三度目の東京と、宝石のまち
東京に、二度振られたことがある。
一度目は、18歳の春。
桜のつぼみがふくらむ頃に届いたのは、第一志望だった東京の大学からの便りではなく、地元・九州にある大学の合格通知だった。
二度目は、大学卒業後。
演劇の道を志して上京し、養成所に通ったものの、自分の限界をあっけなく思い知らされた。一年も経たないうちに、逃げるように福岡へ戻った。
二度も振られたのに、それでもなお東京への片思いは、心の奥でくすぶり続けていた。
どうにか就職先が決まり、いよいよ三度目の上京。
待っていたのは、慣れない営業の日々だった。
仕事がうまくいかない日は、駅のホームで「博多」行きの新幹線をぼんやり眺め、このまま乗ってしまおうかと思うこともあった。
「お母さん、私やっぱり、ダメかもしれん」
電話口でそうこぼすと、母はしばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言った。
「ねえ、覚えとう? あんたがちっちゃいとき、夜の東京タワーの展望台で、“キラキラして宝石のまちみたい”って、ずっと走り回りよったやん」
――そうだ、忘れていた。
私が東京に恋した理由を。
あのまばゆい宝石のまちで、私も負けないくらいの輝きを手に入れたいと願ったのだ。
次の休日、私は東京タワーの下に立っていた。
見上げるだけで、首が痛くなる。
オレンジ色と白の鉄骨が、春の空へまっすぐに伸びていた。
展望台から眺める景色は、幼い日の記憶とおなじようで、少し違っていた。
きらびやかなだけではない。近づけば冷たく、容赦もない。
でも、目をそらせない美しさがあった。
あれから何度、季節が巡っただろう。
今でも、仕事の合間に東京タワーを見かけると、心がふっと柔らかくなる。
あるときは厳しくも優しい恩師のように。
あるときは言葉のいらない親友のように。
ただ、変わらずそこにいてくれる。
……なんてカッコつけてみたところで、東京に振られるのはやっぱり怖い。
けれど、たとえ心が折れても、
この宝石のまちのすみっこで、私はまた立ち上がろうとするのだろう。
