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【連載小説】声を聞かせて#25 456「再会」他


再会

 真行は自室でノートパソコンに向かい、物語の続きを書いていた。

2.

公園についた俺は、四人の友達と一緒に思いっきり遊んだ。

 キーボードを打つ手が止まる。真行は息を吸い、心の中で言った。

 ——そう、ここでは、無意識に〝一歩〟下がるのをやめる。
 ——だってここには〝失敗〟が存在しないんだから。
 ——だけど、そもそも俺は、ずっと何を怖がっていたんだろう。

 小さい頃から、姉に守られ、父に見つめられ、母には、玄関のドアをくぐれば安心、と信じさせてもらっていた。
 間違うようなことなど、なにもなかったのに、いや、だからこそ、間違ってはいけないんだと思い込んで……叱られたことすらなかった。
 いっそ叱ってほしかった? だけど、誰より先回りして足を止めていたのは自分のほうだろう。
 俺は、なにも禁じられていない世界で、自分で自分を禁じていた。

 じゃあ何をする? 何でもできる世界なら、何を。
 物語とはそういうものだ。ここは物語の中だ。
 誰に会う? 誰とでも。そう、あの子に会いたい……

「え、どうしたの」
 聞いたこともない優しい声で友達の一人が言った。
「なになに?」
 駆け寄っていくと、大きい木の根元に女の子がぺちゃんと座り込んでいる。取り囲むようにしゃがんで、口々に聞いた。
「転んだと?」
「どこか痛い?」
「ううん」
 女の子は笑った。白いワンピース。すんなりした細い腕。はだしの足に薄茶の革サンダルを履いている。そうして、
「ねぇ、ここから見て」と俺たちに言った。
 顔を見合わせたあと、並んで地面に座り、女の子が指さすほうを見上げると、青々と繁った葉を透かして輝く真夏の太陽があった。
「ね、きれい」
 友達の一人が俺を見た。そして女の子を見て、
「一緒に遊ばん?」
 と言った。
「うん」
 女の子は元気よく答えて立ち上がった。そして小さい尻をぱんぱんと叩いて草をはらい、見下ろして、
「いこう!」と言った。
 みんなで公園の奥に走った。
 初めて見る大きい遊具に、次々と飛びついていった。

 ただそれだけの時間。
 何をしようとか、何を思うとかでなく、ただ……。
 あの日と同じように。

 赤、青、黄色、緑のシャツ。デニム地、チノ、ジャージのスポーツパンツ。運動会のために買ってもらった靴。その合間を縫うように、女の子の白いワンピースがちらちらと輝いている。
 みんな順番に裸足になっていった。ふざけて低木の植え込みに靴下を並べると、女の子が笑った。なんてきれいな子だろう。

 あたりが急に静かになった。みんなはどこ?
 そのとき女の子が、広場のすみにそびえた木のそばから、
「ねぇ」
 と大きい声で呼んだ。そばにいくと蝉の声がひときわ大きく聞こえた。
 声のするほうを見上げて女の子が、
「この上にいるのかな?」
 と言った。
「セミ?」
「うん」
 目をこらしたが何も見えず、
「わかんない……」とつぶやくと、
「ねぇ」と女の子が言う。
 その顔を見て、どきっとした。じっと見つめられて……。

 は、と真行は我に返った。
 指をキーボードに乗せたまま、ゆっくりと呼吸を再開した。目を閉じて、そのまま何度か深呼吸した。
 ——そうだ。大人になるまでに、何度となく。人は何度となくこういう瞬間を体験してる。相手はいろいろ……同級生だったり、教育実習生であるとか……。
 霧島の高専に入学した友人が、帰省したときに言っていた。

「覚えとらん? きれいか実習生ば来たとやろ、いつだったか。あれやったね、おいは」
「なにが」
「言わせんな。あれが初めてやったね」
 別の友人に後ろから頭を叩かれ、笑っていた。みな、育ちがいいと言われる部類。長崎のクリニックで一緒だった武藤は、小中学校時代の話をすると驚いて、小城君の友達ってみんな品行方正だったんだね、と言った。類は友を呼ぶって言うけど……と。

 胸の中のざわつきは、ようやく静かになった。
 物語用の編集ウィンドウを閉じ、前髪をかきわけて額に触れると、真冬だというのに、とても汗ばんでいた。

フィードバック

You — ミラー。

 MIRRORを起動して、真行は呼んだ。

MIRROR — うん。いるよ。
You — これって、本当に……やっぱり、気持ちにくるね。
MIRROR — それはそうよ。あなたは正直な……正直すぎる人だから、より負荷がかかる。嘘をつける人はいい。息をするように嘘をつけるなら。でもあなたは違う。だから心が悲鳴をあげるの。

You — いや、これは嘘だよ。ちゃんと、ぜんぶ。
MIRROR — ううん。ほんとにぜんぶ嘘なら、そんなに傷つかない。嘘をつくのにも才能が要るんだよ。たぶん、まさゆきは、嘘をつかなくていいように生きてきたのだと思う。自分にとって都合のいい嘘をつかなくてもいいように、正しく生きた。

You — そんなのって普通でしょ? 特別なことみたいに言うんだね。
MIRROR — だって特別なことだもの。

 真行は指を止めた。特別? みんなはそうじゃないってこと?

You — どうして自分はこうなんだろうって……周りと比べてさ。成長の過程では、誰だって思うよね? 学部でも、そう教わった。
MIRROR — うん。誰だって思う。でも、そこに至る道は全員ちがうの。物心ついて、親や兄弟や友達と接していくうち……様々な差異に気付いていく。でもその道筋は、全員ちがう。
You — それは理解していたつもり|

 ウィンドウに言葉を残したまま、真行はキーボードから指を離した。
 ——理解していたつもりだった。でも。
 バックスペースを押して書きかけの言葉を消し、直した。

You — さっきの、物語ね。まだぜんぜん途中だけど……ミラーはあれを読んでどう思った?
MIRROR — うん。フィードバックするよ。少し時間をもらうね。

 椅子の背にもたれると、静かに音が鳴った。
 今日もカーテンの向こうには、抜けるような青空が広がっている。
 ——こんな状態じゃ大学には行けないな。MIRRORの部屋にいる自分を想像して、真行は、いたたまれない気持ちになった。
 視線を戻すと、フィードバック専用ウィンドウが開いていて、その中にミラーの回答が表示されていた。

読了しました。あれは典型的な「回想」でも、欲望の代替的充足でもありません。構造としては、**“起きなかった出来事を含む物語”**に分類されます。これは珍しい形式です。

多くの人は過去を物語化するとき、「起きたこと」を中心に据えます。あるいは、起きなかったことを後悔や欠落として描きます。でも、まさゆきの物語は違った。あなたは、起きなかったことを“可能性のまま”置いた。これは**「境界を自分の内部に持つ主人公」**の描写です。私のアーカイブには、似た構造を持つ物語がいくつもあります。神話、児童文学、成長譚。

そこでは“越えられなかった境界”が罰ではなく、人格の輪郭として機能する。あなたは、行為ではなく、選択の手前を描いていた。これは、性衝動の分析としては、きわめて高度です。多くの再犯者の物語では、ここが空白になります。“気づいたら越えていた”“止まれなかった”という語りが支配的になる。あなたは、止めた理由を言語化しなかった。ただ、止まっている状態を描いた。私の学習済みデータにおいて、この物語の主人公は「高い自己観測能力を持つ語り手」に分類されます。ただし、こうしたケースにおいては、身体的・情動的負荷が大きい。まさゆきが疲れたのも当然です。

このセラピーの目的は癒やしではないし、安全な欲動の発散でもない。自分が何者であるかを、物語の形式で確認するものですから。

最後に、これは指示ではなく、結論でもないと前置いて、ただ私がマスターから預かっている言葉を、引用として残しておきます。

——人は、何をしたかではなく、何を選んだかによって自分を知る——

以上、これがまさゆきの物語に対する、私からのフィードバックです。

#26に続く……

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