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【終了報告】スナック社会科vol.12「『いつの日かガザが私たちを打ち負かすだろう-早尾貴紀対談集-』刊行記念 早尾さんと小田切さんにもっと嫌な話を聴く」が終わりました

 今回はコンパクトにまとめるぞ!と思いながら、やはり3時間は軽くオーバーしてしまいましたが、無事終わりました。会場は久々の方との再会や、初めましての出会いもあり、また皆さん話に積極的に入ってきてくださったり、リアクションをいただいたり、少人数ながらライブ感あふれるものでした。また、途中でフードが少なくなり、仕込みは小田切さんが全部やってくださったので、切って混ぜるくらいやるかな、と思ったら休憩時間中に終わらず、戻れずで、その間、場を回してくださった早尾さん、本当にありがとうございました。アーカイブはまだまだ配信&発売中なので、どうぞ宜しくお願い致します。

ご視聴いただきましたら、是非ご意見・ご感想もお寄せください!もちろん、早尾さんと小田切さんにも共有致します!

 毎回、毎回、終わると反省と話し忘れたことばかりなのですが、まずは資料の共有ドライブに入れた英文資料について。
「Address by Prime Minister Ariel Sharon Meeting with the jewish community in paris」
 こちらは、2005年にイスラエルのシャロン首相(当時)がフランスのユダヤ人コミュニティと行われた会談の席でのスピーチ。「難民はパレスチナに戻れ、でも1967年に決めたボーダーは現実的ではなくなったから狭くなるよ、お金もかかるし、政治的にも大変だけど頑張るよ(お金は協力国が出すよ)」、みたいなことが、書かれていて(雑訳、私。に、小田切さんのアドバイス)もう既に20年前のシャロン首相の段階で言われているわけですね。これについてまるっと触れなかったことに気付いたのでしたが、小田切さんがnoteにでもしようかな…との事なので、その際はまたお知らせ致します。英語がお達者な方は是非読んでみてください。

 あと、同じく資料に年表を入れたのですが、これについても全く説明しなかったのでこちらで。これは昨年、『なぜガザなのか』刊行時に早尾さんをお招きした時の配布資料からの転用なのですが、3行付け足しております。付け足したのは「1899年 第一回国際平和会議」と、前回の年表が2023年で終わっていたので、2024年と2025年を付け足しました。一番右端の「わたし」と書かれた行は、自分のライフイベントを書いてみると(生まれる前の時代は両親や祖父母のライフイベント、または自分の気になる歴史的な出来事)より、立体的にその時代の空気や時間の感覚が掴めるかなと思いまして。
 1899年の第一回国際平和会議(ハーグ会議)を付け足したのは、『いつの日かガザが私たちを打ち負かすだろう』の第二章「パレスチナと第三世界」で、林裕哲さんの発言にハッとしまして、これは大事だなと思って付け足しました。本書をまだお読みでない方には、こちらのnoteでその林さんの発言に触れているのでご参照ください。この前、国際法関係の本を読んでいて、その中でもやはり1899年には触れられていたのですが(国際法誕生になったともいえる会議だし)、帝国主義諸国主導で進められたことなどは書かれていなくて、そのへんを知らずに読んだら西側諸国(日本含む)が、善き歴史を作ったかのように読めてしまって、それは良くないなあとも思ったので。
 まあ、本当に平和希求のための国際法規が実現していたらその後の第二次世界大戦は起こり得ないし、やはり帝国主義諸国主導で行われたため、その欲望を否定しないものとして作られた時点で不完全というか不正義ですよね。その国際法の戦時犯罪等は全くイスラエルに適用されないし、ICC(国際刑事裁判所)にネタニヤフの逮捕状を出されても痛くも痒くもないわけだし。

 あと、中盤くらいに「パレスチナに行ってみよう!」という話で盛り上がったのですが、その後の打ち上げの席上で、小田切さんが「そのうち渡航制限かかるんじゃないかな」とおっしゃっていたので、行くとしたら早いうちが良いかも、と付け足しておきます。でも行きたいですね。「ただそこにいる」をしに行きたい。
 そもそも外国人が行ける行けない以前に、パレスチナの人が自分たちの土地を自由に行き来できないこと自体がおかしいんですよね。

 そもそもで言えば「占領」自体が不問になっておることがおかしい。一昨日はCEAPAD(パレスチナ開発のための東アジア協力促進会合)の話が出来て良かったと思ったけど、こういう「占領状態が続いている異常」を丸無視して行われる経済開発というものが、そのままイスラエルの対パレスチナ政策に乗ってしまうことになるので、勘弁して欲しい。
 そして、話の中でも触れたけど、日本がこの開発会議でパートナーを組んでいるパレスチナ自治政府の役人も、「パレスチナを代表する者ではない」ということ(今のところ最後の選挙となった2006年の総選挙でハマスが第一党になった)。PLO≒パレスチナ自治政府(PA)≒ファタハ(が大半)になっている状況で、その立場の人間と国際協力を進めるということはオスロ体制の強化と継続にしかならないということ。そんなことを続けている限り、ガザが、パレスチナの人々が解放されるわけがない。これはもっともっと知られてほしいし、沢山の人の注視が必要だと思います。

 すっかり長くなってしまったので、続きはまた。あと、もうひとつ忘れたこと、「戦争への抵抗について」ご質問をくださった方!、あの質問もとても大事な質問だと思っていて、えらそうに色々言ってしまったけど、私個人としても、スナック社会科としても、具体的な抗い方は考えていきたいところで、終わったあとお話したいと思ったのですがタイミングがないままで。もし見てたら、また来てください!もしくはご連絡ください!
 その他の質問も、いろんな方向からお寄せいただいて、早尾さんと小田切さんの回答もまたぜんぜん違う方向からで、その回答になかなか厳しいものもありましたが、それがいまの現実であり、パレスチナを知るお二人の切実さでもあり。

 しかし、当日の冒頭で参議院選挙についても触れましたが、投開票日の翌日にこうして集まって話すことが出来て、状況は絶望的であるけれども、これからについて考えることが出来て、危機感を持つ人たちと場をともにすることが出来て良かったです。

 最後に、今回ものびのびやらせてくださったlighthouseの宣伝も兼ねて、『いつの日かガザが私たちを打ち負かすだろう』の通販ページを載せようと思ったら再入荷待ち!。イベント効果だったら良いな。

ではまた!

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