「前提を疑う力」に圧倒された話
アトリエ設計事務所という環境は、時に自分の未熟さをこれでもかと突きつけてきます。圧倒的な経験を持つボスの前では、自分の視野の狭さを痛感する出来事が毎日のように起きます。
でも、それが嫌だというわけではなく、むしろこの仕事の底知れない奥深さに、前向きな学びを感じている自分がいます。
今回は、ある高額な見積もりをめぐって、ボスの「前提を疑う力」に圧倒された話をさせてください。
先日、とある案件の特定の工事項目で、通常では考えられないほど圧倒的に高額な見積もりが出てきました。 担当である私は、なんとかその金額を下げられないかと、図面や仕様書とにらめっこして色々と打開策を考えました。
材料のグレードを下げるべきか、納まり(詳細な造作)を簡略化するべきか……
しかし、どう計算しても金額を下げる決定的なポイントが見つかりません。これ以上はどうしようもないと半分諦めかけて、これが適正価格なのだと自分を納得させようとしていました。
そこで、ボスに相談しました。驚いたことに、ボスのアプローチは私とはまったく違う次元にありました。

ボスは、その工事項目の金額をどう下げるかではなく、そもそもその工事項目が本当に必要なのかという原点に立ち返ったのです。
そこからの行動力は凄まじいものでした。 関係各所に話を聞きまくり、詳しい専門家を巻き込んで、自ら仮説をぶつけていきました。
「こういうルートで考えれば、そもそもこの工事自体を無くして、もっと安く安全に納まるのではないか?」
結果として、その項目の値段は半額以下にまで下がりました。魔法でもなんでもなく、ただ思考の深さがもたらした結果でした。
私は、提示された前提条件に完全に縛られていました。 この工事はやらなければならないものだという強い思い込みの中で、手元の小さな数字だけをこねくり回そうとしていたのです。
一方でボスは、広い視野でプロジェクト全体を俯瞰しつつ、同時に「なぜそれが必要なのか」という一番深いところまで詮索する、凄まじい探求心を持っていました。
その視野の広さと深さの差を目の当たりにして、自分が正解だと思い込んでいた視野の狭さに深く落胆しました。
私は仕事をしていると、つい与えられた条件の中で最適解を探そうとしてしまいます。しかし、本当の解決策は、その枠組み自体を疑うことからも生まれるのだと痛感しました。
行き詰まった時こそ、前提を疑う。そもそも必要なのかと問い直す。 言葉にすれば簡単ですが、これを息をするように実践するボスの背中から学ぶべきことは、まだまだ山のようにあります。
自分の未熟さを思い知る毎日は、決して楽なものではありません。 それでも、こんな発見と学びが毎日いっぱい転がっているからこそ、建築設計という仕事は面白いのだと思います。
学びは永遠に続くのだとつくづく思い知らされた、ある日の出来事でした。
明日からもまた、少しだけ視座を高くして、目の前の図面と向き合っていこうと思います。

【合わせて読みたい】
見積もりの金額も、SNSのインプレッション数も、表面的な数字だけが本当に大切なことではありません。 目の前の条件にとらわれず、その奥にある「本質」に目を向けることの大切さについての記事はこちらから↓
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければご無理のない範囲で応援お願いいたします!いただいたチップはクリエイターとしての活動費、早急な記事更新のために使わせていただきます!