仕事と生活、そして海。不器用な私の「長いスパン」のバランス
水平線からのぼる太陽は本当に美しい。
深夜に車を走らせて日の出を見る。少しだけゆっくりしてから海に入る。
いつになってもそれは贅沢な時間だ。
周りには続々とサーファーたちが集まってくる。
仕事と生活、そして趣味。
全てを同時にバランスよくこなせないのが私だ。
私は高校卒業後、憧れだった美容部員として働き始めた。
けれど、若さゆえの遊びたさと不真面目さが勝り、仕事中も夜の遊びや服のことばかり。
そんな中、20歳でボディボードに出会った。センスはなかったが、広がる青空と波の音に、どうしようもなくのめり込んだ。
それからは、仕事中も波のことばかり。日焼けした肌に潮で抜けた髪。美容部員とは程遠い姿になり、結局3年で退職した。
周囲からは「もったいない」と言われたが、私は迷わず海へ通い詰めた。
半年で金欠になり、次はディーラーの受付として働いた。
そこでも3年経つと欲求が爆発し、また辞めて海へ。
自分でも阿呆だと思うが、当時は「どうにかなる」と本気で信じていた。
転機は27歳、地元の中小企業に正社員として採用されたことだった。
そこで私は、生まれて初めて「働く」ということに没頭した。
これまでの販売経験が活き、接客を褒められ、コンテストで入賞し、やがて店長を任された。
就職難の時代に次々と転職して「ダメな奴」と言われ続けてきた私にとって、誰かに認められることは何よりの喜びだった。
今度は仕事に、文字通り「はまった」のだ。
売上は伸び続け、社内初の女性課長にもなった。誇らしかった。
けれど気づけば7年近く、仕事以外の記憶がないほどに駆け抜けていた。
そして、またあの感覚がやってきた。
私は仕事を辞め、久しぶりに海へ向かった。 数年ぶりの波。体は覚えていた。会社と自宅を往復するだけだった数年間が、波に洗われていくような凄まじい解放感。
その海で、旦那さんと出会った。
35歳で結婚、転居。
旦那さんは転居があるからしばらくはゆっくりしていいと言ってくれたけど、私は学び直しのためにすぐに福祉の短大へ進学した。
周囲は驚いて賛否両論だったが、旦那さんは何も言わずに隣りにいた。
新婚時代は学業に没頭し、正しい知識を人に教えてもらえるということのありがたさや勉強の楽しさと喜びを知った。
卒業後、短大で得た資格を活かした仕事に就いた。
専門性の高い現場は独特の風土があり、何もかも慣れない環境で毎日必死だった。けれど、要所で前職の経験が活きることもあった。
そうして2年がたち、40歳の私は再び管理職になっていた。
管理職とはどういうものか身をもって知っていたが、いざなってみると今度の職場はこれまでとは違う責任があった。決して仕事の優劣ではない、「売上や利益を追う営業、販売」と「人の命を預かる福祉」の違いがそこにあったのだ。
気づけばまた仕事一筋の生活になって6年たっていた。
何をしていても仕事が頭から離れない。家庭のこともおろそかになっていく。
「辞めよう」
周りはまた「もったいない」と言ったが、私は全く気にしなかった。
むしろその何もかもに慣れていたし、きっとこうなることをずっと前から予想していたのだ。
仕事を辞めて一年が過ぎた今。
自分でも驚くほどに、日々の生活をゆっくりと楽しんでいる。
毎日の生活の中での発見。旦那さんとの他愛のない会話と笑い。
やってみたかったこと、学んでみたかったことへの挑戦。そして時々海。
今は、これまでのどの時より毎日を豊かに感じている。
振り返れば、私はいつも極端だ。一つに集中すると、他が一切見えなくなる。いい歳をして、なんと不器用で阿呆なのだろうと思う。
けれど、その時々の没頭は、確実に今の私の中に積み重なっている。
若かりし日の放蕩も、寝食を忘れた仕事も、海での解放も、何一つ無駄ではなかった。 毎回一つに没頭しては、リセットする。
けれど、人生という長いスパンで見れば、これはこれでちゃんとバランスが取れている。そう思えると、過去もなんだか愛おしくて
「不器用な人生だけど、まあ、悪くないか。これが自分なのだ」
と思えるのだ。
ワーク〈ライク〉バランスか。
これからいい塩梅を見つけられたらそれでいい。
さあ、いい時間になった。そろそろ着替えて海に入ろう。

