条文起案の前に勝負がつく:指南書に載らない契約審査「裏」テク8選
0.免責
本稿は、筆者A0の個人的見解です。
所属組織・個別案件に依存する部分もあるため、内容は一般化して記載しています。
また、法的助言の提供ではありません。個別案件は、事実関係・社内方針・必要に応じ外部専門家の助言を前提にご判断ください。
あと、本や他の方の記事で、ほぼ同じ内容が書かれてたらすみません。
1.はじめに
世の中には、企業法務向けの契約審査解説書や参考書、note記事がたくさんあります。
最近は、従来OJTで口伝されていたような細かい実務まで踏み込んだ、いわゆる「ジェネコ本」と言われる丁寧な指南書もあります。
どれも有用です。まずは王道を押さえるべきです。
ただ、契約審査の基本的な流れを一通り回し始めた2年目くらいからは、そこだけでは少し伸び悩むことがあります。
なぜなら、契約審査で差がつくのは、条文起案力だけではないからです。
本稿で述べる内容は、押さえるべき王道の次の話であったり、営業など他部門で主に言われる内容だったり、中には「法務でそこまでやるの?」と思われるものもあるでしょう。しかし、それこそが実務で差をつける内容です。
1.1 本稿の結論
契約審査は、条文起案の前にかなり勝負がつきます。
案件の複雑さを見極め、必要ならメールをやめて、電話・オンライン・対面などの同期コミュニケーションに切り替える。
一旦全部話してもらい、複雑なら図に落とし、事故は注意でなく手順で潰す。
最後に条文研究でストックする。
つまり、条文を書き始める前と、後に何をしているかで、審査の質と速度は変わります。
1.2 超要約
忙しい方向けに、先に超要約を書きます。
まず複雑さを判定し、メールで回すか、電話・オンラインなどの双方向コミュニケーションにするか、対面会議に上げるかを決める
相手の話は、まず一旦全部出し切ってもらう
複雑なら、頭の中で処理せず図に落とす
打ち合わせは、法務が事業知識を回収する場でもある
説明は、自分の言葉ではなく、相手に届く言葉でやる
事故は「気を付けましょう」ではなく、手順で潰す
最後は、条文研究とストックで底力をつける
忙しい人は、まず「案件によってコミュニケーションを使い分ける」「図示」「事業知識の回収」の3つだけでも、かなり変わるはずです。
なお、本稿は、契約審査の基本的な流れ自体は一通り経験したが、まだ前提整理やコミュニケーション選択で迷いやすい、2年目〜中堅くらいの方を主な読者として想定しています。
2.裏テク①:まず「相談の複雑さ」を判定しろ――メールで回すか、同期化するか
2.1 最初にミスると、その後ずっとこじれる
契約審査において、審査リードタイム(審査依頼を受けてから、クロージングまでの時間)は絶対的な指標ではありません。
例えば自分以外のレスポンスに依存しますからね。
しかし、それでも重要な指標の一つです。
そして、リードタイムを無駄に悪化させる原因の一つが、本来は会話で前提を揃えるべき案件を、テキストだけで回してしまうことです。
実は複雑なのに、前提が汚いのに、チャットやメールだけで回そうとする。
結果、何度も確認が発生し、依頼者にも相手方にもラリーが増え、こちらもイライラする。
悲しいですね。
すなわち、最初にやるべきは案件のスクリーニングです。
2.2 判定指標の例
例えば、次のような事情が多くなればなるほど、私は相談手段を「チャット」「メール」から、「電話」、「オンライン会議」そして「対面会議」へ格上げして考えます。
取引スキームが口頭または長文メールでしか説明されていない
当事者が三者以上、または追加でグループ会社が絡む
通常の取引と異なり、商流と物流がズレている
物流、検収、品質、保管など運用が複雑 = 同席すべき関係者が多い
相手が強い(交渉が硬い、ひな形固定、修正に難色)
金額が大きい、または失敗時の損害が重い
稟議や会議体が多く、社内説明コストが高い
ライセンス、共同開発、データ連携、再委託など論点が多い
話を聞いても、自分の頭の中でまだ絵が描けない
特に最後の「自分の頭の中で絵が描けない」は重要です。
法務が絵を描けていないのに、まともな契約レビューができるわけがないからです。
2.3 結論:「余裕」と感じないなら、対面を第一候補にしろ
判断基準は、乱暴に言えば上のとおりです。
「余裕」と感じないなら、まずテキストだけで回すのをやめる。
そのうえで、図示が必要、温度感も拾いたい、関係構築も兼ねたいなら、対面会議を第一候補にする。
逆に、余裕なときは無理に会わなくていいです。
全部を丁寧に対面でやるのは、自分の時間も相手の時間も消費します。
もっとも、遠隔地の別拠点案件など、対面が現実的でないこともありますが、その場合は対面を諦める代わりに、事前準備を厚くした方がよいです。
例えば、当事者、モノ・金・サービス(データ)の流れ、責任、懸念点を簡単なスキーム図にして先に置いておく。
要するに、「会って整理する」の代わりに、「会う前から整理を始める」ということです。
※例外として、着任直後はあいさつ(相談ハードルを下げる)を兼ねて、簡単な案件でも対面会議を設定する考え方があります。ちなみに私は初回なら対面が多いです。
3.裏テク②:一旦ぜんぶ喋らせろ(「想い」はノイズではない)
3.1 法律に関係ない話の中に、本当に重要なことがある
「相手の話を遮るな」というのは、指南書にもありますし、社会人の常識としてもよく言われます。
そのとおりなのですが、ここで言いたいのは、法律とは直接関係ない話の中にも、重要情報が混ざっていることがあるということです。
依頼者は、法的論点だけをきれいに整理して持ってきてくれるわけではなく、話が散っていたり、感情が入っています。脱線もあります。
でも、その中に次のような情報があります。
なぜこの取引を急いでいるのか
一番困る失敗は何か
誰に説明が必要なのか
どこが絶対に譲れないのか
どこは条件次第で落とせるのか
相手と喧嘩したいのか、通したいのか
最終的な落とし所をどこに置いているのか
これらは、必ずしも法的な論点ではありません。
しかし、修正優先順位、交渉方針、どこで止めるか/どこで通すかを決めるうえでは、法的論点に劣らず重要です。
3.2 途中で賢ぶるな、まず吐かせろ
若手〜中堅がやりがちなのは、相手が喋っている途中で論点整理を始めることです。
頭が回っている証拠でもあるのですが、早すぎます。
取りこぼしが発生しますし、相手も「余計なことは言わない方がよさそうだな……」と感じて、話すのをやめてしまうことがあります。
非常に話が長くて1時間潰すことで有名な人なら話は別ですが、そんな人はそう多くないです。あとで整理する時間はあります。まずは一旦、全部喋らせましょう。
また、最後に、
目的は何か
一番怖い失敗は何か
譲れない条件は何か
スケジュール制約は何か
こちらが確認すべき論点は何か
を、相手の話から推測して軽く返すだけでも、相談者から見た「この人、話を聞いてくれているな」という印象はかなり違います。
3.3 慣れてきたら、非言語も拾え
契約審査であたふたしなくなったら、言葉以外も見た方がいいです。
ある論点だけ急に声が強くなる
そこだけ言い淀む
何度も言い直す
「大丈夫です」と言うが、大丈夫そうに見えない
逆に、そこだけ妙に説明が雑
営業のテクとしてよく言われる、どこに温度があるか、どこに本音があるか、どこに不安があるかを補助線として拾うという話です。
これは人の心を読めという話ではありませんし、それをメインで扱うということでもありません。
ただ、こうした情報を参考情報として使うことで、契約審査の方向性はかなり補正しやすくなりますし、案件の裏側も見えやすくなります。
4.裏テク③:複雑な案件は、必ず図示しろ
4.1 頭の中や会話だけで処理するのは、大抵は事故の前兆
「取引を図式化する」というのは契約審査の本にも載っていますが、実務では軽視されがちです。
複雑な案件ほど、いわゆる「空中戦」になった瞬間に負けが始まると私は思っています。
言語だけで説明し、言語だけで理解した(させた)つもりになり、認識がズレたまま話が進む状態です。
当事者が多い
商流と物流がズレている
ライセンスや再委託が絡む
データとモノの流れが別
実運用部門と契約当事者がズレている
こういう内容を口頭だけで処理すると、相談者との認識に齟齬が出たり、自分の法的整理も間違えたりします。
そのようなときに、ホワイトボードを使うのです。
慣れているなら紙でも、PowerPointでも、オンラインホワイトボードでもいいですが、個人的には複雑案件は対面を推奨しているので、会議室のホワイトボードが安定かなと思います。
また、図をスマホで写真で撮っておけば、相談者との認識合わせや上司・外部弁護士への説明材料、記録にもできるので結構便利です。
本稿の中では一番重要なので繰り返しますが、空中戦は避けましょう。
4.2 最低限、図に書くべきもの
私は最低限、次のあたりを書きます。
メインの当事者:A社/B社/C社……
モノ・金・データの流れ:納品→検収→請求→支払など
当事者の役割(委託なら誰が「委託」で誰が「受託」なのか)
契約内容:何を誰がどこまでやるか
周辺当事者:再委託先、最終顧客、保管先、物流、親会社など
懸念点:検収、返品、遅延、契約不適合、秘密情報、データなど
契約の形態:走っている契約関係とその種類
ここまで出すと、「何が必要か」「どこに穴があるか」「どの論点を条文でカバーすべきか」が見えます。
迷ったら、「当事者」「流れ」「役割」「契約関係」「懸念点」の5点だけでも置くとだいぶ変わります。
4.3 一歩先は、案A/案B/案Cを並べること
中堅以降で本当に差がつくのは、相談者が希望するスキームの図を書くことではありません。
相談内容を図にしたうえで、法務として別案まで出せるかです。
案A:今の運用を前提に、契約で受ける
案B:税務・規制・責任分界のリスクが減るように、スキームを少し変える
案C:当事者や流れを整理して、そもそもシンプルな構造にする
こういう案を出して、
税
規制
運用
責任
相手の受け入れやすさ
社内決裁の通しやすさ
あたりでPros/Consを説明できるようになると、単なる起案担当ではなくなります。
4.4 会議室の備品を信じるな
細かい話ですが、「会議室のマーカーは切れていることがある」「黒しか出ない」「そもそも黒しかない」なんてこと、よくあると思います。
私は、複数色のマーカーを自前で持っています。
こんなことで、と思われるかもしれませんが、こういう細かい工夫でも差がつきます。受験テクみたいですが。
5.裏テク④:審査打ち合わせは“事業知識を回収する場”
5.1 契約審査の場は、法務が学びに行く場でもある
契約審査の場は、法務だけが質問される場ではありません。
法務も学びに行っていいです。むしろ、そこで差がつきます。
条文の意味は、本を読めばある程度分かります。
でも、案件で効いてくるのは、事業知識、市場感覚、運用のリアリティです。
競合はどこか、市場環境はどうなっているか
相場はどのくらいか
この取引の成功条件は何か
過去に事故ったパターンは何か
相手は何を嫌がるか
最終的に誰が回すのか
どの部署にしわ寄せが行くのか
この辺りは、公開情報でないことが多く、AIに聞いても出てこないことがあります。
この「与件の手前にある前提を取りに行く」という話は、以前書いた「戦略法務は幻想なのか?」で述べた、意思決定の手前に入る法務の話ともつながります。
5.2 法務が質問することは、相手にとっても整理になる
ここを遠慮する人もいます。
「相談を受けているのに、自分のために時間を使ってもいいのか」と。
いいです。むしろ、法務が質問することで、依頼者側も「そこが論点だったのか」と気づくことがあります。
また、法務から「勉強させてください」と言う姿勢は、どうしても「法律の先生」と「教えを乞う人」みたいになりがちな法務と事業の関係を、少し自然なものに戻す効果があります。
垣根を下げて良い関係を築きましょう。
ただし、もちろん消費する時間はほどほどに。
6.裏テク⑤:相手の“比喩言語”を拾え――説明は相手の言葉で通す
雑談は、場を温めるためだけにやるのではありません。
この後の説明に使える言葉を拾うためにもやります。
相手が何に興味があるか、どんな例えなら腹落ちするかが分かると、難しい法務の話はかなり通しやすくなります。
例えば、相手が野球好きなら、No Waiver(権利不放棄)条項をこんなふうに説明してもよいでしょう。
野球に「ウェイバー公示」ってありますよね。あれは支配する"権利を放棄”する選手を公表する制度です。
そしてNo Waiver条項は、一回バットを振らなかったからといって、その後もずっと三振扱いになるわけではないということです。一度権利行使しなかったからといって、その後も権利を失うわけではない、という趣旨です。
趣味(比喩言語)の確認は、相手を詮索しない程度に活用するとよいです。
7.事故防止は、注意ではなく手順でやる
7.1 裏テク⑥:社内向けコメントを契約書に入れるな
これは裏テクというより、事故防止のテクニックです。
営業担当者が、社内向けコメント付きの契約書をそのまま相手に送ってしまった、という話は定期的に聞きます。
もちろん、送った本人が悪いですが、間接部門としては、ミスを防ぐ設計をする発想の方がプロフェッショナルだと思います。
例えば、
社内向けコメントは、なるべくメール、別紙、別スレッドに逃がす
相手送付版を別ファイルで作り、タイトルでも明示する
といった工夫は必要です。
7.2 裏テク⑦:履歴だけで見た気になるな。比較をかけろ
Wordの履歴機能は便利ですが、履歴だけに依拠すべきものではありません。
そんなに多い話ではありませんが、履歴に出ていないところが、しれっと変わっていることがあります。
特に長い契約、英文契約、交渉終盤では注意した方がいいです。
なので、バックチェックでは履歴だけでなく、相手が送ってきた最新版と、こちらの直前送付版について、比較機能をかけるようにしましょう。
8.裏テク⑧:最後は結局、条文研究
8.1 裏テクの最後に、王道の話
ここまで裏テクっぽい話を書いてきました。
でも、最後はやはり王道めいた話です。
AIが初稿づくりや論点のたたき台を担いやすくなった時代でも、最後に差がつくのは条文研究です。
裏テクだけ押さえても、条文そのものが弱ければ限界があります。
8.2 研究し、分類し、ストックする
大事なのは、審査した条文をその場限りで流さず、研究し、分類し、ストックする。
条文は、ざっくり言えば、代表的な類型の単一または組み合わせでできています。
表明保証
誓約
禁止(権利制限)
権利付与
ボイラープレート など
これらは表現方法や使い方を、ある程度類型化することができます。
また、ボイラープレート条項を筆頭に、よく見る条項には、それが必要な理由が必ずあります。対応する民法・商法の条項はどうなっているか、という観点での見方もあります。
条項研究については、さまざまな参考書が出ています。
英文契約であれば、「英文ビジネス契約書大辞典」が有名ですね。
ここで重要なのは、実案件で見た条文と、本や他案件を往復することです。
個人的には、研究した内容は、後でコピペや検索しやすくしたり、生成AIにかけやすいよう、テキストベースで残しておくのがおすすめです。
契約審査の経験数は、そのままでは実力になりません。
正確には、経験した案件をどれだけ研究対象にしたかが実力になります。
このような法務の勉強は、腰を上げてやるものではないと思います。
呼吸をするように、自然に実務と接続して、血肉にするものだと思います。
ジョジョのプロシュート兄貴も「心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだ!」と言っていますよね。
9.おわりに
本稿で書いたことは、単に契約審査を速くするための小技ではありません。
前提不一致による無駄なラリーを減らし、手戻りを減らし、結果として審査リードタイムを縮め、負荷を減らすための技術です。
また、「前提を揃える」「必要情報を取る」「選択肢を整理する」という動きは、後々もっと上の実務につながります。
あくまで、色々あるテクニックの一部ですが、契約審査の基本は一通り回し始めた2年目くらいの方から、少し慣れてきた中堅の方、指南書に少し物足りなさを感じている方まで、本稿のどれか一つでも次の案件から使ってみてはいかがでしょうか。
