2001年発売「洗剤がいらない洗濯機」とサンヨーが消えた本当の理由とは?
昨日「シャボン玉石けん」を応援しよう🧼という記事をアップしました。
インスタライブでも同じ内容で配信✨
その中で、「洗剤がいらない洗濯機をサンヨーが発売して、その後に倒産した」と話しました。
そのことが気になって調べたら、出てきました情報が…
正しくは「倒産」ではなく「消滅」でした😭
noteの山本和哉さんの記事…
記事の中で取り上げられているX(旧Twitter)の投稿がこちら↓
利権に潰された三洋電機
— ひめい (@himeiyy) November 11, 2023
今から22年前、洗剤の要らない洗濯機が発売されていたことをご存知ですか?
2001年8月、三洋電機は洗剤の要らない洗濯機「超音波と電解水で洗おう」を発売
洗剤を使わず汚れを落とす洗濯機は、世界初だった… pic.twitter.com/ZmIcN35e9P
内容を転載✨
利権に潰された三洋電機 今から22年前、洗剤の要らない洗濯機が発売されていたことをご存知ですか?
2001年8月、三洋電機は洗剤の要らない洗濯機「超音波と電解水で洗おう」を発売 。洗剤を使わず汚れを落とす洗濯機は、世界初✨
「洗剤を一切使わなくても粉石鹼で洗ったのと同じくらい汚れが落ちた」
など とにかく評判が良く たった2か月で3万台を売り上げるほどの人気ぶりだった。

これに対して 大手洗剤メーカー達の連合軍(日本石鹸洗剤工業会)は猛反発。
「洗剤を使わないで汚れが落ちる訳ない」と わざわざ実験までして、三洋電機を全力で潰しにいった。
この実験のリンクです https://jsda.org/w/01_katud/2_54_2.htm
これに追随するように国民生活センターという消費者庁管轄の団体まで介入してくる始末💦

そうこうしているうちに…
⚡️新潟県中越地震が三洋電機の半導体工場を襲う


発売から約3年後の2004年10月、新潟県中越地震で三洋電機の半導体工場は凄まじい被害を受けた。
この地震で生産ライン5本のうち、200mライン1本を失い、設備損失は423億円、機会損失は310億円だった。
その結果、140億円を見込んでいた当期純利益は得られず、710億円の純損失を計上することになった。
2005年になると、三洋電機はわざと性能を落とした洗濯機を発売 2011年には会社ごとなくなった。
2002年発売の洗濯機と2005年以降の洗濯機を両方とも購入された方の口コミです この洗濯機がいかに優秀だったか分かると思います。


この口コミが真実を語ってくれています。
サンヨーの洗剤ゼロ洗濯機を開発した人たちはさぞ無念だったことでしょう😭
山本和哉さんの記事に載っていた「サンヨーの洗剤ゼロ洗濯機」の説明書がこちら↓



こんな素晴らしい洗濯機を開発したのに、わざと性能を落とした洗濯機を発売せざるを得ないって、悲しすぎます😭
このあと、2011年サンヨー電気はパナソニックに買収され、消滅に至ります😭


Chat GPTに三洋電機の“消滅”に至った流れを聞くと、気になる部分が…
1. 巨額投資の失敗と経営悪化
2000年代に入り、三洋電機は大型液晶や半導体などへの巨額投資を進めましたが、期待された効果は得られず、経営状況は悪化しました。
サンヨーは携帯電話事業も不振で、ゴールドマン・サックスなどの投資家から再建計画の見直しを迫られるほどでした。
やっぱり…
思いっきり狙われてましたね。
外資が介入できないように、株式上場しなかった「シャボン玉石けん」の先代の社長さんの決断は正しかったですね。
「P&Gの無添加部門にはなりたくない」
と言い放っていましたからね👏
ちなみに大手洗剤メーカー「花王」の株主についてChat GPTに聞いてみたら、海外を含む機関投資家の上位株主が誰か分かりました。(2025年時点)
BlackRock, Inc. — 約8.38%
Oasis Management(香港のアクティビスト・ファンド)
野村アセットマネジメント — 約5.7%
JP Morgan Asset Management:3.07%
その他、日興アセットマネジメント、三井住友信託Asset Management、三菱UFJトラストなどの国内資産運用会社など
やっぱり外資入ってましたね。(JP Morgan💦)
ちなみに、BlackRockは世界最大の資産運用会社です🇺🇸
上記の記事がとても参考になったので紹介します。(ほぼ全文😅)✨※長文になりますが興味がある方はぜひお読みください。
2011年(平成23年)、三洋電機株式会社はパナソニック株式会社(旧 松下電器株式会社)の完全子な会社となりました。
この前後の数年間で役員のほとんどが社外に去り、グループ10万人を超える巨大企業が倒産を経ずに、パナソニックの子会社のまま、法人格の状態で事実上消滅するという、前代未聞、日本の経済史でも初めてのケースとなった会社です。
1. 三洋電機が消滅した本当の理由とは?
三洋電機がパナソニックに買収される始まりはリーマンショック後の2008年(平成20年)。
当時のパナソニックは、三洋電機を東証の上場を維持させ、三洋電機というブランドを残して三洋電機社員の雇用も守る考えでした。
しかし、三洋電機はパナソニックの子会社として表面上の組織形態を残しながら、その存在が消えてしまったのです。
その理由には、多くの度重なる製品事故や不祥事が挙げられていますが、本当の理由は、アメリカによる独占禁止法審査の遅れと、これと同じタイミングで重なってしまった、中国と韓国の技術進歩とマーケティングパワーの脅威的拡大です。
パナソニックが三洋電機の事業で最も期待していたのが、リチウムイオン電池やニッケル水素電池などの2次電池でした。
当時、リチウムイオン電池の世界シェアは三洋電機が23%、パナソニックは8%でした。
特に三洋電機の技術力は世界的にも高く評価されており、パナソニックが三洋電機を子会社化して両社の電池事業を統合することで世界的な電池市場を事実上独占する計画だったのです。
しかし、ここで予期せぬ事態が起こリました。三洋電機とパナソニックの両社が2次電池で高いシェアを占めるアメリカで独占禁止法の審査が遅れ、パナソニックは三洋電機を子会社化するのに、何と1年を要す結果となったのです。
一方、世界経済はこの1年という時間の中で、大きくその有り様を変えていきました。円高に加え、中国や韓国メーカーの台頭で三洋電機の事業競争力が大きく低下しました。
パナソニックは三洋電機の買収に8千億円を投じたものの、三洋電機の企業価値低下に伴う損失で約5千億円の赤字を計上、社名やブランドを守るどころではなくなってしまったのです。
2. 残された元社員の処遇は?
その結果、両社が重複する冷蔵庫や洗濯機などの白物家電やデジカメなどの事業は海外企業などに相次いで売却されました。
残った事業でも三洋電機出身者は冷遇され、人員削減も加速されて優秀な人材の多くが三洋を去ったと言われています。
また、本社勤務の財務や人事、法務などの間接部門の三洋社員を対象に早期退職の募集が行われました。
売却されずに残った太陽電池などの事業はパナソニックの事業部に統合され、社員の多くは三洋電機に籍を残したまま出向の形をとり、パナソニックの社員より低い給料で働いていました。
パナソニックは三洋電機の子会社化後も登記上の法人格を存続させていました。ただ、三洋電機の事業の多くが既に売却され、約10万人の社員は散り散りバラバラにされました。
残った社員は1割以下の7千人程度。法人格が残されているとはいえ、人事制度が一本化されれば、両社の統合は実質的に完了します。
子会社化後も三洋電機に残った社員の人たちは…
「三洋電機が解体されていくのはとても寂しい。だけど、パナソニックの一員として前を向いて頑張っていくしかない」
という思いだったそうです。
その後のパナソニックでは、取締役はおろか事業部長レベルでも三洋出身者はほとんどいなくなりました。
三洋電機の冷蔵庫事業部門と洗濯機事業部門で働いていた人々は、パナソニックによる三洋電機の買収で、一度はパナソニックの一員になりました。
しかし、それから3年も経たないうちに、パナソニックはこの両事業部門を中国の家電大手であるハイアールに売却したのです。この方々は今、中国企業の一員として働いています。
一度はライバル企業に買われ、落ち着く間もなく今度は中国企業に売られたのです。
パナソニックが巨額を投じて三洋電機を買収したその効果は、当初の狙いどおりではなかったでしょう。それでも、パナソニックの今日までの躍進は、かつての三洋電機の技術や事業の多くが重要な要素となっています。
以下は元三洋社員のことばです。
「ものづくりにおいて、『できない』とか『無理』だとか言ってあきらめること。Made in Japanをあきらめ、イノベーションをあきらめた結果としての日本の電機産業の衰退。その果てに三洋電機は消えてしまった。決して日本でのものづくりをあきらめてはいけない。」
上記の元三洋社員の言葉、胸に強く響きました。
「洗剤がいらない洗濯機」という素晴らしい製品を開発してくれた方々に思いを馳せながら…
これからも「Made in Japan」の商品を買って応援しようと思いました。
最後までお読み頂きありがとうございました🍀
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