禅の心と深夜0時のJAZZの時間「淡光流転(たんこうるてん)」

私の作品紹介
今日のテーマ:淡光流転(たんこうるてん)
淡光流転(たんこうるてん)は造語です
意味をあえて言うなら
淡い光が
とどまらず
静かに移ろい続ける状態
変化そのものがやさしい
という感じでしょうか
禅とコラム「淡光流転(たんこうるてん)」
淡光流転(たんこうるてん)
光は、強くなるほど輪郭をつくる
弱くなるほど、境界をほどく
淡光流転とは、まさにその「ほどけていく側」の時間を指す言葉である
私たちは普段、はっきりした光の中で生きている
正解と不正解
成功と失敗
好きと嫌い
光が強いほど、物事は分類され、位置づけられ、意味づけられる
しかし禅の視点は、その強い光を少し落とす
世界をくっきりさせるのではなく、あえて淡くする
淡い光の中では、ものは完全に分かれない
青は橙ににじみ、昼は夜に溶け、過去は現在に重なる
そこでは対立が弱まり、優劣が消え、評価の声が静かになる
「流転」とは、移ろい続けることだ
とどまらないこと
同じ場所に見えても、同じではないこと
禅が見ているのは、この絶え間ない移ろいである
人は変わる
感情も変わる
信じていたものも、恐れていたものも、静かに色を変える
それなのに私たちは、変わらない何かを探そうとする
固定された自分
揺れない答え
確実な意味
だが淡光流転の世界では、変わらないものを握ろうとする力が、少し緩む
移ろうことは、不安ではない
崩れることでもない
それはただ、流れの一部である
朝の光は強く、夜の光は淡い
けれど夜のほうが、ものの奥行きを深く見せることがある
淡い光は、隠しているのではない
むしろ余計な線を消している
禅において「悟り」とは、何かを手に入れることではない
余分なものが落ち、ただ流れていることに気づくことに近い
淡光流転とは、人生を劇的に変える宣言ではない
むしろ、劇的に変えようとする力を緩める態度である
変わっていく自分を止めなくていい
感情が色を変えることを責めなくていい
昨日と違うことを恐れなくていい
すべては、淡い光の中で静かに移ろっている
そこには焦りもない
勝敗もない
ただ、やわらかな循環がある
光が強すぎるとき、私たちは自分を見失う
淡くなるとき、逆に自分がほどけて戻ってくる
淡光流転
それは、はっきりしない世界を受け入れる勇気であり
移ろいを止めない優しさであり
そして、変わり続けることをそのまま肯定する静かな覚悟である
流れていることに気づいた瞬間、もう抗う必要はなくなる
光はまた移る
あなたもまた移る
その移ろいの中で、すでに整っている
それが、淡光流転の心である

🙏禅とJAZZ:淡光流転(たんこうるてん)
歌詞
夜は
冷たいふりをして
ほんとは
やわらかい
青と橙が
ゆっくり混ざる
境界を
決めないまま
今日のわたしと
昨日のわたし
少しずつ
重なってる
ピアノの光が
静かに揺れて
ベースは
影をあたためる
ねえ
変わってもいい
止まらなくてもいい
この流れの中で
かたちは
ほどけていく
悲しみは
色を変え
よろこびは
輪郭を失う
どちらも
わたし
淡い光が
胸に落ちて
波のように
広がる
淡光流転
終わらない移ろい
それでも
崩れない
朝が来ても
このやわらかさを
少しだけ
連れていきたい
答えは
いらない
ただ
揺れながら
ここにいる
