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床の荷物

ベッドカバーを使用していることは前に書いた。

高級ホテル?などでは、ベッドライナーが掛かっていることがある。
足元のほうに横に掛かっている細長い布のこと。
そのようなホテルに泊まる機会は私にはほぼない。

欧米のドラマを見ていると、靴を履いたまま、ベッドに横になる場面がある。
ベッドライナーは、靴の汚れをベッドにつけないためのもの。
土足のまま寝室に入ることのない日本人の生活には、そもそも不要。
「疲れたぁ」と靴を履いたままベッドに倒れこむシーンを見ると、文化の違いを承知のうえで、「あ゛~」と思う。

バックパッカー時代の私は、ヨーロッパを歩いたときも、折り畳みスリッパを持ち歩いていて、部屋に通されるとまず履き替えた。
住んでいたフランスのアパルトマンでも、想像上でありもしない「玄関」を設定し、必ず靴を脱いでいた。
土足のまま部屋を歩き回ることは、私にはありえないこと。
一人暮らしになってからは、家の中のスリッパさえも撤去して、素足生活を送っている。
家の外と中の差はとてつもなく大きい。

ヨーカドーのネットスーパーがなくなり、引き継いだオニゴには散々な目に遭ったのでとっとと退会し、後添え?を探した。
いまは、二つのスーパーのネット配送を利用しているが、老後に向けて選択肢は多いほうがいい。
価格を比較して安いほうで買うのは、いまもやっている。

生協を検索すると、うちの地域で利用可能なのは4つあった。
うち、利用者の多い二つに電話して、この地域の配達曜日を尋ねた。
これまで必要なときにネットスーパーで自由に日にちを選んできたので、曜日が決まっているという感覚がいまいちわからない。
一つが水曜日、もう一つが木曜日だと教えられた。
そして、口を揃えて「不在でも置き配するので大丈夫」ということを力説する。

それはわかっている。
ホームページ上で得られる情報はすべて見尽くしたうえで、そこに書いてない地域ごとの個々の事情を知りたいから電話しているのだ。
しかし、受話器の向こうからは「なのになんで曜日を訊くの?」という雰囲気が伝わってくる。

フルタイム出勤のときならいたしかたないが、いまはそうではないので、在宅している曜日に受け取りたい。
私としたら、逆に、なんでわざわざ不在とわかっている曜日に配達を依頼するんだ?と思ってしまう。

置き配は、専用のボックスに入れて、冷凍食品なども問題ないという。
わかってるよ。
ホームページにそう書いてある。

私は「置き配」が嫌いなのだ。
だから、不在になる可能性がすこしでもある配達は、そもそも頼まない。
コロナ感染爆発のときはもちろん、いまも配達員を装った強盗のリスクもあるので、玄関ポーチには専用の「置き台」を備え付けてある。
そして、インターフォンで出て、置ける配送品は「そこにある台の上に置いてください」と依頼して、相手が去ったらすぐに回収している。
ネットスーパーはそれさえせず、大概は対面で「これは冷凍」「これは冷蔵」と分けた袋を受け取っている。

私は。
食べ物を「地面」に置くということが許容できないのである。
いくら専用の箱や袋を重ねていようとも、それを「外の」「地面」に置くということ。
そこは、土足の領域である。

いまは、どこのスーパーもカートにカゴを乗せているからいいが、カートがなかった頃や、通路が確保できない小さな店では、専用カゴを手で持ってレジに並んだ。
そういうとき、重さに耐えかねて、カゴを足元に置く人がいた。
あれがダメ。
口に入るものを「地面」に置くなんて。

その地面は、回収されなかったワンコのウンチや酔っ払いの吐しゃ物を誰かが踏んづけてきた靴で歩き回った地面なのだ。
しかし店の人がこまめにモップ掛けをしているとかいないとか、そういう物理的な問題じゃなくて、もっと精神的なもの。
食べ物に対する敬意みたいなものも含まれる。

だから、レジ待ちの列が進んで、足元に置いたカゴを足で前に押しやる人がいると、私は「ジロリ」とその顔を見た。
いったい、どんな人なんだろうと思って。
相手は相手で、私のことを不躾な奴だと思ったかもしれない。

レジのカゴも置き配も、容器に入っているのだから実際に汚れもばい菌もつかない。
これは、精神性の問題。
そこを説明するのは難しい。

いまここに書いていても、「風待ちってめんどくさい奴だなぁ」とか「この人、潔癖症なの?」とか思われるかもしれないと懸念している。
まあ、別に思われてもいいんだけど。
全然潔癖症じゃない。
きれい好きじゃないことを自慢するのも恥ずかしいけれども。

だからバックパッカーだったのだ。
荷物を地面に置きたくない。
それを、靴を脱いで上がるところに持ち込みたくない。
いま、大小を問わずキャスター付きの荷物で移動する人が多いが、部屋にあがるとき、あのコロコロをいちいち雑巾で拭くのは面倒くさいなぁと想像する。
なので、私は使ったことがない。

父や母や兄の車椅子を部屋にあげるとき、タイヤ部分をいつも拭いていた。
降ろした「人間」のフォローもしなくちゃいけないのに、車椅子も拭かなきゃ玄関に上げられない。
ものすごく面倒だった。
「名もなき介護」というものがあるなら、これを挙げたい。

でも、土足の領域からそのままそうでない領域に移動させるのは、私に過剰なストレスを与える。
私にとって、その境界はほかの人より厳しいものなのかもしれない。

配達の曜日を訊いて、在宅できるほうの登録をするつもりだった。
でも。
やたらに「置き配できるから、何曜日でも問題ない」と言われるので、どちらも嫌になって、「検討します」と言って電話を切った。
この感覚は、言葉では伝えられないと思う。