認知負荷から「生きづらさ」を考える −現実の課題を心理学で整理−
社会人として働いていると、身の周りで起こっている出来事が突然整理できなくなることがあります。
事象を個別で理解することはできている。ところが、それらを全体的に俯瞰しようとすると、何故か点と点が線として繋がらず、次のアクションを組み立てられない。
まるで、無数の点が星々のように散らばり、それが過剰な心身への負担に変わってしまう……
私たちは、こうした問題を「能力不足」と考えがちです。しかし、心理学の観点から見ると「生きづらさ」は能力不足ではなく、認知負荷の問題として捉え直せる場面もあります。

人間の認知機能には限界がある
こうした問題を考えるとき、最初に認識しておきたい概念に「認知機能」があります。認知機能とは、人間が複数の情報を理解・統合して、意思決定するときの脳の働きを指します。
また、人間の脳は一度に扱える情報量に限界があります。心理学では、有限の認知資源に掛かる負担を「認知負荷」と言います。
情報量の増大は、直に認知負荷の増大に繋がります。認知負荷が過剰になるほど、個別で情報を理解できても、それらを統合して合理的に判断するなど全体的な整理が困難になります。
仕事に例えると、複数の情報を同時並行で扱う必要があります。
顧客(クライアント)からの要望
上長(マネージャー)からの指示
関係者間の人間的な対立構造
自分自身の不安・不満などの感情
このような場面で、先述した「点と点が線で繋がらない」という感覚が生まれがちです。そこには、認知機能の問題を伴う場合が多いのです。
認知負荷が高い状態では、問題の理解だけでなく、優先順位の判断や感情のコントロールなど、多種多様な事柄の円滑な実行が困難になります。
そして、これらは普段の状態であれば遂行できた可能性が残されるため、能力不足ではなく、脳が処理能力の限界という視点が何より重要です。

認知負荷の深掘り
認知機能を考える際に重要な事柄のひとつに、認知資源を指す「ワーキングメモリ」と呼ばれる領域とその制約があります。日本では、大人の発達検査や知能検査の項目にワーキングメモリの測定が含まれるなど、定量的な個人差があるとされています。
認知資源(ワーキングメモリ)に掛かる負担を「認知負荷」と考えます。脳科学的には、認知負荷は主に3種類に大別されています。

この話の背景にある認知負荷理論(Cognitive Load Theory)は、1980年代後半に教育心理学者のJohn Swellerによって提唱されました。複雑な問題解決における効果的な指導法を研究する過程で生まれた理論です。
それぞれの役割について、次に深掘りしていきます。
内在的・外在的認知負荷
内在的認知負荷とは、問題そのものが有する複雑さです。問題自体に一定の理解力や思考力が要求される性質があります。
数学や物理学など学問上の概念
専門知識が必要不可欠な業務
様々な要因が絡み合う社会的課題
一方で、外在的認知負荷とは、問題周辺の環境や情報共有の仕組みなど、外的要因による負荷です。
曖昧な指示内容
整理整頓されていない資料
開催頻度が多い会議
組織内の複雑な人間関係
興味深いのは、人間を疲弊させる原因は、問題自体の難しさだけとは限らないことです。
本来であれば解決可能な問題でも、外在的認知負荷が過剰になることで、問題を理解するための余力が失われる場合もあるのです。
学習関連認知負荷
新しい知識の構造を組み立て、長期記憶に定着させるために必要な認知負荷であり、生産的な努力の側面があるとされています。
情報を深く理解し、納得感を生むために必要な行程でもあることから、学習関連認知負荷の促進が、物事の習熟に繋がると考えます。
学習関連認知負荷を促進する上で重要な視点のひとつに、UI(ユーザーインターフェース)と呼ばれる概念があります。ユーザーがシステムを操作したり、情報を受け取るときに挟まれる行程を指します。
認知資源(ワーキングメモリ)が有限ですので、学習関連認知負荷を十分に確保するための仕組みが重要であり、こうした設計の精度が、顧客満足度を左右するとも言えます。
すなわち、内在的・外在的認知負荷と学習関連認知負荷のバランスを取りながら、自分なりに最適な理解のプロセスを構築することで、安定的に自律した問題解決を果たせるのです。

生きづらさの背景にあるもの
最後に、心理学的な観点に言及します。認知負荷が過剰になると、現実の認識(捉え方)が偏りやすくなります。心理学では、このような偏った思考パターンを「認知の歪み」と言います。
些細な失敗から、全てがダメだと思う(白黒思考)
一度の失敗だけで、何をしてもダメだと思う(過度な一般化)
賞賛の記憶は忘れて、批判の記憶ばかりを覚える(心のフィルター)
こうした感覚自体は、人間として自然な反応です。しかし、人間は疲弊すると視野が狭くなりがちで、ひとつの解釈だけに囚われやすくなります。
本当は複数の可能性が存在するにも関わらず、極端な解釈ばかりを採用してしまいます。結果として「生きづらさ」がさらに強まり、人生の悪循環に陥ることに繋がります。

過剰な認知負荷から生じる「認知の歪み」を和らげるアプローチとして「認知行動療法」があります。
出来事に対して「スキーマ」を通して「認知の歪み」が現れます。こうした認知に対して、「本当にそう言えるだろうか?」と問い直すことで、現実を客観的に捉え直すための補助線の役割を果たします。

おわりに
学問は問題解決のためだけに存在するものではありません。時には、自分自身を理解するための道具にもなります。
認知負荷という考え方を知ることで、私たちは「苦しさ」の見方を少し変えられるかもしれません。
もし、いま目の前の出来事が整理できず、苦しんでいるなら、自責する前に考えてみてほしいです。それは、能力の問題だけではなく、認知負荷が限界を迎えている前触れ(サイン)かもしれません。
現実の問題を心理学の観点から整理することは、人間が「生きづらさ」と向き合うための、最初の一歩になると思います。
♦️記事紹介♦️
以前に「継続力」をテーマに記事を上げました。脳科学的な知見と心理学的なアプローチで継続力を上げることを話しました。
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最後まで読んで頂き、ありがとうございます。この記事が、何か皆さんの未来を変えるキッカケになれたら幸いです。
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