局、実家を訪れたのはその恋人を家族に紹介したくて、つまりは結婚する前だが、幾ら夏とはいえ母が晩餐用に選んだ品に冷やし中華が含まれており、僕は言葉を失った。
何もこんな時に地味な料理を振る舞う必要はなかろう。
加えて、後の妻にあたる椿(つばき)は麺類が苦手で不安のあまり、そうっと彼女を横目で見ると
「わあ、おいしそう。ありがたくいただきます」
満面に笑みを浮かべて、躊躇もなく箸を付ける。
父から勧められるままにおかわりまでして、これにたまげた僕は椿のことがもっと好きになった。
と、いうのはさておき、翌々年に女の子が産まれる。椿のごり押しでつけた名前、〈れね〉が良かったのかどうかは不明だけれども、娘の為なら何でもできる気がした。
キリギリスを脱して、誰よりも仕事を早く片付け、帰路につく。
当然ながら、夫婦どちらの親もかわいい孫に会いたがり、西から東から頻繁にやってくる。
予定が被ってしまい、大集合も度々あるので椿の心配をすると、
「お父さんお母さん達とは、元惟(もとただ)くんが話してくれるでしょ? 家事も積極的っていうか半分以上やるし、助かってるよ」
と彼女はのんびり答えた。
僕らは幸せな家庭を築き、物語であればめでたしめでたしと締め括られる生活を送り、僕はれねの成長を見せるべく必ず帰省し、
「まさかこの子が。人って変わるのね、椿さんのおかげよ」
母が涙ぐむ。
そうして、あれこれ大人が喋っているうちに毎回れねが眠たくてぐずり、車に乗せて連れ帰る。
僕の両親、特に母はいつも車が完全に見えなくなるまで家の前辺りに立ち、手を振っていた。
バックミラーで確認する度に夜間は危険だから、とっとと門の内側に入れ、などと心の中で叫ぶ僕は、やっと気付けた親の愛情によって泣きそうで、慌ててカーオーディオの音量を僅かに上げる。
「私、すっかり冷やし中華が好物だと思われちゃってるよね。でも、お義母さんが作るものは特別なの。分かる?」
れねを寝かしつけた椿が嬉しげに話し掛けてきたので、
「普通だよ」
僕はハンドルを切って、淡々と返す。
でなければどうにも目が潤み、運転どころではない。
「ドレスとタキシードでコンビニ行って おにぎりとサンドイッチ買おう きっと 今の私達に足りないのはそういう自由」
車内に流れる音楽の歌詞の滅茶苦茶加減で、涙は引っ込んだものの、僕らを見送る母の姿が忘れられず、なおも自分は冷やし中華が嫌いだ。

★先日の昼頃、軒先の日陰で静かに揺れるミニヒマワリを目にして、そのひたむきさに胸を打たれました。美しくどこか切ないのは果たしていつか枯れてしまうからでしょうか?
