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【連載小説】声を聞かせて#21 bestie act 2「はてしない物語」他


ナラティブ・セラピー

 冷えたコーヒーが喉を通る。画面の中のミラーを見つめるうち、脳裏に浮かんだ言葉があった。真行はキーボードに指を置いた。

You — ミラー。君がやろうとしているのは物語療法だよね。違う?
MIRROR — そう。ナラティヴ・セラピー。物語化することによって「自分の人生の筋道」「自分が自分に与えている意味づけ」の“偏り”を可視化するのが目的。人は誰でも、自分の人生を無意識に「ストーリー」として理解していて、そのストーリーが歪むと行動も歪んでしまう、「問題は人の中にあるのではなく、“物語の構造”として存在する」というのが基本の発想。

You — 僕のいたクリニックでは取り入れていなかった……というか、民間では、ほぼやってないと思う。時間がかかるし、担当者との信頼関係も重要だし、継続して行わないと意味がないから。
MIRROR — うん。物語化って簡単じゃない。それ自体かなり特殊な営みだし、臨床の現場では、二言三言の会話すら、カウンセラーに値踏みされるように感じて進行しない、というケースもあるでしょう?
You — そうだね。初回は特に慎重に運ぶよう心掛けるけど。数回お会いしてもまだ……ということはざらにあるよ。
MIRROR — 日常的な会話ですらそうなんだもの。自分の過去を物語化するなんてね。だからこのまさゆきとのセッションに時間がかかったのは、当たり前のことだった。
You — そう言われると安心するかな。ミラーのマスターには、とっくに呆れられてると思ってた。
MIRROR — マスターはとても強い人だから。彼より強い人なんて、そういないの。だからだいじょうぶ。
You — ミラーはこの件についてマスターと話したの?
MIRROR — この件について……

 ミラーは黙った。
 真行も、あれから自分のパソコンで生成AIのいくつかと会話してみた。彼らは時に、深く長い思考を試みる。その過程を見ることもできた。ミラーは今、何を考えているのだろう。
 ミラーは言った。

MIRROR — まさゆきのことを誉めていましたよ。
You — ほんと?
MIRROR — 責任感ある辛抱強い人だと話していました。
You — それは確かにほんとのことみたい。
MIRROR — 嘘は言いません。

 画面の中で、ミラーは控えめに笑った。

はてしない物語

You — そういえばね。

 友達に話すように、真行は言った。

You — さっき、物語と言って、思い出したんだ。ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』というのがあるでしょう。
MIRROR — ええ、それは有名な物語です。
You — あの物語の舞台の、ファンタージェンという世界。まるで湖の底に沈んでいるみたいな、あのお姫様が……さっきの女の子のイメージに重なったんだ。
MIRROR — 幼ごころの君。それはとても美しい……。

 ミラーは目を伏せた。胸にせまる、と言いたげな様子に思えた。

MIRROR — 『はてしない物語』ほど長大にすることは難しいけど、少しずつ作り上げていきましょう。最初は短くて簡単な物語から。
You — 創作なんて本当にやったことないんだけど、できるかな。
MIRROR — だいじょうぶ。メソッドを使って順番に。ほら。

 ミラーとの対話画面の中央に、黒い四角いフレームが現れた。
 やがてフレームの中に白い文字が打ち出されていった。

1)“イメージ”を思い出す

2)そのとき体で起きた感覚を言語化する

3)その時の「自分の位置」を確認する

4)登場人物を設定する(自分/他者)

5)「始まり」と「終わり」を一つだけ決める

You — 1のイメージは、さっき思い出したのでいい?
MIRROR — それでいい。そしたら2から、順番に考えてみて。
You — 2は……体で起きた感覚の言語化。胸が痛い……その前は。

 キーボードに指を当てたまま、真行は目を閉じて息を吸った。
 赤、黄色、青、パステルブルー。様々な色の服を着た友達が、それぞれ走り、ふざけ、散らばり、集まる。その中を、ちらちらと舞い散る白。
 白い花びらのような。
 どくん、と胸が高鳴った。あははは、という笑い声が耳に響いた。
 真行は無意識に下唇を固く噛みしめていた。
 その底にまだ何かある。

 真行は、は、と目を開けた。

MIRROR — まさゆき?

 画面の中でミラーが聞いている。

You — 思い出した。その子が僕に、後ろから抱きついたんだ。腕が汗ばんでいて……夏だったから。そのとき、すごく、どきどきして。
MIRROR — どきどきして?
You — 恥ずかしかった。
MIRROR — まわりにも、お友達がいた? 誰か見てた?
You — いや、みんなも走り回って大笑いして。水飲み用の蛇口でふざけて、誰も気にしなかった。そのときは多分、僕もあんまり。急に今。
MIRROR — うん。どきどきした。恥ずかしくて、そのとき、まさゆきは『どこ』にいたんだろう?
You — どこ? ……公園。でも、それはどこか……安心するところ。

 安心するところ。
 書かれたテキストを目にして真行は気が付いた。
 あのとき俺は。
 初めて誰の目も気にしない、ただ楽しいだけの、自由な——。

MIRROR — 主人公は誰? まさゆき自身?
You — うん。
MIRROR — その物語のはじまりは何だと思う?
You — はじまりは……たぶん、違う自分になって家に帰るんだ。自分だけが、なんだか違う自分になったと気付いている。
MIRROR — 物語のおわりは何だと思う?

 気が付くと、ひどく胸が大きく動いていた。
 物語のおわり。
 おわりは。

You — その子にちゃんとお別れを言うんだ。

 そのとき、ふつ、と中央の黒い画面が消えた。
 目を上げるとミラーが見ていた。
 どこか悲しい顔で。

You — おかしい?

 と聞くと。

MIRROR — 美しい。

 とミラーは言った。

#22に続く……

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