新日本プロレス暗黒時代①悪夢!K-1軍リングを占拠
2004年3月28日
佐々木健介 対 ボブサップ
NJPW WORLD で[健介 ボブサップ]で検索!
https://www.njpwworld.com/
新日本プロレスの暗黒時代を象徴する試合です。
注目は試合後です。
新日本プロレスが総合格闘技に
負けたシーンです。
K-1選手たちが新日本プロレスのリング上を占拠します。
完全敗北といってもいいんではないでしょうか。
中邑真輔の有名なシーンも出てきます。
本当にほんの少しだけ希望の光が残ったシーンでした。
試合までの経緯
挑戦者ボブサップは2002年に"プロレス大賞"を受賞。
もちろん総合格闘技の選手です。
プロレスの試合をほとんど行っていないにも関わらずの受賞でした。
2003年には総合でいくつか負けを挟むも相変わらずの人気っぷり。
年末には曙戦もありました。
2004年、突然前触れなくIWGPへの挑戦が決まりました。
一方佐々木健介は
2002年新日本プロレスを退団。
2003年3月に旗揚げされたWJプロレスに入団するも半年で団体が崩壊。
2004年1.4には新日に戻ってくるズンドコっぷり。
そして3.12に天山を破りチャンピオンになり
その2週間後の3.28に初防衛戦でボブサップを迎え撃つことになりました。
以降の流れ
2004年5月のドームでボブサップ対中邑真輔が行われるが
12分31秒で盛り上がることなくサップの勝ち。
njpwworldに試合はありません。
サップはチャンピオンのまま5月にK-1で藤田和之と戦いますが
ボコボコにされて心が折れてベルト返上します。
総括
当時の新日本プロレスはとにかく単発での話題性で集客を目指していた印象があります。
私の考えではドーム大会の開催が
ネックになっていたのでは、と思います。
ドームを埋めるためのカード、話題性を作るためにシリーズがどうしても弱くなってしまったのかなと。
ドーム大会がなければじっくりと別の戦いが
あったのではと。
プロレスの出来ないボブサップを選手全員でカバーしてる印象です。
セコンドと健介がなんとか試合を成立させている、と。大味な試合です。
当時の中邑は24才、デビュー1年7ヶ月。
デビュー間もない新人が外敵退治に乗り出し
ドームのメインを戦う。
今では考えられないことだと思います。
それだけ期待されていたということでしょう。
入門前に総合の練習をしていたほうが
のちのち役に立つのでは?と
ただ、練習をしていただけだったそうです。
もちろんアマレスのポテンシャルも高かったと思いますが、
プロレスラーに憧れて入門し
巡業にも出させてもらえず
総合に向かうことになった中邑真輔。
それでも腐らなかったのは
新日本プロレスが心底好きなんだろうなと。
リングを占拠された状態で
ほんの少しの、とびっきり輝いた希望を見せてくれた中邑真輔に感謝でいっぱいです。
あなたがいたから暗黒時代もついていけました。
最後に、あの日リングを占拠した外敵たちへ
まだ許してません。
