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ホルムズ海峡のネットワークーーインド洋地域における日本の安全保障

国際人道法

開戦から1カ月。イランでは、1900人が犠牲になっているという[1]
。非道すぎる話である。この関連で無辜の命が奪われている地域がヨルダン川西岸、レバノンにも及んでいることを考えれば、それもほんの氷山の一角であろう。
イスラエル側にも、米兵にも犠牲者は数えられている。ただ、民間人の犠牲者が野放図に増え続けている以上、攻撃する側、あるいは戦闘行為自体の非人道性は問われてしかるべきであろう。
国際人道法に対する著しい蹂躙。世界人権宣言を背景の一つに持ち、たとえその拘束力に構造的な弱点を抱えていたとしてもなお、国境を越えた人権の尊重とその堅持の高い倫理性を掲げ続ける法。それにもかかわらず、かくも簡単に全地球規模の合意を無視して、この暴挙に及ぶことができるのはなぜなのだろうか。

復讐と名声

命令者であるトランプ氏は、ただ、自らの道徳心に従った帰結だと言う。言うまでもないが、アメリカの過去の中東への介入はことごとく失敗している。イランの民主化と体制転換を命じた道徳心は、歴史に学ぶことも、国際人道法の尊重も知らない。
しかもそれは、これもその革命体制によって敵国扱いされてきたイスラエルにとって、アメリカの圧倒的な軍事力を利用したイラン革命体制潰しに対する圧倒的なサポートにもなる。トランプ氏の度重なるイランのエネルギー施設への攻撃延長に伴う、イスラエルの攻撃の加速は何よりそのことの証左となる。
彼の道徳的信念では、敵は、絶対的な悪魔に置き換えられていて、自分はどこまで行っても正義の絶対的な体現者である。そのうえ終末思想に踊らされ、神も味方につけていると信じ込んでいるとすれば、過去の教訓も、人道に関する国際的な取り決めも何の力にもならない。
むしろ、その裏側に有るはずの、アメリカの長年の宿敵であるイラン・イスラーム革命政権を根絶し、アメリカ憲政史上に救国の英雄として名を残したいといったような彼の個人的な利害関心( interest )が見え隠れしている。道徳の暴走と呼ぶべきではないか。

「日米同盟」

ところで、外務省によれば、日米同盟は「日本及びアジア太平洋地域の平和と安定の礎であり、強固な日米同盟に裏付けられた日米関係は日本外交の要となっています」[2]と説明される。
この表現を注意深く読んでみよう。「日本およびアジア太平洋地域の平和の礎」であるとしているではないか。そもそも、「アジア太平洋地域」なのである。つまり、「アジア(主に東・南・東南アジア)とオセアニア地域を指す、西太平洋周辺」を指す言葉なのである。日米安保条約では、「極東」という限定的な地域概念が用いられていた。しかし現在では、政治的に拡張され「アジア太平洋」さらには「インド太平洋」へと広げられて語られている。
しかし、外務省の説明に即して言えば、その実務的射程に「インド洋地域」が含まれているとは言い難い。今回の戦争の舞台になっている中東諸地域は、「日米同盟」の現実的な射程に入っていないとさえ言えるのではなかろうか。したがって、この地域は法的にも実務的にも、日米同盟の直接的な射程の外側にあると考えるべきである。となれば、その地域への自衛隊の派遣、艦船の派遣など、そもそもが論外のはずである。にもかかわらず、日本は湾岸戦争において資金供与を行ない、イラク戦争では自衛隊を派遣した。この事実は、本来の射程を超えた運用なのであって、インド太平洋が日米同盟の海になったことを示してはいない。なぜならば、その海は「力の海」ではなく「関係性の海」だからだ。

インド洋地域

外務省の説明の後段「外交の要」としての「強固な日米関係」は、「インド洋地域」つまり、南アジア・西アジアと日本はどのように機能しているのであろうか。
梵語の叡智を求めて、多くの学僧たちが、中国からその地へ赴いたころまでさかのぼらずとも、山岡幸太郎、田中一平、天﨑啓昇、中村哲、折田魏郎らの名前が浮かぶし、エルトゥール号の救援の話、外交官杉原千畝によるユダヤ人難民への緊急ビザ発行も忘れることはできない。

さらにここ50年ほどで言えば、中東研究者、考古学者、あるいはODA関連の実務者、JICAのシニア・ジュニア・ボランティアの方々。
筆者もまた、1994年1月からシリア国立アレッポ大学学術交流日本センターの設立メンバーの一人として99年まで主幹を務め、数代にわたってJICAの日本語教員を受け容れてきた。それ以降も、アラブ世界の日本語学習者を日本に招待する交流プログラムや、アラビア語学習を軸としたアラブ・イスラーム世界訪問プログラムも実施してきた。在職17年の間、ほぼ毎年実施してきた。
つまり、インド洋地域に関しても、民間レベルの根気強い交流活動がベースになっている。バングラデシュを最初に国家承認したのは日本であったし、そこから、南アジア、中央アジア、西アジア、北アフリカ諸国に至るまで、すべての国々と、こうしたODA、草の根ベースの交流にもとづく良好な関係が築かれてきていた。

スズキ・トヨタ・マツダ・三菱

しかしながら、それらにもまして中東諸国との良好な関係を築いてきたのは、ロバの代わりに中東のスークに荷物を運び続けた「スズキ」の軽トラックであり、羊飼いやベドウィンが馬代わりに使った、ホンダのバイクであり、普通の悪路は当然、砂の砂漠をもろともせず縦横無尽に走破し、時には武器をも担がされたトヨタのランドクルーザーではなかったか。
シリア滞在時、高級車はマツダか三菱ブランド。よくお世話になったタクシーは、オリジナルはマツダで、ヒュンダイを経由してイランで製造されたコンパクトカーだった。お世話になった研究所の所長先生の公用車は、三菱ランサー、運転手さんがそれこそ大切に乗ってくださっていた。これも当時の話ではあるが、新品の中国製ラジカセより、パナソニックや東芝の日本製中古を人々が買い求めていたのも思い出す。
日露戦争の勝利や、原爆投下による壊滅的後輩からの奇跡の復興をやり遂げた国民である点も、いく度ともなく言及していただいた。

民間外交

そこにあるのは、日本製品の高い品質、当時の個人的な印象に過ぎないが、シリアの人々が理解していた日本人の国民性といったモノやコトを通じて醸成されていった豊かな関係性である。インドにおける近年のスズキの躍進を指摘するまでもなく、こうした重層的な関係性によって、インド洋地域と日本は、味方とだけつながるのではなく、ネットワーク的に全体とつながっていたのである。
現代的な文脈で言えば、イランの人々とも、サウジ・アラビアの人々とも、湾岸諸国の人々とも、エジプトの人々とも、イラクの人々ともレバノンの人々とも、トルコの人々とも、さらにはイスラエルの人々とも、それぞれに特別な、そしておそらく顔の見えるつながりを、そして使いようによっては、そのネットワークをこの地域全体に寸断されることなく広げられる潜在能力を持っているのが日本の民間外交なのである。

マスラハという関係資本

そしてその関係性を支えている信頼性は、買う人を選ばず、買った人を決して裏切らない品質の高さにある。そこでは、単なる「利得」の獲得を超えた納得と満足が共有される。アラビア語的に言えば、この信頼性によって「マスラハ」という幸せの形を引き出すことにもつながる。
マスラハが、腐敗・不正の対極にあって、しかも、和解を目指す「善」であり、「正義」であり、「福利」だからである。部品にせよ、製造にせよ、取引にせよ、販売にせよ、たとえそのほんの一部分にさえ不正や瑕疵があったのなら、マスラハは成り立たない。敵か味方かの抗争と対立を繰り返し、マスラハという関係性の価値自体が、自己利益最優先に乗っ取られてしまっている感のあるこのインド洋地域の現状において、安全保障とは軍備の拡大ではなく、本来、ネットワークの維持拡大のはずである。

したたかな外交の行方

それが、トランプ氏の道徳観に従った暴挙に対して、「アジア太平洋地域」でないにもかかわらず、高市内閣は、自衛隊、艦船の派遣ありきの議論を進めているように見える。繰り返しておきたい。「インド洋地域は、日米同盟の外側」であると。しかも、そこでは、日本の民間が、名実ともに善隣外交を積み上げてきた地域なのです。
その積み上げがあるからこそ確保されていたホルムズ海峡通過のタンカーに原油輸入[3]に頼っているにもかかわらず、高市氏のこの件についても、「アメリカ側」にいることのアピールとパフォーマンス。浅薄な道徳心で突っ込んだ戦争の暴挙に、その場しのぎの先送り対応。
インタレスト一点張りに変容した国際関係の前でマスラハは、脆い。ネットワークもろとも敵味方の論理に折りたたまれ、その居場所を失った。つまり、この地域に、まだ辛うじて残っていた関係性のネットワークが、政府の判断と言う津波によって毀損・遺失してしまったということなのである。
よって、その結果は、未曽有の国益の喪失、いや、アジア太平洋地域各国全体の国益の喪失の引き金を引いてしまったのではなかろうか。これが「したたかな外交」の帰結なのだろうか。軍事費の増額もやむを得ない、日米同盟に依存しきった「無防備なお人よし外交」ではなかったか。

ネットワークを回復せよ

現在、ホルムズ海峡封鎖に伴ない、湾内に停泊を余儀なくされている乗組員が、2万人とも4万人とも伝えられる[4]。その多くは、東南アジア・南アジア・アフリカの出身者たち。戦争当事国の国民ではない。まさに巻き添えを食らった状態である。
低賃金の下、困窮から家族を救うために働く彼ら。食料も水も減る一方の状態の中で、しかし、交代要員がいないため、いつ飛んでくるかわからないミサイルに対して24時間体制で警戒下に置かれ、気が休まる間がないともされる。

ここにもまた、緊急時の最低限のマスラハからさえも見捨てられた人々がいる。現に戦火に晒されている戦争当事国の人々と同様、この危機的状態を見過ごしてはいけない。ひとり一人が等しく人間なのだ。そこには、敵も味方も、信者も不信心者もない。あらゆるボーダーを乗り越えた、迅速かつ適切な支援が必要不可欠である。
それは、「生命」と「理性」と「財産」と「子孫」の保持を、特定の共同体の思想信条に縛られることなく全人類が、いわば「定言命令として」実現していくことを目指す「マスラハ・アーンマ」[5]というイスラーム法の法の目的論からの現実的な緊急の要請でもある。乗組員たちの苦痛と忍耐の日々は続く
アッラーフ・アアラム(アッラーはすべてを御存知)。

脚注

[1] 「<社説>イラン攻撃から1カ月 無法な戦争即刻やめよ」東京新聞(2026年3月28日 07時53分)。
 「(時時刻刻)戦端1カ月、「勝利」できぬ米政権 軍事で圧倒しても苦境、泥沼化も」朝日新聞デジタル(2026年3月28日 5時00分)。
[2] 「外務省、よくある質問集(北米)「問2.よく、「日米同盟と国際協調の両立」という言葉を聞きますが、その具体的な意味は何ですか。」」答え「日米同盟は日本及びアジア太平洋地域の平和と安定の礎であり、強固な日米同盟に裏付けられた日米関係は日本外交の要となっています」。
なお、「日米安全保障条約(主要規定の解説)」には、「極東」あるいは「極東の安全」という言葉はあるが、「アジア太平洋地域」という言葉は見つけられない。
さらに「日米安全保障条約署名・発効60周年」(2020年)に記された特集記事においては、「アジア太平洋地域」という言及はなく、「インド太平洋地域」に上書きされているが、政治的理念の表明とみるのが現実的であろう。
[3] 公益法人中東調査会「「イラン情勢を俯瞰する―中東ユーラシアの視点から⑥――イラン攻撃によって混乱する中東エネルギー情勢と日本への影響」(2026年3月9日)によれば、「ホルムズ海峡の通航不可は、日本のエネルギー調達にとっても大きな懸念事項である。日本は欧米諸国と足並みを揃えて2022 年にロシア産原油の輸入を控えたことから、ほぼ全ての原油を湾岸産油国から輸入している。原油の中東依存度は2025年に約94%に達し、ホルムズ海峡を経由した原油輸入量は9割にのぼる。日本は短期的には石油備蓄の放出などで対応できたとしても、中長期的には原油価格の高騰が円安基調と相まって、国内の燃料価格を大幅に押し上げる可能性が高い」とある。
[4] 「ホルムズ封鎖、船員4万人が足止め 爆撃下の証言から浮かぶ過酷さ」2026年3月19日 at 18:22 JST
[5] 「マスラハ」および「マスラハ・アーンマ」については、拙稿「国益最優先は唯一の選択肢か?」を参照のこと。

Special Thanks to: ChatGPT
タイトル画像:

Suzuki Fronx WDB3S 1.5 SGX Hybrid Ice Grayish Blue Pearl Metallic with Black roof.jpg via WikiMediaCommons



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