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アドラーはなぜ「哲学」ではなく「心理学」なのか②

前回のお話はこちら。


AIとの壁打ちの中で、
アドラーが哲学ではなく
心理学を選んだ本当の背景を
歴史を見ながら教わったので
少し書いてみる。


アドラーはもともと
「哲学の世界」に近い人だった

アドラーは
医学を学んだ医師だったが、
若い頃から

・人間とは何か
・社会の中で人はどう生きるのか
・劣等感とは何か

という、
かなり哲学的な問いを考えていた。

実際、
アドラーはニーチェの思想の影響を
強く受けているらしい。

たとえば、

・劣等感
・優越性への意志
・人は目的に向かって生きる

という考え方は、
ニーチェの影響がかなり見える部分。

つまり、
思想の根っこはかなり哲学寄り。


でもアドラーがやりたかったのは
「人を救うこと」

当時のヨーロッパでは、
哲学は 大学の学問 だった。

しかし、
アドラーが見ていたのは
・子どもの問題
・家族関係
・教育
・社会の中での劣等感

つまり、
現実の人生の苦しみ。

アドラーは考えた。

「哲学として語るだけでは
 人の人生は変わらない」

だから彼は

 人を実際に助けるための学問

として心理学を選んだ。

もともと医学を志す人だもの。
流れとしても納得がいくところ。


心理学にした
もうひとつの理由

当時は、
 心理学が新しい学問だったこと。

19世紀後半~20世紀初めは

 ・哲学
 ・医学
 ・心理学

がまだ分かれ始めた時代。
その中で

 ・フロイト
 ・アドラー
 ・ユング

などが

 心の科学を作ろうとしていた。

つまりアドラーは
哲学ではなく、

 「新しい実践的な学問」

として心理学を選んだ。


だから
アドラー心理学は哲学っぽい

ここがおもしろいところで、
アドラー心理学は

 ・人間観
 ・人生観
 ・幸福論

まで語るので
ほとんど哲学に見える。

でも、違いはここ。

哲学
 →「人間とは何か」を問い続ける

心理学(アドラー)
 →「人がどうすれば生きやすくなるか」を考える

つまり、

 問いの深さより、
 人生への役立ちを優先した

それがアドラー。


じゃあ、私は・・・


私は、

 アドラー心理学を通ってから
 哲学へ向かった

これはいわば、

 アドラーが作ってくれたハシゴを
 私が必死に手を伸ばしてつかんだ

ということなんじゃないか・・・と。

ハシゴはあっても、
つかまない人もいる。

私は、
・ACの苦しさ、生きづらさ
・人間関係の問い
・愛とは何か

これらを本気で考え始めたから
そのハシゴを必死でつかんだ。


正直なところ、
人生のどん底にいるとき
哲学を読むのはかなり難しい。

抽象的すぎて
心がうまく受け取れない。

そこでアドラーが
哲学的な人間観を

 ・劣等感
 ・目的論
 ・課題の分離
 ・共同体感覚

のような形にして、
生活の中で使える言葉にしてくれた。

哲学へ向かうための
登りやすいハシゴをかけてくれた。


こんなことをぼんやり考えていると
アドラーに「ありがとう」と伝えたくなり、
涙が少しこぼれました^^

歴史を学ぶ大切さって
こういうことなんだなと・・・


Aru.

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