身随念・不浄観(アスパ・カマターン)画像集(修行者専用)㉛
安居中の正しい修行態度 — 心を正しく守り、煩悩を断ち切る
安居に入った今、皆は自分の心をしっかり見つめなければならない。他人の過失をあげつらい、非難し合うような心を生じてはならない。それは煩悩の仕業であり、自分自身と他人を焼き尽くす火を放つ行為である。
互いに慈悲と哀れみの心を持ち、許し合い、忍耐し、感情を抑えよ。これが一緒に住むときの正しい法である。過失をあげつらい、非難し合うような見方をしてはならない。それは煩悩を増長させるだけである。
口から出る言葉に特に注意せよ。害となる言葉が出れば、即座に害となる。益となる言葉が出れば、即座に法となる。感情を抑え、口を閉ざせ。言うべきでないことは絶対に言ってはならない。煩悩が押し寄せてきても、即座に断ち切れ。これが安居中の正しい修行のあり方である。

托鉢と頭陀行は、ただ形式的に行うものではない。これらは貪欲という煩悩を振るい落とすための重要な修行である。得たものが多くても少なくても、ただそれを受け取り、欲が少なく、満足する心を養う。これにより、貪欲を徐々に削り取り、法を栄えさせる。
安居の期間中は、自分の心を正しく守り、互いに頼り合いながら、本気で精進努力しなければならない。弱々しく、散漫であってはならない。心をしっかり定め、念を失わず、法と律の原則に従って歩め。

念の訓練 — 在家信者と出家者の正しい実践
在家信者・親族・施主諸君よ、皆で心を定め、真剣に実践せよ。
布施を守り、戒を守り、禅定を実践せよ。この三ヶ月(安居期間)の間、自分に厳格な規則を設けよ。漫然と過ごしてはならない。無駄に終わらせてはならない。たとえば、布施を習慣づけている者は、『一日たりとも欠かさない』と固く決意し、誓願を立てよ。たとえ一日一回、鉢に一匙の米を入れるだけでも、決して欠かさないようにせよ。
戒を守る者よ、自分自身が戒の守護者である。戒は自分の財産であり、自分の身を守るものである。戒をしっかり守れ。以前に緩みがあったり、粗暴な振る舞いがあった者は、今すぐ断ち切れ。ダンマ(法)によって断ち切れ。法以外に断ち切る方法はない。酒・麻薬・たばこなど、法によって完全に断ち切れ。他の方法では不可能である。
すべての者は、心を正しく見つめよ。他人の心と自分の心は同じである。他人の心を見るときは、自分の心も見よ。互いの知識と見解を照らし合わせよ。他人の過失をあげつらい、非難し合うような見方をしてはならない。そんな者は大泥棒である。他人の過失ばかりを探し、自分自身の大きな過失は見ようとしない。それは世界を混乱させ、争いと口論を生むだけである。
互いに慈悲と哀れみの心を持って見つめよ。法に基づいて見つめよ。過失をあげつらい、非難し合ってはならない。それは煩悩の仕業である。過失を見たときは、慈悲と哀れみの心で優しく諭せ。聞く側も、法に基づいて聞き、慢心や自慢を捨てよ。知識や智慧を自慢してはならない。煩悩の知識は煩悩を生み、法の知識は法を生む。煩悩の知識で互いに非難し合えば、犬が噛み合うように争うだけである。
皆で本気で心を定めよ。今日の説法はここまでとする。これからは、皆で真剣に精進努力せよ。僧侶も沙弥も、心を定めて本気で実践せよ。禅定の実践については、すでに述べたとおりである。各自が守るべき法に従い、サティ(念)をしっかり立て、精進努力せよ。サティ(念)を決して失ってはならない。念は極めて重要である。
基礎的なサティ(念)から大念・大智慧(マハーサティ・マハーパンニャー)へと発展する。念がなければすべては無に帰す。
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不浄観・身随念 実践書(修行者専用)
本書はタイ森林伝統マハーブア師の教えに基づく不浄観・身随念の修行者のみのための専用教材です。一般の方の好奇心目的の閲覧は師の教えに反します…
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