写真詩|搭乗口のノワール
空港は急に物語顔になる。
荷物は重いし、靴も少しきついし、人生もだいたいそうだ。
けれど、空間がこちらに向かって
「どうです、調子は」とでも言いたげな顔をする。
やめてほしい。こちらは元気なふりをするのが、もう上手ではない。
ゲートの向こう側から、本音が喋りはじめる。
「搭乗口はこちら」「お足元にご注意ください」
そんな健全な言葉の裏で、影だけが妙に人間くさい。
“ここから先は戻れないかもしれない”とか、
“あなたは今、ほんとうは何から逃げている?”とか。
質問されても困る。困るのに、空港は平気で聞いてくる。
空港というのは、そういう無神経な場所だ。

スナップは偶然のふりをして、実は空間の編集だと思う。
何を入れて、何を捨てたか。
写っているものより、写っていないものの方が雄弁で、
その余白に、こちらの想像が勝手に住みつく。
たとえば、誰かのため息とか、飲み込んだ言葉の訳とか、
ああいうものは写らない。
写らないからこそ、こちらの胸に残る。
卑怯にも。
空港は“正しい空間”だ。
入口があり、出口があり、手順があり、並ぶ場所が決まっている。
迷子になりにくい。社会としてはありがたい。
でも、その正しさの中にいると、
人は不意に自分の不確かさに触れてしまう。
正しい矢印に従って歩いているだけなのに、心だけがどこにも到着しない。そういうズレが、影を濃くするのだろう。

だから私は、ただ何か起きそうな気配だけを、ポケットに入れて持ち帰る。
何も起きない。結末もない。
けれど気配だけは、しぶとく残っている。
読後の余韻みたいに。
そして私は、その余韻を抱えて、何食わぬ顔で日常へ戻る。
うまく戻れない日もあるが、それはそれで仕方がない。

いいなと思ったら応援しよう!
ご愛読ありがとうございます。いただいたチップは写真撮影や執筆に当てさせていただきます。