「2024年問題」から2年、運送業界はよくなったのか ── 求人倍率2.8倍という数字を、広告業界出身の私はこう読む
「2024年問題、あれって結局どうなったんですか?」
先日、ある運送会社の経営者の方と話していて、逆にこう聞かれた。世間が騒いだのは2024年の春先まで。ニュースが「荷物が届かなくなる」と煽り、そして潮が引くように話題は消えていった。だが現場は、あのとき始まったことの真っ只中に、いまも立っている。
私はインフラ業界の人間ではない。広告とマーケティング、そしてエンターテインメントの世界で長くやってきた、いわば外から来た人間だ。だからこそ、業界の内側にいると当たり前になってしまう数字が、外から見ると異様に見えることがある。今回はその「異様さ」を、2年経ったいまの運送業界のデータから、正直に書いてみたい。
2024年問題は「終わって」いない。始まったばかりだ
まず前提を整理したい。2024年4月から、トラックドライバーの時間外労働に年間960時間という上限が設けられた。長時間労働を前提に組まれていた長距離輸送のモデルが、法律の側から成り立たなくなった。これが「2024年問題」の本体だ。
多くの人が誤解しているのは、これが「一度きりのイベント」だったという点だ。実際には違う。規制はかかり続けている。そして構造的な人手不足は、規制で消えるどころか、より鮮明に可視化された。
数字を見てみよう。2025年後半の統計で、自動車運転従事者の有効求人倍率はおよそ2.6〜2.8倍で推移している。全職業平均が約1.2倍だから、その2倍以上だ。求職者1人に対して、椅子が2つも3つも空いている。普通の業界では起きない光景である。
しかもドライバーの平均年齢は、全日本トラック協会の2025年度版調査で50歳に達した。15〜29歳の若年層は全体の約10%しかいない。一方で65歳以上が1割近くを占める。この構造が意味するのは単純だ。今いる人が引退していくスピードに、新しく入ってくる人の数がまるで追いついていない。
規制で労働環境が一定は改善された。それでも若い人が入ってこない。ここに、この業界の本当の難しさがある。
「給料が安いから人が来ない」は、半分しか当たっていない
外から来た私が最初に抱いた仮説は、ありふれたものだった。「賃金が低いから若者が来ないのだろう」と。だが調べていくと、その理解は正確ではなかった。
厚生労働省の令和6年賃金構造基本統計調査では、大型トラック運転手の平均年収は約492万円。中小型で約437万円。一方、国税庁の調査による全産業平均給与は478万円だ。つまり大型ドライバーの年収は、全産業平均を「下回っていない」。むしろやや上ですらある。
では何が問題か。労働時間だ。国土交通省の資料によれば、2023年時点で大型トラック運転手の年間労働時間は2,544時間。全産業平均が約2,136時間。実に15〜20%長い。同じくらいの年収を得るために、400時間以上も余計に働いている計算になる。時給に引き直せば、その差は歴然だ。
ここに、広告業界出身の私が引っかかった一点がある。「安い」のではない。「割に合っていない」のだ。この二つは、外の人間にはまったく違って聞こえる。求職者が敷敬しているのは金額ではなく、時間対効果への納得感のなさかもしれない。そして採用の現場で語られる言葉は、多くの場合まだ「給料」で止まっている。伝えるべき論点が、少しずれているのではないか、と思う。
「標準的運賃」という、静かだが大きな一手
では業界と国は手をこまねいているのか。そうではない。むしろ、この2年で最も構造的な手が打たれている。
その一つが「標準的運賃」だ。これはトラック運送事業者が、荷主との運賃交渉に臨むときの公的な指標として機能する。令和2年に定められ、2024年6月にはこの標準的運賃が8%引き上げられた。国はこの効果を通じて、ドライバーの賃金を年6〜13%引き上げることを目標に掲げている。
さらに、運輸労連は2026年の春季交渉で月17,300円の賃上げを要求する方針を決めている。長年「荷主が強く、運送会社が弱い」という力関係の中で、価格を上げにくい構造が続いてきた。その構造そのものに、公的な物差しで楔を打とうとしている。地味だが、これは相当に大きな話だ。
外から見ていて興味深いのは、これが「値上げ」ではなく「適正化」という言葉で語られている点だ。安く運びすぎていたものを、本来の価値に戻す。マーケティングの世界にいた私からすると、これは値付けの再定義そのものである。運ぶという行為の価値を、社会がようやく計算し直し始めた。そう読むこともできる。
2026年、今度は「荷主」が当事者になる
そして話は、2024年問題の続編である「2026年問題」へと進む。
2026年4月から、改正物流効率化法が新たな段階に入る。ここで焦点になるのが「荷主」だ。これまで物流の負担は、運送会社とドライバーに偏って乗っていた。長い待ち時間、無理なリードタイム、非効率な出荷計画。そのしわ寄せを、現場が吸収してきた。
新しい法律は、この構図を変えにいく。年間9万トン以上の貨物を扱う大口の荷主は「特定荷主」に指定され、CLO(物流統括管理者)という役職の選任や、中長期計画の策定、取り組みの定期報告が義務づけられる。つまり物流が、現場任せの作業ではなく、経営が責任を持って管理すべき経営課題へと引き上げられる。
これは象徴的な転換だと思う。これまで「運んでもらって当たり前」だったものが、「どう運ぶかを、荷主自身が設計する責任」へと変わる。待ち時間の削減も、共同配送も、効率化の工夫も、現場の善意ではなく制度の要請になっていく。
外から来た人間が、この2年を見て思うこと
ここまで書いてきて、私は一つの手応えを感じている。運送業界のこの2年は、危機の2年であると同時に、静かな再設計の2年だったのではないか、ということだ。
賃金は上がり始めている。運賃の物差しができ、荷主が当事者に引きずり出され、労働時間には歯止めがかかった。数字だけを追えば、方向はけっして悪くない。
それでも、若い人は入ってこない。求人倍率2.8倍という数字が、その現実を突きつけてくる。制度が正しく整っていくことと、人が「そこで働きたい」と思うことのあいだには、まだ深い溝がある。私はこの溝こそが、いまの運送業界に残された最後の、そして最大の課題だと思っている。
制度は待遇を変えられる。だが、憧れは変えられない。「割に合う仕事」になったその先で、「かっこいい仕事だ」「あの人みたいになりたい」と思われる仕事になれるかどうか。そこから先は、法律の領域ではなく、伝え方の領域だ。そして伝え方こそ、私が外の世界からこの業界に持ち込みたいと思っているものだ。
私は普段、地域のサッカークラブの経営や、アイドルグループのマネジメントにも携わっている。まったく違う世界に見えて、根っこでやっていることは同じだと感じることがある。人の価値を、正しく、かっこよく、世の中に伝える。その一点だ。運送というこの国を支える仕事にも、同じことができるはずだと、私は本気で思っている。
2024年問題から2年。数字が示すのは、業界が確かに前へ進んでいるという事実だ。あとは、その進み方を、どう若い世代に伝えるか。宿題は、たぶんそこにある。
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