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差がつくのは条文起案より下の層:契約審査のフレームワーク10要素


免責

  • 本稿は、筆者A0の個人的見解です。

  • また、法的助言の提供ではありません。個別案件は、事実関係・社内方針・必要に応じ外部専門家の助言を前提にご判断ください。

0.はじめに

生成AIが進化しているとはいえ、契約審査は今も企業法務の中心業務の一つですよね。
事業部門から見ても、法務の価値が最も見えやすい成果物だと思います。

ただ、同じように契約審査をしていても、出力が安定する人と、毎回どこかブレる人がいます。
しかも、その差は単純な法律知識の多寡だけでは説明しきれないことが多いと思います。

本稿では、契約審査を中心成果物とするビジネスリーガル側の10要素を整理してみます。

図で言えば、②〜④は案件把握の層、⑤〜⑦は法務知識の層、⑧〜⑩は事業・実務の層(深層)です。①は最も見えやすい成果物ですが、その品質は、こうした下の層にかなり左右されます。

1.契約審査は中心だが、それだけでは安定しない

よくあるのは、事業部門から
「先方ひな形が来ました。明日までに返したいです」
と依頼が来て、とりあえず条文を読み始めてしまうパターンです。

もちろん、私もそういう動きをする案件はありますが、基本的には条文を開く前に確認したいことが結構あります。

この取引の目的は何か。
取引の規模感はどれくらいか。
どこまでリスクテイクできるのか。
スケジュールはどうか。
最低限守りたい条件はどこか。

ここが抜けたまま条文に入ると、法務レビューは「正論をもとにした添削」にはなっても、現実を反映しないものになります。
見ているのが条文だけで、取引の現実をまだ捉えきれていないからです。

例えばメーカーの売り側の売買契約でも、在庫品の単発売買なのか、相手の製造ラインに組み込まれる特注部材の継続供給なのかで、納期、受入検査、仕様変更、契約不適合責任、リコール対応の重みは変わってきます。
②で前提を聞き、③で商流・物流・品質保証の流れを描き、④でなぜその条項が必要かを言語化し、⑨で生産能力や原材料調達の制約を押さえる。そこまでやって初めて、①契約審査が安定します。

つまり、契約審査は「周辺情報の入力に強く依存する出力」であり、ここが「情報の薄いまま生成AIに放り込むときと、経験のある法務が審査するときの差」にもなります。

2.契約審査を支える10要素

なお、10要素はすべて重要ですが、実務で差がつきやすいのは特に②ヒアリング、③取引構造、④起案目的、⑧事業固有論点、⑨事業知識、⑩心得・行動だと思っています。
⑤〜⑦は当然必要な法務知識で、そのうえに実務の差分が乗る、という整理です。

2.1 ①契約審査(成果物)

契約審査は、法務の代表的な成果物です。
ただし、条文の誤りを見つけるだけではありません。リスク抽出、対案提示、交渉方針の整理、確認事項の洗い出しまで含めたアウトプットであり、その品質は②〜⑩にかなり左右されます。

2.2 ②ヒアリング(入力の品質)

契約審査の品質を左右する最初の分岐点はここだと思っています。
目的、相手の強さ、スケジュール、譲れる条件、譲れない条件。このあたりを押さえるだけでも、レビューの方向性はかなり変わります。

同じ損害賠償や契約不適合責任の条項でも、標準品の単発売買なのか、ラインを止め得る特注部材の継続供給なのかで、落としどころは同じではありません。
ありがちな失敗は、条文から入ってしまうことです。
法務なのでつい条文に目が行きますが、その前に前提を聞けていないと、レビューは宙に浮きます。

2.3 ③取引構造(取引のイメージ)

これは、契約類型に落とし込む前の「取引のムービー」です。
誰が仕様を決め、どの図面で作り、原料はどう仕入れ、どのようにつくり、どこで検査し、いつ危険が移転し、下流製品は何で、不具合時に誰が何をするのか。そうした流れを映像で捉えられるかどうか。

ここが弱いと、売買なのか請負なのかの見立ても、条項もブレます。
複雑な案件では、頭の中だけで処理しない方がよいです。
紙でもホワイトボードでもPowerPointでもいいので、当事者、流れ、責任、懸念点を書き出す。これだけで論点の見え方がかなり変わります。

2.4 ④起案目的(なぜこの条項が必要か)

ここは、中堅以降でかなり差がつくところだと思います。
単に「この条項は危ないので直したい」では弱いため、できれば、「なぜそれが必要か」を言語化したいです。

例えばメーカーの売り側であれば、「下流製品の特性上、当社が負う責任には制限が必要」「品質保証には温度・湿度や製品使用時の運転条件などの前提が必要」「規格品なので契約不適合には代品交換が適切/逆に特注品なので契約不適合は損害賠償で対応したい」といった理由です。
ここを説明できると、単なる法務の好みではなくなるため、事業側の腹落ち感もかなり違います。

2.5 ⑤契約法各論(典型契約等)

ここは、いわば契約法の各論です。
売買なら、目的物、検収、契約不適合、危険負担、返品、保証。継続供給型なら、さらに納期、4M変更、代替供給、EOL通知など。
業務委託なら成果物、再委託、知財帰属。ライセンスなら利用範囲、再許諾、知財侵害対応。

要するに、契約類型ごとの論点セットを持っているかどうかです。これがあるとレビューは速くなりますし、抜け漏れも減ります。

2.6 ⑥契約法総論(民法・商法・英米法など)

⑤が各論だとすれば、⑥は土台になる総論です。
契約の成立、解釈、履行、解除、損害賠償。こうした大きな枠組みですね。

これが弱いと、個別条項の判断が場当たり的になりやすいです。
国際案件では、ここにさらに英米法的な発想が乗ってくることも多いです。
⑤と⑥は、法律の骨格とも言えます。

2.7 ⑦周辺法令(法律知識全般)

契約法の外側にも、案件を左右する法令はたくさんあります。
業法、個情、景表、独禁、下請、輸出管理……このあたりですね。

もちろん全部を網羅的に極めるのは現実的ではありません。
重要なのは、どの案件でどの法律が噛みそうかの感覚を持っておくことだと思います。

2.8 ⑧事業固有論点(契約に現れる差分)

業種や事業で難所は変わります。
製造の売り側なら、4M変更、供給義務、原材料供給、リコール、EOL通知あたりが典型です。
同じ売買契約でも、汎用品の単発売買と特注品の継続供給では、重い条項が違います。ここは公知情報だけでは埋まりません。

ここでの⑧は、事業ごとに契約へ現れてくる固有論点です。
⑨が市場・収益・供給制約など事業そのものの理解だとすれば、⑧はその理解が契約条項や実務論点として表面化したもの、と捉えると分かりやすいと思います。

2.9 ⑨事業知識(事業の勝ち筋と制約)

逆に、⑧が契約に現れる差分だとすれば、⑨はその背景にある事業の理想形と制約そのものです。
事業知識は、業界ニュースを知ることではありません。
どこで儲かるのか、歩留まりや稼働率はどうか、原材料は逼迫していないか、どこがボトルネックか。そうした「利益の出し方」と「制約」です。

例えば、主力ラインが逼迫している局面と、増販を優先したい局面では、納期コミットや価格拘束の取り方は変わります。
これは打ち合わせや現場と経験から鍛えるしかないスキルだと思います。

2.10 ⑩法務スタッフとしての心得・行動

法務の信用は、条文の良し悪しだけではなく、返答の速さ、説明の透明性、誠実さや証跡の残し方でも積み上がります。
法務は専門職であると同時に社内サービスでもあります。「遅い」「雑」「よく分からない」と思われると、それだけで相談は集まりにくくなります。

3.10要素は積み木であり、「法律を知っている」と「法務ができる」は少し違う

もう一度出しておきます

図で言えば、②〜④は案件把握の層、⑤〜⑦は法務知識の層、⑧〜⑩は事業・実務の層(深層)です。
⑤〜⑦は法務の基礎体力であり、ここがないと話にならない。
一方で、⑧〜⑩はさらに見えにくいが、実務差分や信用を大きく左右する層だと考えています。

①契約審査だけでは安定しません。
相談者から十分に聞けていない、取引構造が描けていない、なぜその条項が必要か説明できない、事業の制約が分かっていない――この状態では、レビューはそれっぽく見えても優先順位がズレます。

この意味で、「法律を知っている」ことと、「法務ができる」ことは、かなり重なるが、完全には一致しません。

この「前提を取りに行く」「構造を描く」という話の各論は、以前書いた
「条文起案の前に勝負がつく:指南書に載らない契約審査「裏」テク8選」
で、より上流の意思決定支援まで広げた発展形は、
「戦略法務は幻想なのか?:その定義とポストAI時代こそ「戦略法務が新しい法務になる」で扱っています。
本稿は、その間をつなぐ、実務の考え方の枠組みを示したものです。

4.実は①〜⑩は、契約審査のプレイブックでもある

この10要素は、人材育成のフレームであると同時に、契約審査を標準化するためのプレイブックでもあり、そのまま生成AI運用にも接続します。
AIが比較的扱いやすいのは、①契約審査の初稿、⑤契約法各論、⑥契約法総論、⑦周辺法令、そして公開情報ベースの事業知識である一部の⑨です。
例えば、検査条項や契約不適合責任条項の典型論点整理はかなり得意です。

一方で、②ヒアリング、③取引構造、④起案目的、⑧事業固有論点、そして非公開の⑨事業知識は、AIが自力で回収できません。
部材が相手のどの工程に入り、止まると何が止まり、原材料調達や歩留まりにどんな制約があり、相手との力関係や社内の制約がどうなっているか。
ここは最新の情報や暗黙知も含まれるため、最終的には人間が責任をもって回収し、整理し、入力し続ける必要があります。

要するに、AIは典型論点の整地には強いが、案件固有情報が薄いと出力も薄くなる。ここが人間の法務との差であり、同時にAI運用の肝でもあります。

5.おわりに

契約審査は、今も企業法務の中心成果物です。
ただ、その品質を安定させるのは、条文そのものより、その下の層です。特に②③④⑧⑨⑩が、実務の差を作りやすい。

そして、個人の10要素が「個人戦の強さ」だとすれば、コーポレートリーガルのフレームワークは、その強さを「組織で再現する仕組み」です。
Legal Tech、CLM、ガバナンス、戦略といった、組織側の設計の話ですね。

本稿が好評であれば、その組織側の話も書きたいと思います。

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