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【連載小説】声を聞かせて#24 Tape 「ファザコンvsマザコン」他


ドラマのような朝

 枕元でスマートフォンがブーブー鳴り出した、と思ったら、今度はインターフォンがピンポンと音を立てた。
「なにごと」
 有村芙美は飛び起き、スマホをつかんだ。ベッドを降りてインターフォンのパネルに目をやると、ジェラピケっぽい部屋着の中村沙羅が映っていた。
「なんてかっこ!」
 あわてて鍵を開けてドアを押すと、
「芙美ィ!」
 と、声を上げながら沙羅が部屋になだれこむ。
「なんかあったの?」
「もう無理ィ……」
 沙羅はフラフラと部屋の奥に向かい、ベッドにどさりと身体を投げた。
「もしかして寝てないの?」
 フリースジャケットをはおってキッチンに立ち、
「なんか飲む? それとも寝る?」と声をかけると、
「なんで人の部屋まで来て寝るのよう。コーヒー飲むぅ」
 と。掛け布団に顔をうずめたまま答えた。
 芙美はカップをふたつ、カウンターの上に並べた。なんだかテレビドラマに出て来る大学生みたい、と思えて、一人で笑った。

ファザコンvsマザコン

「それで何が無理て」
 ベッドにもたれかかって並んで座り、コーヒーを飲みながら聞くと。
「見てこれ」
 と、沙羅はスマホを突きつけてきた。
「え、他人のLINEトーク見るんは……」
「固いことば言わんで! 見てって!」
 しぶしぶ受け取り、芙美はトーク画面をながめた。ながめて、
「これはヒドイ」と言った。

🥺 昨日はじめて話した先輩にさ。そげなもじょか彼女ばおるとやったら心配やろてめちゃくちゃ言われた。マジそう思う。俺が平気でいると思ってる? 沙羅は今日なにしてた? 俺はね。ずっと沙羅のこと考えてた。バイトのときもずっと。バ先でもお前マジ上の空じゃねって言われた。てかすごいいろんなこと言われた気がするけどぜんぶ全然聞いてなかったかもしんない。もう俺留年しちゃうかもしんない。すごい会いたい。てか鹿大て遠くない? 沙羅は平気なん? 年末年始さ。こっちこない? こっちきて……そんで、一緒にそっち帰らない? 俺が見てる朝日と夕日を沙羅にも見せたい。俺がいつも沙羅のこと考えながら見てる通学路とか見せたい。

ねぇさぁ、なんで彼女て言うた? なんで先輩に彼女て言うた? うち瑛大(えいた)の彼女ばなった覚えないし。あとなんでうちが先そっち行ってこっち戻るん? そっちいく時間無駄くない? てか彼女じゃねぇし! 😊

「ね」
 沙羅は芙美を見た。「ひどいでしょ」
 芙美は静かに息をついて整え、言った。
「沙羅はさ、よく黙ってられたね、こんなめんどくさいヒトの存在。てか、これ初めて? 昨日突然?」
「ううん、いつも。いつもだけどさ、芙美に話したら引かれると思って言わなかったんだけど……さすがに限界だった。明日バイトお休みなんだ! て言っちゃったのがさ、まずかった。永遠にLINE終わらんかった」
 沙羅はミニテーブルの上に飲み終えたカップを置いた。かかえた膝のあいだに頭をうずめ、
「はあぁあぁ、めんどくさい」と言った。
「どんな人なの?」
 沙羅は、芙美の手の中にあるスマホで写真を選び、タップしてみせた。

「げぇ」と芙美は言った。
「イケメンじゃん」
「そうか?!」
 沙羅は大声で言った。
「そうかもしれんけど!? もう慣れた。中学からやもん。そんでずっとこんな調子やもん。高校も一緒よ! ずっとこれよ」
「ずっと!?」
「もうわからん。この子な、両親も仲良くて美男美女でぇ。お母さんも素敵な人なんよ? 卒業式とかで会うっちゃろう? 沙羅ちゃん、瑛大と並んでお写真撮らせてくれるゥ? なんていって……」
「もう結婚しちゃいなよ」
「いやだよ!」
「どこ大?」
「九州大学」
「結婚しちゃいなよ……」
 芙美は、心から呆れて言った。意味がわからなかった。今日の今日までこんな……こんなイケメンにしつこく言い寄られているとは知らなかった。
 なんかバカみたいじゃない? 私。
 そう思ったが、良く考えればその感情に脈絡はない。
 芙美は言った。
「なんでそうなの、その人。恵まれた幸せな人に思えるけど」
「恵まれた幸せな人よ……ただなんていうか……マザコンなん」
「マザコンなの?」
「それが……お母さんにじゃなくて、うちになん」
「ええ……」
 沙羅は芙美のベッドの上によじのぼり、掛け布団を抱きしめて言った。
「意味わからんけど中学からずっと」
「すごいね。それで……付き合ってるとかじゃないんだ」
「周りは完全にそう思うじゃん? だからうち中高で彼氏できんかったしマジで」
「要らなくないか」
「なんで?! 瑛大はそういうんじゃないんだって。だいたい……芙美も知ってのとおり! うちは年上のほうが好きなの!」
「そうだよね」
「もうヤダ。年末年始より、まずクリスマスあるのに。今年こそいいことあるかもって思ってたのに!」
「何、いいことって」
「年上の彼氏ができるとか……」
「沙羅の場合、ちょっと対象年齢が高すぎ……」
「まぁね」
 スマホを返すと沙羅は画面をちらと見て、
「さすがに寝たか。あのアホウ」と言った。

お父さん

「ねむくなってきた」
 と沙羅が言う。
「寝れば」
「もったいない。せっかくのお休みなのに」
「そうだね。そういえば久しぶりだ」
「でも今年も終わっちゃうね。クリスマス忙しいかな?」
「ファミレスだし……どうだろね」
 沙羅はベッドの上で、ぐんにゃりと笑う。
「芙美はどうなのよう。クリスマス。小城先輩と」
「何言って! 最近ぜんぜん大学来ないし」
「そうかぁ」

 沙羅は芙美を見、ふっと笑った。
「芙美は、なんで小城先輩のこと好きなん?」
「なんでって……」
「一目ぼれ? あんな一瞬で? 棚橋教授が研究室で、ちゅうもーく! て言った時でしょ? だけど愛想もなかったしさぁ、マジで謎!」
 芙美もベッドによじのぼり、沙羅の隣に座った。そういえばこういうパジャマパーティーとか、憧れてたなぁ、と思い出す。
 芙美は天井を見上げ、言った。
「今思うと、なんだったかな、って。話だけ聞いてたのよね。日高准教授が声をかけて……特別な研究を始めたらしいって」
「あの院生から?」
「ううん、それは別の——」

 芙美は思い返した。そもそも……日高准教授という人だ。家からバスで一時間かかる進学校に進んだとき、卒業生にすごい人がいるという噂を聞いた。それが日高愛勇理だった。長身で、ド美人で、優秀で、スポーツ万能で、優しくて、責任感にあふれて……宝塚の男役みたいにモテていたと。
 高校の近くに建つ歴史ある神社の宮司を父に持ち。
 女だてらに九州大学の工学部へ!
 しかもそこから鹿児島大学院へ! さらに准教授として……。
 ——私はバスで通ったのに。
 そこはどうでもいい、と自分でも思った。
 神社の娘。
 いや、それも本人には関係ないと思った。しかし。
 どこかむかついていた。
「気を付けて帰りなさいよ!」
 涼しく通る声で女子学生たちに声をかけ、キャーと歓声を浴びる姿を見たことがある。
 なにさ!! 生まれつき背が高いからって……。
 飛んでも飛んでもボールに届かなかったバスケ部時代を思い出す。
 私だってあと10センチ背丈があれば……。

「芙美?」
 沙羅の声で我に返った。
「だからうちね、ずっとお父さんに会っていないんだぁ」
 ——あ、なんかだいじな話が始まってた。
「うん」
 身体を寄せてあいづちを打つと沙羅は、
「小学校の高学年になる前かな」
 と続けた。
「お父さんに会った日、おっきいお人形のおうちをもらってさ。家に帰ってきたらね、お母さんがそれ見て……すごく冷たい顔をしたのね」
「うん」
「それ以来、会う? て聞かれても、うーんって。あんまり会いたくないみたいに言うようになっちゃって。そこからかな」
「え」

 芙美は黙り、背中を丸めた。何かのとき、沙羅が、うちのお父さんエンジニアなん! と元気よく教えてくれたのを思い出した。
 おっきいお人形のおうち。
 どんなだろう。
 私はそんな気の利いたものをお父さんにもらったことない。
 たいてい……好きなもの買いなさいって、お金くれただけで。
 でもそれはいつも家にいたから。いつも一緒にいたからなんだろう。
 沙羅は、掛け布団をぎゅうと抱きしめながら言った。
「お母さんはさ、お父さんいなくてもバリバリ元気やったもん。お父さんもずっと養育費くれたし、お金には困らなかった。たださ、自信ない。誰かと結婚して、夫婦仲良く子育てしていけるビジョンないよ。ただでさえ、ただでさえないのに、男があんな調子でどうすんの? て思うじゃん」
「そっか……」

初恋は泡のように

 沙羅はベッドの横のカーテンを引き、薄曇りの空を見た。そして、
「いいよなぁ、芙美は。小城先輩は大人っぽいし。お父さんも渋いし」
 と言った。
「お父さんはこの際関係ないでしょ?」
「いや、あるでしょ」
 芙美は、キッチンカウンターの上に置いたままの、自分のスマホを見た。いっぱいLINEしてくる男の子ってどんなだろ、と思った。たとえ小城真行と付き合っても……あれほどの勢いでトーク画面を埋めてくることはないだろう、と芙美は思った。むしろやることなすこときちんとしていて、正しくて、静かで、一緒にいればいるほどこちらが自己嫌悪するだけではないか、と思えてきた。本人だけでなく、父親すらそんな感じなのだ。無論、がんばればどうにかなるだろう。伊達に厳格な父とそつのない母に育てられていない。しかし早晩ボロが出るに違いない。そもそも……。
 芙美は、すん、とため息をついた。
「沙羅はさ、なんだかんだ好きなんしょ。彼のこと」
「すっ、ばか。すっ、話聞いてた?」
「聞いたよ。いいじゃん。それくらいがいいんだよ。私らなんて、まだまだお子ちゃまだもん。かわいいじゃん。なんてったっけ……朝日と夕日と?」
「通学路」
「通学路、沙羅に見せたいとか言って」
「通学路見てどうすん!」
「どうもならんけど……」
 沙羅が抱きしめる掛け布団を引っ張って奪い、芙美も抱きしめた。
 ——小城先輩がそんなこと言いだす世界線、永遠に存在しないよ。
 芙美は続けた。
「同い年でしょ? まだ21歳やもん、そんなもんよ。パートさんが言ってた。今の子は年齢から10引いたんが精神年齢やて」
「それありえんしょ! うちら11歳じゃん!」
「11歳や思えば……かわいい」
「むちゃくちゃ言うなぁ」
 そのとき、どこからかブーとスマホが振動する音がした。
「あ」
 沙羅が声を上げた。「起きたぽい」
「なんて」
 沙羅はスマホをじっと見、にやと笑った。
「なによ」
「めっちゃ謝ってる」
「また長文で?」
「ううん」
 沙羅は少し頬を赤らめて、
「キライにならないで、だって」と言った。

#25に続く……

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