「とは」を手放す
若いころ、急な病を得て死にかけたことがある。
不妊治療の果て、ようやく初の妊娠中。
緊急手術をしなければ私が死ぬと言われた。
しかし、私が死んでお腹の子が助かる道はなかった。
両方死ぬか、私だけが死ぬか。
それで私の命は助けられた。
梅のほころび始めに手術して、復職の朝は桜吹雪の中を歩いた。
そのとき私は「生かされた自分の使命はなんだろう」と思った。
子供時代、年の離れた兄の本しか読む機会がなかった私は、小難しいことを考えるのが好きだった。
シンプルなわかりやすいものを面白いと感じる機会がないまま成長した。
全然理解できないくせに、兄の所蔵する哲学書をわかったふうに読んだ。
それで、「〇〇とはなにか」みたいに考えるのがクセになった。
この言葉や行動にはどういう意味があるのかとか、どういう意義を持たせるかとか。
自分でもそうせずにいられない自分が面倒くさくて持て余した。
なにも考えず、目の前のことを純粋に楽しみたい。
でもできないのだ。
わりと、波乱に満ちた半生(とっくに半分は過ぎているけど)だったと思う。
生きているのがつらいと感じるとき、とにかく意味や意義を見出すことで、それを乗り越えようとした。
先のことをあれこれと思い悩み、転ばぬ先の杖を何本も備え、それでも転んでしまうとき、その杖にも転倒にも意味を持たせた。
そうして、自分で自分を納得させるのだ。
言葉でもって自分を煙に巻く。
「人生」とか「幸せ」とか「生き方」とか「ものの価値」とか、自分の言葉で定義することで、自分を肯定する。
頭の中に、まず「言葉」があった。
失敗も、落ち込みも、まず言葉で言いくるめて自己肯定感の低下を防ぐ。
そういう自己防衛本能は、いじめられた経験と貧困によって培われたと思う。
そう、こんなふうに「つらい経験にも意味があった」としてしまう。
冒頭の話のとき、降り注ぐ花びらの中で「使命」を思ったのは、私がそれまでもそんなふうにして意味づけをしてきたからだろう。
とりたて「生かされた」という実感はリアルだった。
そうしてそれは「生かされたからには」という新たな呪縛となって、その後の人生を支配することになるのだ。
父が倒れ、実家の事業が倒産し、破産し、婚家の親とのトリプル介護となっても、心折らずにいたのは、このために私が「生かされた」と思ったから。
これが、お腹の子の命と引き換えに生き残った私の使命なのだと。
しんどい結婚生活に耐えるのも含めて。
でも。
ほんとうはわかってる。
そんなわけないじゃん。
人生のプラスとマイナスは相殺しない。
年を重ねるにつれて、以前は「概念」だったことに「?」が付いてくる。
そんなねぇ、言葉でまとめられるような簡単なことじゃないのよと、自分の中の自分が言う。
「人生とは」「幸せとは」と思い悩むことより、目の前の紅葉がきれいとかソフトクリームがおいしいとか思う自分を心地良いと感じる。
これでいいんだ。
これがしたかったんだ。
現実を生きることは「概念」じゃない。
何ごとかを成すことではなく、何ものかになることでもない。
今日煮たジャムを、一晩冷やして、明日の朝、トーストに塗って食べることが、明日生きている意味。
といまは感じる。
介護が終わったからかもしれない。
母が死んだとき、介護という具体的な事実だけでなく、私の中で何かが終焉を迎えた気がする。
もしかしたら何十年も私が抱えてきた使命感や義務感から解放されたということなのかもしれない。
ほぅらね。
こんなふうに、言葉で意味づけるクセはまだ残ってる。
「人生とは」「幸せとは」などという大仰な「とは」を手放して、意味づけられないものを愛おしむ。
なくても困らないものに囲まれ、どうでもいいことに感心したり興味を持ちながら、役に立たない文章を書いて残りの時間も暮らしたい。
